+敬老の日
「石田様、お久しぶりでございます」
「これはこれは、しばらく見ない間に、一層お美しくなられた。眩しいくらいだよ」
「まぁ、お口がお上手ですわね。さぁ、遠方よりお越しいただきましてお疲れでしょうから、まずはこちらにおかけくださませ」
「ありがとう。あぁ、ほら、次の客人も来たようだよ」
「あら、本当に。それでは失礼いたします。また後ほど、ゆっくりお話しさせてください」
「えぇ、楽しみにしていますよ」
ひとりの老人がにこにこしながら、淡い桃色のドレスを身に纏った少女の背中を見送る。
優雅かつ気品あふれる少女は、指先ひとつ動かすにも計算されつくした所作の美しさを醸し出している。
淀みない会話と、柔らかな笑み。心地のいい声と鈴が鳴るような愛らしい笑い声。
桃色のドレスの少女は、次から次へと訪れる老人たちを相手にしながら、乱れぬ優雅な足取りで屋敷の中を案内していた。
それはどこをどう見ても、完璧なお嬢様。
完璧なまでの所作は、もはや幼いころからの訓練の賜物ともいえよう。
彼女と少しでも会話をした老人たちは皆、にこにことうれしそうに談笑を始めている。
今日は、彼女の屋敷で『敬老会』が催されるのだ。
とはいえ、ただの『敬老会』ではない。
招待された老人たちは、政界・財界のトップであったり、どこそこの有名企業の相談役であったりと、凡人からすれば恐れ多い存在ばかり。
けれど、その老人たちの相手をする彼女もまた、凡人どころではない。
財閥を揺るがすほどの大富豪の娘、まさにお嬢様なのだ。
一寸の乱れもない優雅なその仕草に、うっとりと見とれてしまう。
・・・・・・彼女の本性さえ、知らなければ。
たしか、昨日彼女に会った時には、
「なんで、何人ものじじぃの面倒を私が見なきゃいけないわけ?!じじぃどもの話はなっがいから付き合いきれないっての!!」
とかなんとか、言ってた気はするが・・・・・・今の彼女では、そんな態度も口調も想像できまい。
「おや、もしや龍一殿ではないかね?これは珍しいね、こんな席でお会いするとは」
「ご無沙汰しております、遠山様。本日はわたしも一ノ宮様にお招きいただいたのですよ」
「しばらくお会いしない間に、落ち着かれたようですな。前にお会いしたときは、ほんの小さな少年でいらしたのに」
「これはお恥ずかしいお話ですね。ですが、未熟ながらも遠山様のお陰で、ここまで成長いたしました」
「調子がいいねぇ、龍一殿」
ハッハッハと老人は軽快に笑う。それに応対する、龍一と呼ばれた青年もまた、にこりと笑った。
「本当ですよ。これからもどうぞ、父共々末永くご教授くださいませ」
「これは参ったね。君に言われてしまったら断れないよ」
いつまでもおかしそうに、老人はくすくすと笑う。
そんな老人に対し、青年もまた、にこにこと笑いながら談笑を続けている。
井出達も颯爽としていて、隙がない。
まるでモデルのようにすらりと立つその姿は、世の女性陣をうっとりとさせるかもしれない。
・・・・・・彼の本性さえ、知らなければ。
たしか昨日の段階では、
「なんでオレまでじじぃどもに付き合わされなきゃならねぇんだよ!!ふざけんなよ、ネコお嬢!!あいつらの説教と加齢臭なんて、もううんざりなんだよ!!」
とかなんとか言ってた気はするが・・・・・・それもまた、今の彼には想像できない態度と言動。
「どうしました、里井さん?」
それまで優美な少女と優雅な青年の様子を見守っていた里井は、話しかけられてはっと我に返った。
「あ・・・・・・いえ・・・・・・」
「そうですか?なんだかとても複雑な表情をされていますよ?」
里井にそう話しかけるのは、あの優美な少女の付き人だ。指摘されて、思わず里井は口に手を当てて、今更な困惑を口にした。
「いえ・・・・・・なんというか、今更ですけど・・・・・・」
こくりと喉を鳴らしてから、さらに彼は言った。
「本当にあのふたりの手なずけている猫の数はすごいなぁ・・・と・・・・・・」
数だけではなく、その分厚さにも驚きだが。
「・・・・・・そうですね」
思わず同意する付き人松田も、表情は変えぬまま関心した様子で頷く。
もちろん、ふたりが言っている『猫』とは、生きている猫のことではない。
「あのおふたりの猫被りっぷりは、いっそ尊敬いたしますね」
心底感心した様子の松田に、思わず里井も何度も頷き返した。
「本当に。見事な猫被りっぷりです。一体何匹飼いならしているのやら・・・・・・」
今日は敬老の日。
政界・財界を司る老人たちを相手に引けを全くとることなく接客を続ける一ノ宮 桃桜。
けれど、その笑顔の裏では、日常の鬱憤はらしに不良どもに喧嘩を売っていたりする。
それを知っているのは、付き人である松田と里井、そして、里井の主であり、桃桜の婚約者でもある龍一だけ。
その龍一もまた、暴走族『紅蓮』の族長だったりする。
どちらも負けず劣らずの猫被りっぷりで、そのふたりの飼いならしている猫の分厚さ及び数は、もはや想像するも難しい。
「・・・・・・結構お似合いなおふたりですよね」
「むしろ、あのふたりでなければ成立しないのではないでしょうか・・・・・・」
猫被りなお嬢様とその婚約者。
付き人であるふたりは、顔を合わせれば喧嘩ばかりのこのふたりの主の豹変ぶりに、改めて舌を巻く思いなのであった。
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珍しい視点からの番外編です。
客観的にあの猫被りふたりを見ていたら、さぞや愉快だろうなぁ、と思いまして(笑)
付き人ふたりだからこそ、あのふたりの豹変ぶりというか、表裏ありすぎな感じが舌を巻く思いだろうなぁ〜と。
でも、肝心のふたりが喋ることもなく、あの『紅蓮』のおバカさんたちの登場もなくて、ちょっと寂しかったり(笑)
1年ぶりの更新でしたが、楽しかったです。
今後も、年1回くらいの更新を目指して細く長くがんばろうと思います!!
2013.9.16