「・・・ってわけで、しばらくそっちに行かないから」

「いーじゃん、いっそ開き直っちゃえよ」

「ヒトゴトだと思って勝手なこと言うなよ・・・・・・」

「どーせいつかバレるんだぜ?いい機会じゃねぇか」

「んなわけあるか。オジョーサマが暴走族と関わりがあるなんてありえないだろ?」

「でもこうしてありえてるじゃないか」

「・・・そりゃ異例なんだよ」

「アンタがネコ被ってる時点ですでに異例だしな」

「ほっとけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16、危殆に瀕する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大通りや人目のあるところでふたりが会うことは今までなかった。

あったとしても、人目を気にしてすぐに裏通りにまわったりした。

ふたりが人目のある目立つ通りで会うというのは、仮にも「お嬢様」である桜桃にとって大変まずいことだから。

長年必死になって被ってきたネコが、こんなことで水の泡になったら、目も当てられない。

 

 

 

さすがに『紅蓮』族長もそれを弁えているのか、彼女と大通りで会ったとしても、そのまま裏通りに拉致していくことがしばしばだった。

一応、彼女のネコ被りを邪魔するつもりはないらしい。

 

 

 

最近では桜桃がアジトに足を運ぶことが多くなっていたから、外で会うことは少なくなっていた。だからこそ、油断をしていたのかもしれない。

 

 

 

あの日、彼は気分がハイになっていたし、彼女もそれにつられてしまっていた。

お互いに人目への配慮がなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一ノ宮さん」

超がつくお嬢様学校SG女学院の誇る才女、一ノ宮 桜桃は、声をかけられた相手を悟り、被っているネコを増量させて振り向いた。

声をかけてきた人物が、彼女にとって大変迷惑でウザい相手だから。

「・・・大河内さんではありませんか。いかがされました?」

 

 

 

 

光が当たれば影ができるのは自然の摂理である。

「優秀な生徒」という脚光を浴びる桜桃の影となっているのが、この大河内 明子。

成績優秀、運動神経も人並みにあり、申し分のない優等生なお嬢様なのだか、それでもいつだって桜桃よりは劣ってしまう。

そんな彼女は、名前に「明るい」という字があるというのに、性格はネチネチと暗く、何かにつけて桜桃の弱みを掴もうと追い回してくる、大変ウザい存在なのである。

早い話が、それはもう惜しげもなく桜桃を妬んでるのである。

 

 

 

 

 

その明子が、ニコニコとうれしそうに桜桃に話しかけてくるのだから、不気味極まりない。

「わたくし、一ノ宮さんに伺いたいことがございまして」

「・・・何でしょうか?」

「昨日、一ノ宮さんはお車ではなく、徒歩でお帰りになられましたかしら?」

「え、えぇ・・・」

隠しても仕方ないので、一応桜桃は正直に答える。そんなこと聞いてどうすんだよというオーラを、被っているネコの隙間から醸し出して。

 

 

 

 

すると、明子は勝ち誇った笑みを浮かべて、桜桃に言ったのだ。

「昨日、わたくしもお買い物がありましたので、街中を歩いておりましたの。そうしましたら、何か事件でもあったのか、複数のパトカーが大通りを走っていくのを見かけましたの」

「・・・そう・・・ですか・・・・・・」

嫌な予感が桜桃の中を駆け巡る。ものすっごく嫌な予感が。

それでも、それを悟られるわけにはいかないと本能が警告しているので、彼女はネコを増量し続け、作り笑いを浮かべた。

桜桃の動揺を察知してかどうかわからないが、明子はかつてないほど嬉々とした様子で、なおも話し続ける。

 

 

 

 

「しばらく大通りを眺めながら歩いておりましたら、パトカーとすれ違うように、何やら暴走族のようなバイクが複数台走っていく様子まで見てしまいましたの。物騒なお話ですわよねぇ・・・」

「そう・・・ですわねぇ・・・・・・」

段々引き攣った笑いになっていく桜桃。

なんとか被っているネコのお陰でそれも誤魔化せているものの、もしかしてもしかしなくても、ヤバイ状況かもしれない・・・・・・・・・。

 

 

 

 

「それがですね、一ノ宮さん。わたくし、それと同時に目を疑うような光景を見てしまいましたの」

「・・・何を・・・・・・?」

不気味な笑みを浮かべる明子。

その明子の頬を思いっきりびよーんと引きのばしてやりたい、と思う桜桃。

この暇人変人なひねくれお嬢様がなにを見たと言うのか、聞くのが怖いような気もするが、聞かないでいたらなお怖い気もするので、あえて話を促した。

すると、明子はその不敵な笑みを崩さずに桜桃に告げた。

 

 

 

 

「ちょうどその大通りで、一ノ宮さんらしき方とどう見ても暴走族であろう殿方が楽しそうにお話しされているところを見てしまいましたの。驚きましたわ。まさか一ノ宮さんともあろう方に、あのような野蛮なお知り合いがいらっしゃるなんて・・・・・・」

 

 

 

 

そもそもあんなトリ馬鹿頭と楽しそうに話したことはない。

そして、桜桃がどんな人間と知り合いであろうと、この目の前のお嬢様には関係のない話だ。

あの連中が野蛮であることは認めるが。

 

 

 

 

そう心中でつっこみながらも、桜桃は目の前が暗くなってくるのを感じた。

まさかまさか、まさか、あの現場を誰かに・・・・・・よりによって一番見られたくない相手に見られていたとは。

今にも失神しそうなほどショックではあったが、ここで取り乱してしまってはいけない。

ネコは被り続けないといけない、一匹残らずに。

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、桜桃は最もオーソドックスな言い訳をしてみた。

「あら、そうでしたの・・・?実はわたくし、そのときその暴走族の方に脅されておりましたのよ。とても恐ろしかったのですが、とりあえず笑ってその場を誤魔化してやりすごすしかないと思いまして・・・・・・」

「まぁ、そうだったのですか。それはお気の毒でしたわね・・・。では、わたくしの見間違え、勘違いだったのですわね」

「そうですわね。わたくしがそのような野蛮な方々と知り合えるはずもございませんし」

ほほほほ・・・と互いに乾いた笑いを浮かべるふたり。

どうにか誤魔化せたかと桜桃がほっと胸をなでおろしたその瞬間、明子は悪魔のような笑みを崩さずにわざとらしく首を傾げた。

 

 

 

 

「そういえば、もうひとつ一ノ宮さんにうかがいたいことがございますの」

「・・・何でしょうか?」

「最近、噂になっておりますのよ。一ノ宮さんがお車でお帰りになることが少なくなったと。その割に、この学院の者とおでかけになられている様子もない、と。もしかしたら、どこかの殿方とお会いになっているのではないか・・・と」

「・・・ま、まぁ・・・そんな根も葉もないうわさ・・・・・・」

「あら、でも最近、一ノ宮さん、とても学校生活が楽しそうですわよ?やはり、どなたかよろしいお相手でもいらっしゃるのですか?・・・・・・それとも、公にできないお相手、だとか・・・?」

 

 

 

 

 

狡猾な瞳でじわじわと桜桃を追い詰める明子。昨日の件で何かを掴んだのかもしれない。

性格はともかく、頭はいいお嬢様ではあるのだし・・・。

だが、桜桃だって負けてはいられない。明子に何かばれたりでもしようものなら、この被ってきたネコが、全部剥がされかねない。

そんなこと、させるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

「そのような噂や憶測をお信じになられるのですか、大河内さん。あなたのようにご優秀な方でしたら、人の噂になど惑わされないと思っておりましたが?」

「も、もちろんですわ!!わたくしは人の噂などに翻弄などされませんことよ。わたくしは自分の目で見たものしか信じませんし・・・・・・」

「それでは、わたくしのこともまた、噂などに流されりはしませんわよねぇ?」

「え、えぇ、もちろんですわ。もちろんですとも。ですから、こうして一ノ宮さんにご確認をさせていただいているのですし」

「そうでしたの。では、わたくしから申し上げられることはただひとつ。それはただの噂ですわ。どうぞお忘れくださいませ」

にっこりとネコ120%で笑う桜桃。

形勢を逆転させられた明子は、たじたじと悔しそうな顔をしている。

 

 

 

 

「それではわたくしはこれで失礼いたしますわね、大河内さん」

「い、一ノ宮さん。本日も徒歩でお帰りですの?」

「・・・・・・いいえ。今日は松田を待たせておりますの」

冷たい笑みを浮かべて桜桃はそう言い残し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ってわけで、しばらくそっちに行かないから」

『いーじゃん、いっそ開き直っちゃえよ』

「ヒトゴトだと思って勝手なこと言うなよ・・・・・・」

『どーせいつかバレるんだぜ?いい機会じゃねぇか』

「んなわけあるか。オジョーサマが暴走族と関わりがあるなんてありえないだろ?」

『でもこうしてありえてるじゃないか』

「・・・そりゃ異例なんだよ」

『アンタがネコ被ってる時点ですでに異例だしな』

「ほっとけ。とにかく、しばらくアジトには行かないから、あいつらにもそう言っといてくれ。ほとぼり冷めるまでは車で帰るから、道端で私を見かけることもないだろうし」

それだけ一方的に告げて、桜桃は電話を切る。

 

 

 

 

「・・・よろしいのですか、お嬢様」

「何が?」

車の中に携帯を放り投げた桜桃に、運転席の松田が尋ねてくる。気のない様子で、彼女は一応尋ね返してみる。

「せっかくあの方々と過ごす日々を楽しんでいらっしゃったのに・・・・・・」

「だからって、それがばれるわけにもいかないし。仕方ない、大河内嬢が諦めるまではおとなしくしてるしかないさ」

先ほども明子と別れた途端、桜桃は慌てて松田を呼びだしたのだ。

しばらくは、こうしておとなしく車で登下校するしかないだろう。

ネコ被りなお嬢様であることは、ばれるわけにはいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ、ネコお嬢、しばらくここに来ないってよ」

「「「「「え〜?!??!?!」」」」

突然の族長のお言葉に、その場にいた『紅蓮』メンバーは全員ショックのあまり雄叫びをあげた。

無論、里井くんもびっくりだ。

「ネコお嬢様、なにかあったんですか?」

「ガッコーで、ネコ被ってることがバレそうらしいぜ」

「あのお嬢様がなにか失態でも?珍しい・・・・・・」

「昨日、オレと外で会っていたのを見られたらしい」

チッと舌打ちしながらそう言う族長の顔はひどく悔しそうだ。

里井くんも、その経緯を聞いて納得した。

「・・・なるほど。たしかに、彼女の立場上、我々と関係があることはばれたくないでしょうしね・・・・・・」

「え〜、ネコお嬢が来ないなんてつまらない〜!!」

「せっかく新しいゲームも仕入れたのに〜」

「おれたちの楽しみが〜!!」

里井くんの言葉に続いて、『紅蓮』メンバーからあがるブーイングの嵐。

けれど、不機嫌な族長の「ごちゃごちゃうるせー!!!」の一言で、彼らもぴたりと口をつぐんでしまった。

 

 

 

 

 

里井くんは、そんな意気消沈したメンバーと、不機嫌な族長のために、気分転換のおやつ作りを考案したりするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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どうしようかな〜と悩んだ末の、明子お嬢様のご登場。

名前を出すか出さないか、悩んだだけですが(笑)

 

 

そして、今回はからみがあまりない『紅蓮』族長と桜桃。

でも、お嬢様な桜桃と明子の会話は、結構書いていて楽しかったです♪

 

 2011.1.25

 

 

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