+母の日
「・・・・・・ホラ」
「・・・は?」
こちらは、暴走族『紅蓮』のアジトの一室。
そこでゲーム片手にくつろぐ『紅蓮』族長に無造作に差し出されたのは、真っ赤な花の花束。
仏頂面でその花束を差し出してきたのは、なぜか暴走族には無縁であるだろうと思われる、生粋のお嬢様。
・・・・・・生粋だが、巨大で分厚い何匹ものネコを被り飼い慣らしているお嬢様でもある。
そのお嬢様が、いきなり泣く子も黙る暴走族『紅蓮』の族長に不躾に押し付けてきたのが、カーネーションの花束だったのだ。
意味もわからず差し出された花束を受け取ることなく、彼はそれを見上げ、お嬢様に説明を求めた。
「いきなりなんなんでしょーか、ネコお嬢?」
「カーネーションだよ、カーネーション」
「・・・・・・それは見ればわかる」
「なんだ、てっきり花の種類もわからないバカかと思った」
「・・・・・・そーじゃねぇって。なんでいきなり、こんなでけぇ花束をオレによこしてきてんだって聞いてるんだよ。・・・・・・あ、そうか」
何かに思い当たった族長。ぽんっと手を打って、花束を差し出したままのお嬢様にニヤリと笑いかけた。
「これはいわゆる逆プロポーズってやつか、ネコお嬢?!積極的じゃねぇか」
「ち、ちが・・・・・・んなわけないだろ、脳みそ腐ってんのか、このトリバカ頭っ!!!」
顔を真っ赤にして言い返すお嬢様の反応に、族長はまたケラケラと大声で笑う。
彼の最近の一番の楽しみは、こうしてこのネコ被りなお嬢様をからかうことなのだ。
ひとしきり笑い転げた後、彼は笑いすぎの涙をぬぐいながら、不機嫌絶好調のお嬢様に問いなおした。
「で?結局なんなんだよ、このカーネーション」
「本気でわからないのか?!さすが、トリ頭」
冷ややかに乱暴な口調でそう返してくる彼女は、まぎれもなく、世界屈指の生粋のお嬢様。
その彼女が、こうして町を騒がす暴走族とつるんでいるのだから・・・・・・世の中なにがどうなっているのか、わかったものではない。
しかも、その暴走族の族長である彼もまた、特殊な存在ではあるのだが・・・・・・。
「ハイハイ、バカでもなんでもいーから、さっさと答え言えよ」
「・・・・・・明日、何曜日か知ってる?」
「はぁ?!いきなりなんだよ、日曜日だろ?」
「何週目の日曜日?」
「何週目って・・・・・・あぁ、第二だな」
携帯をいじって確認しながら、律義に彼は彼女の問いかけに答える。こうなってくると、どうしても答えが気になってきてしまったのだ。
くだらない質問にもとことん付き合ってやる根性が出てきている。
一方、彼女の方は、「まだわからないのか」と言いたげな表情で、差し出したままのカーネーションの花束をゆらゆらと揺らした。
「5月の第二日曜日。それが何の日か、知らないのか、トリバカ頭は」
「・・・・・・知らねぇなぁ・・・・・・」
「・・・・・・この親不孝者」
とぼけるのでなく、本気で思い当らない様子の彼の態度に、彼女はとうとう溜息を吐きながら彼に教えてやった。
「明日は母の日だよ。どうせアンタのことだから、何も用意してないんだろうと思ったから、ホラ、この花束でも持って、今日くらい家に帰れよ」
そう、明日は母の日。
母の日と言えばカーネーション。
お嬢様が族長にカーネーションの花束を差し出したのは、彼の母親宛てに彼女が機転を利かせたものなのだ。
なぜ彼女が彼のためにここまでするのかというと・・・・・・。
「へぇ?!未来の婚約者の母親に、今のうちにゴマすりか、お嬢様?!」
「ちっが・・・・・・!!んなわけないだろ!!気の利かないバカ息子を持った、アンタの母親に同情してだなぁ・・・・・・」
「はいはい、わかりましたよ、わーかりましたっ!!」
再び彼女をからかったことにより、口やかましく抗議されそうになった彼は、手を大きく振ってそれを止めた。
けれど、彼がからかった内容は、あながち冗談でもないのだ。
彼と彼女は、一時期は本当に婚約者として世間に公にされていたこともある。
・・・・・・今は保留状態だが。
彼女は世界屈指の生粋のお嬢様。
その婚約者であったというこの暴走族の彼・・・・・・実は彼もまた、大金持ちの御曹司だったりする。
・・・・・・無論、この暴走族『紅蓮』のメンバーの中で、その恐ろしい事実を知る者はいない。
・・・族長の付き人である、里井くんを除いては。
荒い息を吐きながら不機嫌を露わにする彼女に、彼は肩を竦めてみせた。
「せっかくのネコお嬢のゴマすりだけど、あいにくだけどそれはいらないぜ?」
「・・・・・・なんで」
「カーネーション持って帰っても、母親、いないし」
「・・・・・・えっ・・・・・・」
短い予想外の返答に、お嬢様は言葉を失くす。
そんな彼女の反応をただ淡々と見返した彼は、再び手元のゲーム機に視線を戻してしまった。
彼女の手には、受け取られることのなかった、カーネーションの花束。
・・・・・・けれど、彼女にはもう、それを彼に押し付けることはできなかった。
そうか・・・・・・それを考えたことはなかった。
金持ちの御曹司として何不自由なく生まれ育ったとしても、母親は世界でただひとり。
その母親がいないとなれば・・・・・・こうしてぐれてしまうのも当然のような気もしてしまう・・・・・・。
コイツ、寂しい境遇なんだ・・・・・・。
なんだか、族長に同情心すら抱いてしまいながら、彼女はそっと族長の部屋を出る。
無駄になってしまったカーネーションの花束をしょんぼりしながら広間まで持ち歩くと、ちょうどばったりと、族長付き人の里井くんに出会った。
「あれ、いらしてたんですね、お嬢様」
「・・・・・・里井・・・」
里井くんは、唯一彼女と彼の素姓を知り、そして表と裏の関係も知っている貴重な存在である。
このアジトにいるときは、おもにこのふたりのお守役でもあるわけだが。
珍しくしょんぼりとしている彼女の態度に、里井くんは心配そうに駆け寄ってきた。
「何かありましたか、お嬢様?・・・・・・あれ、その花束」
「・・・そう、カーネーションの花束で・・・・・・」
「へぇ、豪勢な花束ですね。お嬢様のお母様にですか?」
「・・・・・・いや、アイツの母親にでもって思って・・・・・・。・・・アイツきっと、気が利かないから、こういうことしないだろうと思って・・・・・・」
そう言いながら、彼女の言葉尻が力のないものになっていく。
無神経なことをしてしまったのかもしれないという自己嫌悪すら抱いてしまいそうだった。
そうして落ち込んでいく彼女の耳に届いたのは、相変わらず明るく返してきた、里井くんの予想外の返答だった。
「それは素敵な贈り物ですね。奥さまも大層よろこばれると思いますよ!!」
・・・・・・何度も繰り返すが、里井くんは、族長の付き人である。
・・・つまり、金持ちの御曹司の付き人である、使用人である。
つまり、族長の家族構成はしっかりと把握しているはずで・・・・・・・・・。
「お嬢様?どうしたんですか、呆けちゃって?」
「・・・・・・いないって・・・」
「誰がです?」
「・・・・・・アイツ、さっき、いないって言ったぞ?母親が・・・・・・」
「え?」
里井くんは一瞬きょとんとしたかわいらしい顔をした後、すぐに「あぁ」と合点のいった表情で彼女に言った。
「・・・・・・たぶん、その意味は、『明日はいない』だと思います・・・・・・。明日はたしかに奥さまはご不在でいらっしゃるので・・・・・・」
「・・・・・・ってことは・・・・・・アイツの母親って死んでるんじゃなくて・・・」
「えぇ、ご多忙な方ですが、ご健在ですよ、奥さまは」
明るく、けれど苦笑しながら里井くんが答えると同時に、お嬢様は動いた。
そりゃもう、驚くほど俊敏な動きで、族長のいる、その部屋に突入していったのだ。
大きな叫び声と共に。
「このトリバカ頭〜!!!謀りやがったな〜っっ!!!!!」
広間まで響き渡るネコお嬢さまの叫び声と、それに劣らぬ、族長の笑い声。
なんだなんだと集まった『紅蓮』メンバーたちは、広間に置き去りにされたままのカーネーションの花束に首を傾げた。
「この花束、なんでここにあるんだ?」
「明日は母の日だからですよ」
くすくす笑いながらそう答えた里井くんに、さらに彼らは首を傾げた。
「・・・・・・里井、なんで母の日だとカーネーションの花束が関係しているんだ?!」
とりあえず、族長部屋のふたりの喧騒は放っておいて、このメンバーたちに「母の日」の一般常識を教えないといけないのかもしれない・・・・・・。
里井くんは空笑いをしながら、カーネーションの花束を拾い上げたのだった。
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約1年ぶりの新作番外編です(笑)
なんだかんだで、このシリーズは書いていて楽しいのです♪
だがしかし!!
1週間更新が遅れてしまった・・・!!
しかも何が悔しいって、本当は先週までには書き終わってたのに、うっかり更新を忘れちゃったんですよ〜!!(汗)(汗)
あぁ、バカだ・・・。
さて、今回は母の日。
桜桃のちょっとした気遣いから、いつものドタバタへ(笑)
そしてオチはやっぱり、愛しい彼らなのでした〜。
次はいつ更新できるかな〜。何の日にしようかな〜。
2012.5.20