+クリスマス
「一ノ宮さん、一ノ宮さん」
くすくすと笑いながら桜桃に近づいてきたのは、お嬢さま友人のひとり。
授業も終り、そろそろ本日の校内でのネコを脱ぎ捨てようかと思っていた桜桃に、その友人が楽しそうに話しかけてくるものだから、仕方なく剥がれ落ちた何匹かのネコを被りなおした。
「いかがされました?」
「みなさんに窺っているのですが、一ノ宮さんはいつまで信じておられましたか?」
「・・・何がでしょう?」
「サンタクロースさまですわ」
にっこりと無邪気に微笑みながら、友人は言う。見れば、傍らには何人かの友人たちが同じように無邪気な笑みを浮かべて、桜桃がどう答えるのか待っている。
そう、別に彼女たちは桜桃を試そうとしているわけではない。
本当に純粋な子たちだから。
ただただ、品行方正、成績優秀、才色兼備の桜桃が、どう答えるのか期待して待っているだけなのだから。
「えぇ・・・っと・・・」
とはいえ、桜桃は言えない。本当のことは。
・・・なので、最終手段。
「おほほ、そうですわねぇ・・・いつまででしたかしら・・・・・・みなさんはいつまで信じていらしたのですか?」
「わたくしは中学生の頃ですわ」
「初等部を卒業する頃には自然とその考えはなくなっておりましたわ」
「あら、わたくしは初等部の後半ではすでに信じておりませんでしたわ」
「・・・でも、毎年クリスマスのパーティーでは様々なサンタクロースさまがいらっしゃるから、そう言う意味ではいつまでも信じていたいものですわね」
おほほほ、と笑い合うお嬢さまたち。
クリスマスに催される金持ちだけのパーティーに現れるサンタクロース。それは毎年、北欧から依頼して来日してもらったその時期限定の『サンタクロース』なのだ。
たしかに彼女たちの言うとおり、そんなサンタクロースを毎年見ていたら、いつまでも信じていたいと思うのかもしれない。
「一ノ宮さんはどうですの?」
「そうですわね・・・たしか、わたくしも初等部の頃までは信じていたように思いますわ」
「まぁ、やっぱりそうですのね。一ノ宮さんもわたくしたちと同じでほっといたしましたわ」
「おほほほ・・・・・・」
とりあえず、桜桃の『他の人の意見の合わせちゃえ』作戦は成功し、その場は円満に収まったのだった。
だが実際のところ、桜桃はサンタクロースを初等部の頃まで信じていたわけではない・・・。
「・・・なぁ、サンタクロースっていつまで信じてた?」
今日も今日とて、暴走族『紅蓮』のアジトでくつろぐ桜桃お嬢さま。
すっかりネコも剥がれ落ちて、のびのびと寛ぐ姿は、先ほどの学園内の彼女とは大違い。
せっせと彼女の飲み物を用意する里井くんに、桜桃はそんなことを尋ねてみた。
「サンタクロースですか?そうですねぇ、僕は中学に入るまでは信じていましたよ」
「へぇ〜」
「ネコお嬢サマはどうだったんですか?」
「私?私は・・・・・・」
「ハナっから信じてなかったろ?」
ニヤっと笑いながらそう言ってきたのは、『紅蓮』の族長。
「・・・なんでそう思うんだよ」
「ん〜、ネコお嬢ならそうかなって。オレがそうだし」
「・・・あんたと一緒なんて、考えたくもないけど」
でも、実はそうなのだ。
純粋なお嬢さまたちと一緒にいるときは言えなかったが、実は、彼女はサンタクロースなんてものを信じたことはない。
そもそも、神様はおろか、天使だ悪魔だ幽霊だ、などといった類を一切信じてはいない。
「自分で見たものしか信じない主義なんだよ」
「そーそー。オレもそれ」
「あんたはただ単にバカなだけだろ?」
「はぁ?!オレのどこかバカだって?!」
「すべてだよ、すべて」
いつものように当然のように始まった口論に、里井くんが苦笑を洩らしていると・・・・・・悲鳴のような声が前方から上がった。
「族長、ネコお嬢!!」
それは、このアジトで待機していた、『紅蓮』のメンバー数人。
あまりにも切羽詰まったように叫ぶ彼らの姿に、思わず口論も止めてふたりは彼らを見返す。
「な、なんだよ?」
「いきなり叫ぶなよ、うるせーな」
「す、すいません・・・・・・ですが・・・・・・その・・・・・・」
もじもじと互いの顔と見合わせながら困ったように言い淀む彼ら。
そんなメンバーの様子に、ますます訝る族長とネコお嬢。
「どうしたんだよ?はっきり言えば」
「・・・・・・では、聞きますけど」
意を決したように、メンバーのひとりが口を開く。
「・・・サンタクロースって・・・・・・本当はいないんですか?!」
「・・・は?」
真剣そのもので尋ねられて。
しかも、尋ねた彼だけでなく、その後ろで見守る居残り『紅蓮』メンバー数人も全員必死な面持ちで、その答えを知りたがっている。
サンタクロースは存在するのかどうか、と。
「・・・だ、だって、族長もネコお嬢も、サンタクロースを信じていないみたいに言うから・・・・・・」
戸惑ったように、口々にそう言う彼らに、ネコお嬢も族長もすぐに返答できない。
というか、返答すべきなのか迷っている。
里井くんは、といえば、なぜか誰にも見えないところでお腹を抱えて震えている。
「・・・・・・あんたらは、サンタを信じてるわけ?」
やっとそれだけネコお嬢が尋ねれば、その場にいた『紅蓮』メンバー全員が力強く頷く。
「・・・・・・は〜?バッカじゃねぇのてめぇら・・・・・・うがっ、いってー!!何するんだ、ネコお嬢!!!」
たちまち彼らをあからさまにバカにしようとした族長の脛を思い切り蹴り飛ばしたネコお嬢に、すぐさま彼は抗議の声を上げる。
しかし、彼女にじろりと睨まれ、その続きの言葉を飲みこんだ。
そして、彼女はおろおろとこちらを見返す『紅蓮』メンバーに視線を戻した。
「・・・人の話聞いてたのか?私は『自分で見たもの以外は信じない』と言っただけ。私はサンタクロースを見たことないから信じていないだけで、本当に存在しないかどうかは知らない」
「じ、じゃぁ・・・もしかしたら、本当はいるかもしれないですよね?!」
「・・・・・・かもね」
「ですよねーーーー!!!」
うわぁい、とテンションが上がる『紅蓮』メンバー数人。
一応しつこいように言っておくが、メンバーの数人である。さすがに全員ではない。
とはいえ、ネコお嬢は、この純粋なる数人の『紅蓮』メンバーを哀れと思うと同時に、愛しくも思っていた。それは、母性に似た感情で。
傍らで明らかに呆れてバカにしている族長を尻目に、彼らは純粋に喜び、カレンダーの前で明日のクリスマス・イブに思いを馳せていた。
・・・彼らにプレゼントでも用意した方がいいのだろうか。
彼らを見守りながらネコお嬢さまはふと、そんな悩みを抱いてしまうのだった。
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今回はクリスマス。
当日はお嬢様はパーティーとかあるだろうしなぁ、と悩んでいたらふと浮かんだ、サンタクロース・ネタ。
ちなみに!!
紫月はサンタさんを信じていますとも!!
サンタさんは多忙だから、紫月のところに来れないだけだーい!!
いつでも待ってるからね、サンタさん!!
2010.12.25