「・・・ほんっとに信じられない」
「だーかーら。それはオレのせいじゃねーだろ?」
「あんたの教育がなってないんだろ?!ちゃんと全員に伝達しとけよ?!」
「なんでオレが?」
「リーダーだからだよ」
「好きでリーダーなんかしてねぇよ」
「は?じゃぁなんでやってるわけ?」
11、虎口を脱する
『紅蓮』の族長にテレビゲームという存在を教えられてから、ここ何日か、桜桃は脇目も振らずに気付けばアジトに通い詰めてしまっていた。
しかし、彼女の正体(?)は、生粋のお嬢様。
暴走族のアジトに入り浸っていていい立場ではないのである。
「一ノ宮さん、今日もご予定がおありですの?」
放課後、お嬢様友人Aに呼びかけられた桜桃。思えば、随分と久しぶりに声をかけられた気がする。
「よろしければ、先日お話したお店にご一緒しませんか?」
何の悪意もない、純粋な笑顔を向けてくるお嬢様友人AとB。
・・・そういえば、そんなところに行くという約束を結構前にしたかもしれない・・・。
アジトにゲームの練習に行くという予定以外特に用事もない桜桃は、『お嬢様』としてその申し出を受けることを決めたのだった。
友人たちに連れられた喫茶店は、桜桃たちが通う学校からは少し離れた場所にあった。
・・・むしろ、彼女がここのところ毎日のように通い詰めている場所に近いのが、不安を煽るのだが・・・・・・。
「どうされました、一ノ宮さん?」
「お口に合いませんでしたか?」
不安そうに心配そうに声をかけてくる友人たちの声で、桜桃ははっと意識を戻した。
「いいえ、とても香りのいい紅茶ですね。・・・ただ、とても珍しい場所にあるので、辺りが気になってしまって・・・・・・」
「そうですわね、このお店は少し学校から離れていますものね。ちょっとした穴場を見つけたようで、わたくしたちは喜んでいたのですよ」
桜桃の言葉を不安と受け取ったのか、励ますように友人たちはにこにこと話してくる。
だが、桜桃の心境は、たしかに不安は不安ではあったのだが、目の前の友人たちが想像している類の不安ではなく、
桜桃がネコ被りをしているのがバレるのではないか、という不安なのである。
「・・・え〜と、この紅茶、本当においしいですね。香りが高くて、茶葉の本来の味が引き出されているかのような味わいですね」
「やはり一ノ宮さんもそう思われますか?!わたくしたちもそう思って、思わずこのお店の方に、淹れ方を教わったほどなのですよ」
「あら、そうなのですか?」
舌が肥えたお譲様たちが「おいしい」と薦めるものは、本当においしいのである。
その彼女たちが、あまりのおいしさにお茶の淹れ方まで聞いたというのだから、本当に気に入ったのであろう。
「お店の方曰く、淹れ方は他のところと変わらないらしいのですけれど、茶葉にこだわりを持っていらっしゃるみたいですの」
「まぁ、茶葉にこだわりが?たしかに、味も香りもいつもの紅茶よりも深みがありますものね」
「そうでしょう、そうでしょう?」
なぜかそのまま紅茶の話で盛り上がる桜桃たち。
そのままお茶会はおしゃべり会へと発展し、日夜駆り出されている社交界での愚痴や不満、噂話などにまで発展してきた。
「そういえば、この前の夜会で羽鳥家の奥さまがいらしたのですけど、あの方、またお太りになられてたのよ」
「あらいやだ、また?もう着れる衣装がなくなってしまうのではないかしら?」
「衣装といえば、白井家のお嬢様、ご婚約されたんですって。もう花嫁衣装をお探しなのだと窺ったわ」
「そのお話ならわたくしも聞きましたわ。ちょうど星崎家のお嬢さまとお話をしていたときに窺ったの」
「星崎家のお嬢さまもいらしてたの?彼女のお兄さまはいかがですって?」
「相変わらずのようよ」
「まぁ・・・・・・あちらも大変ね。そういえば、沖矢家の奥さまがおっしゃるには、北島家に新しい家族ができたそうよ。しかも、養子」
「そう・・・・・・やはり、そうなってしまったのね・・・。あのご夫婦にはお気の毒ね。そうそう、新しい家族といえば、空井さまのお屋敷に・・・・・・」
絶えることなく続く、お嬢様友人の世間話。
桜桃も含め、彼女たちは社交界によく顔を出すこともあり、財閥界の情報はとてつもなく早く、みな関心がある。
桜桃はなにかというと理由をつけて逃げ回っているが、彼女たちは噂話を聞くのが楽しいようで、よく参加をしているようだ。
・・・正直、こんな席でまたこんな話を聞かされるのは、桜桃はうんざりしているのだが。
勝手におしゃべりを続けている友人ふたりを無視して、彼女は窓の外に視線を向けた。
ぼんやりと窓の外の長閑な風景を眺めていて、「あ〜平和だな〜」なんて思っていたそのとき・・・・・・桜桃はとんでもないものを見つけてしまった。
視線の先に、見知った面々があったのだ。
(・・・・・・最悪・・・・・・)
一瞬で顔面蒼白になる桜桃。幸いなことに、友人たちはおしゃべりに夢中で桜桃の変調に気づいていない。
なんとかして、桜桃は彼らが彼女に気付かぬように、慌てて視線を店内に戻し、不自然なくらいに必死に顔を隠そうと試みた。
そう、気付かれたくなどない。
彼ら・・・・・・暴走族『紅蓮』のメンバーには。
たしかに、この店は皮肉なことに『紅蓮』のアジトにものすごく近い。
長閑な道だからといって、暴走族である『紅蓮』のメンバーが通らないわけではない。
とはいえ、よりにもよって、このタイミングで、この瞬間に、この道を通らなくてもいいじゃないか・・・・・・!!!
最近アジトに入り浸ることが増えた桜桃は、『紅蓮』のメンバーのほとんどに顔を知られている。
加えて、族長に物言う勇ましさと、お嬢様でありながら気さくな性格が好まれ、親しまれている。
それはまぁ、それで結構なのだが、それよりも大きな問題がある。
彼女が、普段は巨大で強力なネコを何十匹も飼い慣らして被っていることを、彼らが全員知っているわけではないという事実である。
・・・しかも、所詮はあのトリ馬鹿頭を族長にする暴走族のメンバーである。
人の慌てる姿を見て、おもしろがってからかおうとしてくるに違いない。
それならば問題は極力回避だ。顔を見られなければ、このままやり過ごすことができるはず。
おそらく、彼らが気付くよりも先に、桜桃が気付いて顔を隠した・・・・・・はずである。
「・・・あら、あの方々、どうしたのかしら?」
メニューで必死に顔を隠す桜桃の目の前でおしゃべりをしていたはずのお嬢様友人Aが、窓の外を眺めて、そんなことを言い出した。
恐る恐るもう一度窓の外を見てみれば・・・・・・最悪な事態が到来していた。
なんと、『紅蓮』のメンバーが大喜びでこちらに手を振っているのだ。
そりゃもう、思いっきり。
「こちらに手を振っていらっしゃるみたいですけど・・・・・・でも、なんだか怖そうな方々ですね」
「えぇ、よく大通りなどで大騒ぎしている暴走族、という方々ではないかしら?」
「まぁ、怖い。一体どなたに手を振っているのかしら・・・・・・ねぇ、一ノ宮さん?」
「え、えぇ、本当に。早々に立ち去っていただきたいですわね」
もう今すぐに。
内心でそう付け加え、大喜びでこちらに手を振っている『紅蓮』のメンバーに、友人たちに気付かれないように、しっしっと立ち去るように手を振り払う。
しかし、桜桃の心情を知ってか知らずか、奴らは揃って首を横に傾げて見せるだけ。
おまえらがそんなことやっても、ちっともかわいくなんかないから、さっさとどっかに行けーーーーー!!!
桜桃は心の中でそう叫ぶが、それは彼らには届かない。
ニコニコとこちらに無邪気な笑顔を向けてくるだけ。・・・その傍らで、なぜか一般市民に喧嘩を売っている奴もいるが。
故に、余計に彼らが物騒な暴走族という存在であることを強調してしまうのだが。
だからこそ、絶対に絶対にぜーーーーったいに、桜桃は彼らと関係があることを、目の前の彼女たちに知られるわけにはいかないのだ。
それなのに、あのバカどもはそれに気付かずに桜桃に手を振り続けているのだ。
・・・あのトリ馬鹿族長、全メンバーに伝達しとけっていうんだよ・・・・・・!!
やがて、彼らへ怒りは、彼らのリーダーである族長に向けられる。
被っていた巨大ネコがずり落ち、心の中で族長へ毒づいていると、目の前の友人たちがさすがに何かを察したらしく、桜桃に声をかけてきた。
「一ノ宮さん?どうかされましたか?」
「い、いえ・・・。あの方々が物騒で怖いと思ったものですから」
「そうですわよね。一ノ宮さんもそう思われますよね。よろしかったらお店を移動いたしますか?ここにいると、どうしてもあの方々が目に入ってしまいますし・・・」
「いえいえいえいえ!!もう少し、もう少しだけ、ここに座っていましょう?もしかしたら、あの方々が立ち去ってくださるかもしれませんわ」
立ちあがって店を出ようとしたお嬢様友人たちを、桜桃は慌てて引きとめた。ついでに、この数分で脱落していたネコを拾い上げて被りなおすことも忘れない。
もしも今、店を出てしまったら、あの空気の読めないバカどもが、桜桃に大声で声をかけてこないとも限らない。
・・・そんなことになったら、大惨事なんて言葉だけでは済まない・・・・・・!!
さっさと立ち去ってくれればいいのに。
ニコニコと手を振り笑顔を振りまいてくる連中を、桜桃はじろりと睨みつける。
同時に、心の中で思うのは、やはりこの連中を束ねているトリ馬鹿頭のことである。
一番大事なことを、一番伝えておかなきゃならない連中に伝わってないとは、どういうことか!!
やがて、ネコが数匹剥がれ落ちている桜桃の、イライラを含めた殺気にも似た視線に気づいた連中のひとりが、何やらひそひそと相談を始めたようだ。
そして、彼らの中で意見が一致したのか、全員姿勢を正し、桜桃に向かってびしっと礼をしてから、さっさと立ち去って行った。
「・・・あら?どうやらあの方々、帰られたようですわね?」
「よかったですわ。やはり、気になってしまいますし。・・・それにしても、最後はどなたに礼をされていたのでしょうね?」
「ほ、本当に・・・。不思議ですわね、ほほほほほ・・・・・・」
余計なことをするなーーーーーー!!!!
普段、アジトにいるとき、族長と対等に言い合いができる桜桃を尊敬して、彼らはよく敬意をこめて礼をしてくる。
どうやら、今回もそれの一環だったらしいが、今のこの現状で、それは余計な行為である。
とにかくも、なんとか危機は脱することができたようで、ぐったりしながらも、ほっとする桜桃なのだった。
その後、もちろん桜桃はあの馬鹿共の総大将に連絡をすることを忘れなかった。
誰もいない自室で、彼女は彼の携帯に電話をかける。何度目かのコールで、やっと彼は電話に出た。
『あ?ネコお嬢?』
「遅い。もっとさっさと出ろ」
『オレ様の電話にすぐに出ないくせに、勝手言うな。だいたい、こんな時間になんだよ?』
「あんたに文句があって電話してるに決まってるだろ」
『は?!今日はアンタに会ってないのに文句かよ?』
「あんたの下っ端連中のことだよ。昼間、街中で偶然出くわして、あいつら、手を振ってきやがった」
『あぁ?!いいじゃねぇか。アイツ等うれしかったんだろ?バカだから』
「私は学校の友人と一緒だったんだよ!!あいつらと関係があるって気付かれたらマズイのは知ってるだろ?」
『あ〜・・・ネコをお被りになってたってわけか。なるほどなるほど。ご苦労なこって』
「他人事だと思って・・・・・・!!」
『他人事だもんよ』
あっさりと言い捨てた電話の向こうの男を、どうにかして殴り飛ばしたい衝動に、桜桃は駆られるが、それを抑えてこちらの要望を伝えることを第一優先に努めることにする。
「・・・それで!!さっさと立ち去るように合図してんのに、いつまでも気付かないで手を振り、挙句、やっと気付いて立ち去るときには立礼までしていきやがった!!目立つの何のってないだろ?!ほんっとに信じられない!!」
『だーかーら。それはオレのせいじゃねーだろ?』
「あんたの教育がなってないんだろ?!ちゃんと全員に伝達しとけよ?!」
『なんでオレが?』
「リーダーだからだよ」
『好きでリーダーなんかしてねぇよ』
「は?じゃぁなんでやってるわけ?」
『あ〜・・・それはだな〜・・・・・・。オレ様が強いからだよ』
「はぁ?!」
『前の族長やってたやつを喧嘩で倒しちゃったら、こうなったんだよ。で、まぁ、オレ様より強い奴が現れないから、こうなってるってわけ』
「へー、ソレハ スゴイデスネ」
『なんだよ、その棒読み』
「別に。とにかく、ちゃんと全員に伝達しとけよ?!絶対だぞ?!」
『へーへー。覚えてたらな。じゃーな、ネコお嬢。今、ちょうどラスボス倒してるとこだから』
「・・・ゲームかよ」
すでに通話の切れた電話に、思わず桜桃は突っ込まずにはいられなかった。
一方、こちらも通話の切れた・・・ではなく、切ったアジト。
「おーい、里井」
「はい?なんですか?ラスボスは倒せました?」
呼ばれた里井くんが、ゲーム機片手に携帯を放り投げた族長のもとにかけつけた。
「おう、とっくに。ちょうど倒したとこで、電話が鳴った」
「おや?どなたから?」
「ネコ被ったおじょーさま」
「それはそれは。それでなんと?」
「街中でネコ被ったお嬢を見かけたら、全力でからかっていいとメンバーに伝えろって」
「・・・・・・本当に彼女、そう言いました?」
「おう。そう言ってるようにオレには聞こえた。文句あるか?」
「・・・・・・いえ、僕はないですけどね・・・・・・」
ネコお嬢さまにはあるんじゃないでしょうか・・・・・・。
すでに別のゲームを始めながら上の空で里井くんに話す族長の姿を見ながら、果たしてそれは本当にメンバーに伝達していいものか、里井くんは本気で悩むのだった・・・。
本当はデパートの買い物とか、そういう場面を想像していたのですが、なぜかお茶の席での出来事に(笑)
ま、必死な桜桃と、まったく理由がわかっていないメンバーと、話を聞きいれるつもりすらない族長が書けたのでいいです(笑)
あとはまた、里井くんが悩んでいるだけですね。
このシリーズは、本当にノリが軽くてらくちんです(笑)
2010.10.24