+バレンタインデー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、彼らは揃ってそわそわしていた。

その理由は明確で明白。

今日がバレンタインデーだからだ。

もしもいつものようにいつもの時間に『彼女』がここを訪れてくれるのなら・・・・・・。

 

 

 

今日はバレンタインデーなのだから、チョコがもらえるのかも・・・・・・・・・。

 

 

 

 

巷で恐れられている暴走族『紅蓮』の、頭は弱いがケンカは強い男たちは、そんな桃色夢色な期待を抱いて、いまかいまかと『彼女』の訪れを待っていた。

そして、その淡い期待を抱いているのは、なにも彼らだけではなかった。

 

ひとり部屋に引きこもっている彼らの族長もまた、彼女の訪れをこの中の誰よりも心待ちにしているに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そうして首を長くながーーく待っていると、いつもの時間にいつものようにアジトの扉が開かれた。

「「「ヤッター!!ネコお嬢が来たーーーー!!」」」

飛び上がったり拍手したり、果てはクラッカーまで鳴らす始末のアジト内の熱狂ぶりに、訪問した桜桃の方が戸惑ってしまう。

「・・・・・・ナニやってんだ、おまえら?」

「いえいえいえ、いらっしゃるのをお待ちしていたんでございますよ〜」

「さぁさぁ、まずは温かいものでもお飲みになられますですか〜?!」

「お荷物もお持ちしますですよ〜」

「・・・・・・気持ち悪い・・・」

ウキウキそわそわした様子で、あれこれと桜桃のご機嫌を取る『紅蓮』メンバーの対応に、思わず彼女はぽつりと呟く。

 

 

 

とりあえずうるさい取り巻きのようにくっついてくるメンバーを蹴散らしていつもの広間へ。

すると、なぜかソファーの上で族長がふんぞり返って座っていた。

「・・・・・・で?あんたはなにしてるわけ?」

いつもと雰囲気が違うアジトの様子にげんなりしつつ桜桃がそう問えば、ソファーでふんぞり返っている彼は、平然と言ってのけた。

「んだよ、渡しやすいようにわざわざここで待ってやったんだぜ?」

「は?ナニ言ってるんだ?」

ホレ、と手を差し出してくる族長の傲慢な態度に、桜桃は眉間に皺を寄せるだけだ。

加えて、そいつを取り囲むようにして、『紅蓮』メンバーも、なにかを期待するかのような眼差しで彼女を見ている。

 

 

 

 

 

常ならぬ様子に圧倒された彼女は、救いを求めるように、唯一平静な様子でコトの成り行きを見守っていた里井くんに視線を投げた。

「・・・コイツら、なんなんだ?!とうとうイカれたのか?!」

「あぁ、いえ・・・・・・。えぇっと、彼らはその、お嬢様からいただけるのではないかと期待をしているわけなんですよ」

言い辛そうに苦笑する里井くん。その歯切れの悪い言い方に、とうとう彼女がキレた。

「だから!!なにを言ってるんだよ!!私にどうしてほしいわけ?!」

予想や期待とは異なる桜桃の態度に、むしろワクワクソワソワと彼女を囲んでいた『紅蓮』メンバーの方が驚いた。

族長ですら、桜桃の剣幕に目をぱしぱしと瞬かせている。非常に珍しい光景だ。

 

 

 

 

「私からなにが欲しいわけ?!何を期待してそわそわしてんだよ、おまえらは?!」

腰に手を当て、本気で訳がわからないといった様子で彼女はそう言い放った。

よもやこんな展開は想像していなかった彼らもまた、動揺のために即座に反応ができない。

そんな、『困った時の里井くん』。

皆を代表して、桜桃お嬢様に恐る恐る尋ねてみた。

 

 

 

「お嬢様・・・・・・今日って何の日かご存知ですか・・・・・・?」

 

 

 

ごくり、と誰かが息を飲む音が聞こえた気がする。

というよりは、おそらくその場にいる、桜桃以外全員がそんな気持ちだったろう。

けれど、当の桜桃はというと、眉間に寄った皺をさらに深くさせて、首を傾げた。

 

 

 

「・・・今日?2月14日って・・・・・・何か特別な日か・・・・・・?」

 

 

 

 

その瞬間、彼らを襲った、この言いようのない虚脱感と絶望感。

一瞬にして多勢の男たちを廃人にしたお嬢様は、一体なにが起こったのか、茫然としてしまう。

唯一、虚脱感を味わいながらも、なんとか平静を保った『紅蓮』族長は、強靭の精神力の持ち主だと褒めるべきかもしれない。

少なくとも、『紅蓮』メンバーはその瞬間、族長を見直した。

 

 

 

「・・・・・・ネコお嬢、アンタ・・・・・・一応、女だよな・・・?」

「は?!んだよそれ、ケンカ売ってるのか?!買うぞ?!」

すでにファイティングモードのお嬢様。だが、さすがに彼はそれに付き合うだけの気力は残っていなかった。

本気で本当に事態を把握していない様子のお嬢様が気の毒になり、とうとう里井くんが救いの手を差し伸べた。

 

 

 

 

「お嬢様、今日はバレンタインデーなんですよ。ご存知でした?」

「・・・バレンタインデー?あぁ・・・・・・そういえば、そうか」

「・・・・・・知ってるんじゃねぇか」

ドスの利いた声で思わず族長が突っ込む。それには大分彼の私情が入り込んでいるためと思われる。

「知ってるけど、私には関係ないし。お嬢様学校に通っていてバレンタインデーで騒ぐなんてこと、あるわけないだろ?!男がいないんだから」

今更なにを言ってるんだと言わんばかりの態度で、お嬢さまも族長に言い返す。

それを周りで聞いていた『紅蓮』メンバーは、いじいじといじけ出す。

「まさかそんなオチなんて・・・・・・」

「せっかくせっかく、楽しみにしてたのに・・・・・・」

「おれたちはオトコなのに・・・・・・」

ぶつぶついじいじと陰鬱な空気を纏っていじけ出す『紅蓮』メンバー。

さらに彼らの族長もまた、桜桃に言い返す気力もないかのように、大袈裟にため息をついて空を仰いでいる。

 

 

 

 

 

なにをそこまで彼らは期待をしていたのか、求めていたのか。

ただのイベントのひとつではないのか。

というかそもそも、これは日本行事ではないじゃないか。

日本では、女が男にチョコレートを渡すだけの、チョコレート市場が勝手に盛り上げたイベントだというのに、それに乗っかれと言うのか。

この状況では、まるでチョコを用意していなかった桜桃が悪者のようではないか。

 

 

 

ふつふつ悶々と考え込む桜桃。

一方で、うじうじいじいじといじける彼ら。

とうとう音を上げたのは彼女の方だった。

 

 

 

 

「あーもう、わかったよ!!チョコを用意すればいいんだろ、用意すれば!!」

「「「「「やったー!!!!」」」」」

「いきなり元気になるな!!」

 

 

 

 

桜桃が叫ぶように宣言すれば、すぐさま彼らは諸手を上げて飛び上がる。そのあまりにも素早い切り替えに、思わず突っ込みを入れてから、彼女は鞄から携帯を取り出した。

「・・・・・・ネコお嬢?どこにおデンワでしょうか?!」

「松田にチョコを買いに行かせるに決まってるだろ」

メンバーのひとりが恐る恐る尋ねれば、さらりと返ってきたお嬢様の返事に、再び落胆の色が広まり始めた広場。だが、今度はお嬢様も譲らなかった。

 

 

「・・・・・・まさか、今から、私に、買いに行けとでも言うのか・・・・・・?」

 

 

一語一語、丁寧に区切って尋ねる桜桃お嬢様。

ここは暖房の利いた室内だというのに、まるで吹雪の中に立たされているかのような寒気を感じたメンバーたちは、すぐさま首を横に振った。

「・・・いえ、滅相もございません・・・・・・!!!」

 

 

 

 

こうなれば、チョコをもらえるんだから、彼女の気分が変わらないうちにもらおう!!

・・・これが彼らの心中で一致した意見だった。

 

 

 

 

 

 

その後、桜桃の一報を受けて、松田が『紅蓮』アジトを訪れた。

律義に全員分のチョコレートを抱えて。

明らかに高級ブランドチョコレートであろうそれらを受け取った彼らは、やはり有頂天になって喜んだ。

 

 

そもそも、松田が用意して買ってきたチョコレートというのは、桜桃が彼らに渡したチョコレートとは言えないのでは・・・・・・。

むしろ、松田からもらったチョコレートと言えるのではなかろうか・・・・・・。

・・・・・・そんな考えたくもない現実は、全員思考回路からシャットアウトしているが。

 

 

 

 

 

なんだかんだと、族長を含め、『紅蓮』メンバー全員が満足そうにチョコを頬張る様子を見守り、やっといつものアジトの雰囲気に戻ったことに彼女はほっとした。

「・・・・・・バレンタインデーなんて、人騒がせなイベントだ・・・・・・」

ぐったりとソファーに身を預けながらそう呟いた彼女の言葉を聞いたのは、同じように微笑ましい『紅蓮』メンバーの様子を見守っていた里井くんだけである。

 

 

 

 

そして、桜桃は帰宅後、松田に

「だから今朝、用意しなくてよろしいのですかとお尋ねしたでしょう?」

と、くすくす笑いながら言われることになるのである。

 

 

 

 

 

 

 

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すぐに浮かんできたネタですが、なかなか形にするのに苦労しました(汗)

ま、とりあえずお嬢様はバレンタインデーにさほど関心はないだろうと。

『紅蓮』メンバーはおおいに期待をしていただろうと。

族長もまた、ひそかに期待していただろうと。

 

そんなことを思いついて、そして思いつくままに仕上げてしまいました(笑)

さて、ホワイトデー編はあるのでしょうか(笑)

 

 2011.2.14

 

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