「・・・なに、それ」
「ん?なかなかイカスだろ?」
「・・・・・・なんか、変」
「んだと?せっかく目立たないようにしてやったのに。ほれ、アレも見ろ」
「げ。アレ、一体どうしたんだよ?!」
「ふっふっふ。企業ヒミツに決まってるだろ」
「・・・いやいや、あんたみたいな立場の人間が言うとシャレになってないし・・・・・・」
17、足元に火がつく
暴走族『紅蓮』の族長は、最近、ものすごく不機嫌だった。
先日、やっと追い回していたグループを根こそぎぶっ潰したというのにこの不機嫌さ。
その理由は、『紅蓮』メンバーもわかっていた。
「彼女」が最近、アジトに顔を見せないからだった。
そのことにストレスを感じているのは族長だけではなく、メンバーの中にも日増しにやさぐれていく者たちが増えていった。
「お嬢様の影響力っていつのまにかすごいことになってたんですねぇ」
しみじみと荒れたアジト内の雰囲気を感じながら、里井くんがのほほんと言うと、族長はむすっとした表情を崩すことなく返してくる。
「ったく、たるんでるんだよ。ネコお嬢ひとりが来るか来ないかで影響されるなんて」
・・・あなたが一番影響されていると思いますが。
そういう突っ込みは心の中だけでしつつ、里井くんは苦笑するだけに留めておく。
それにしても、アジトに彼女が現れないことによって『紅蓮』全体が荒れているわけだが、その彼女の方は大丈夫なのだろうか。
彼女は、ケンカをして暴れるか、アジトで大暴れするかで、被っているネコの調整をしてバランスをとっていたはずなのに。
どうやら最近、街中に出歩いている様子もない。
とはいえ、彼女が歩いてこのアジトに来ることも難しいのだろう。
何やら彼女のネコ被りがばれそうになっているとかで、アジトには足を運べないとのことだったから。
だから、しばらく会うこともできないのかもしれない。
・・・そうすると、このアジトの中の険悪な雰囲気はいつ払拭されるのだろうか。
そんなことを里井くんがぼんやりと考えていると、突然族長が肩を揺らしてくすくすと笑い始めた。
「ぞ、族長・・・?」
ネコお嬢さまが来なくて、さみしさのあまりとうとう壊れてしまったのだろうか。
里井くんを含めた誰もがそんなことを危惧した瞬間、にやり、と楽しそうに笑った族長が振り向いて彼らに誇らしげに言った。
「いーこと思いついた!!ちょっとでかけてくらぁ」
「おでかけですか?!だったら車を出しますけど・・・」
「いや、来なくていい」
「え、でも・・・」
「来るなって言ってるんだよ」
「・・・はい」
思わずその場にいた『紅蓮』メンバーもすくんだほどの殺気を里井くんに向けて、彼の好意の申し出を拒絶する族長。
なんとなく、里井くんは族長が何をしに行くのかは想像できていたのだが、こうもあからさまに拒絶されると・・・・・・まるで・・・・・・。
里井くんの思惑などまったく解せず、族長はある場所に向かって車を走らせていた。
バイクではいけないのだ。
しかも、この車でないといけない。
今、族長がころがしている車は、里井くんの車ではない。
とはいえ、族長の車でも厳密にはないのだが。
なんとか目的の場所に辿りつき、目的の人物を待つ。・・・・・・のは面倒なので、彼は携帯電話を取り出して電話をかけた。
まずは数コールで相手は電話に出ることなく通話を切ってきた。
だが、族長もめげない。
もう一度リダイヤルして、相手が出るまでコールし続ける。やがて、先ほどと同じように、問答無用で切られた。
「・・・んにゃろ・・・。根競べなら負けねぇぞ」
そう呟いた族長は、再度リダイヤルを開始した。
何度このやりとりを繰り返したか数え切れなくなってきた頃、とうとう電話の相手からお怒りの抗議の声があがった。
『しつこい!!なんなんだよ!!』
「そっちこそふざけるなよ、オレ様の電話を何度も切りやがって」
小声でキレるお嬢様に向かい、彼も彼とて負けずに言い返す。
ネコが剥がれた口調でいるということは、おそらく人目のないところで電話をしてきているのだろう。
『・・・で?用件はなんだよ?』
「今日、裏門から帰れよ?」
『・・・いやだって言ったら?』
「アンタのネコをばらしてやる」
『・・・・・・っ・・・・・・まさか、あんた、ここに来て・・・?』
「さっすが頭がいいと察しがいいね〜」
ケラケラと族長が笑っていると、電話は一方的に切られてしまった。
にやり、と彼は笑うと、目の前に見えるSG女学院の裏門に向かって歩き始めた。
しばらくそこで待機していれば、ほどなくして、ひとりの女学生が校舎から走ってくるのが見えた。
まだ授業中のため、他に人の出入りはない。
「お〜、意外に早かったな。サボっちゃっていいわけ?ネコ被りさん?」
「・・・体調不良で早退」
「あっはっは、そりゃ都合がいい。だったらもう帰るんだな?」
「・・・そうだけど・・・。それにしてもその格好・・・なに、それ」
「ん?なかなかイカスだろ?」
「・・・・・・なんか、変」
「んだと?せっかく目立たないようにしてやったのに。ほれ、アレも見ろ」
「げ。アレ、一体どうしたんだよ?!」
「ふっふっふ。企業ヒミツに決まってるだろ」
「・・・いやいや、あんたみたいな立場の人間が言うとシャレになってないし・・・・・・」
まずは族長の格好を見てぶつくさと文句を言ったネコお嬢は、彼が指さす方向に目をやって思わず驚きの声をあげた。
サボりで早退を決め込んだ・・・決めざるを得なかったネコお嬢さまが見たもの。
それは、全く似合わない黒スーツに身を包んだ族長の姿。
これだけで天変地異が起こりそうなほど驚いたのだが、さらに彼女を驚かせたもの。
それは、彼の指さす方向に、車があったのだ。
いつもの里井くんのちょっとぼろい車ではなく、ぴっかぴかの高級車。
どう考えても、『紅蓮』の族長が持てるようなものではない。
なのに、入手方法は『企業ヒミツ』ときたもんだ・・・・・・。
「で?行くだろ?アジト。せっかくバレないように迎えに来てやったんだし」
「・・・ま、いーか。うるさいヤツも今はいないし」
ふんぞり返って上から目線の族長に、ネコお嬢も呆れ顔で校舎を見ながら頷く。そのうんざりしたような表情を見て、族長は思わずニヤニヤと笑ってしまう。
「よっぽどうるせーヤツなんだな?」
「んっとにウザいんだって。今もまだ、帰りに私がアジトに向かうんじゃないかって、見張られてる気分」
「そりゃお気の毒。んじゃ、せっかくサボったんだし、そのウザい奴が目を光らせる前にずらかろうぜ」
「もちろん。さっさと車出せよ、アッシーくん」
「・・・・・・しまった、この展開はムカツク・・・・・・」
さっさと車に乗り込むネコお嬢の背中を見つめながら、彼は悔しそうに呟く。
彼女にアッシー扱いされるのはものすごくムカツクが、今この場で、車を運転するのは自分しかいないのだ・・・・・・仕方ないのだ・・・・・・。
そしてふと、彼女は浮上してきた疑問を口にする。
「なぁ?トリ頭って免許あるのか?」
「・・・・・・聞きたい?」
「・・・・・・・・・イイデス」
その疑問は、永遠に封印された瞬間だった。
久しぶりにネコお譲さまが『紅蓮』アジトに姿を現わせば、メンバーが熱烈に歓迎した。
ゲームのスタンバイに勤しむ者もあれば、ストレス発散にケンカでもするか、と誘う者もいたり。
彼女のアッシーになり下がって、彼女をアジトに連れてきた彼に、里井くんは飲み物を渡す。
「お疲れさまでした、族長」
「ん。っつーか、すげぇ浮かれようだな、アイツ等」
「やっぱり、お嬢様の影響力ですね〜。一気にアジト内にも明るさが戻りましたよ」
「ったく、しょうがねーヤツ等だな」
そう言う族長の顔こそものすごくうれしそうで。
それを確認してしまった里井くんは思わず漏れそうになった笑みを慌てて引っ込めた。
ネコお嬢さまは、久しぶりのメンバーにあちこちに引っ張りだこにされている。
・・・おそらく、数分もすればこの現状にキレるんじゃないかとは思われるが。
けれど、それよりも里井くんは族長のネコお嬢さまへの待遇に驚いていた。
自分自身でわざわざ着替えて彼女を迎えに行くだけでなく・・・・・・里井くんすら同伴することを拒んだ。
それはつまり、彼の中にある『独占欲』というもので。
あんなに多くのもの諦めて、執着しないでいた彼の中に生まれたもので。
久しぶりに訪れたアジトの中に平和な様子を、里井くんはただ穏やかに見守っていた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
どちらの視点から書こうかなって迷ったりした回でした。
どちら側からでも書けそうだったので。
でも、『紅蓮』メンバーのぐれている様子は族長視点でないと書けないので、このようになりました。
族長と桜桃の携帯電話攻防戦はもっともっと書いていたかったです(笑)
これだけは桜桃サイドからも書きたかったですね(笑)きっと焦ったりしてたんでしょうし(笑)
2011.2.5