「今日はあのドーベルマンいないのか?」

「松田のことか?いや、今日はひとりで来たからいない」

「ひとりで?!車もないのにどうやってここまで来たんだ?!」

「バスを乗り継いで。・・・つっても、間違えたりしてこの近くまで来るのも一苦労したけど」

「ネコお嬢がバスねぇ・・・・・・」

「なんでバスってあんなに路線がいっぱいあるんだ?!わっかりにくいっての」

「んでも、路線がたくさんなきゃバスの意味もないだろ?観念して車使えってことじゃねぇの、オジョーサマ?」

「・・・・・・もう、『お嬢様』をやめることにした」

 

 

 

 

 

 

 

 

18、寝耳に水

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜になっても、そこが無人になることはなかった。

というよりは、深夜こそ彼らの活動時間にもなるのだから、無人になるはずがない。

 

 

加えて彼らを束ねる族長は、ケンカは好きだけどかったるいのは嫌い、な性格なのであまり深夜の徘徊はしない。アジトに待機して、おもしろそうなケンカがあれば、知らせを受けて駆けつけるくらいだ。

ケンカを売って来るような奴らがいれば、徹底的に高価買取。それが今の族長の方針でもあるので、彼らは素直にそれに従っていた。

 

 

 

 

族長はなんだかんだと言っても、やはり強いのだ。

だから、彼らは従う。敬意を持って。

そして、彼らが素直に従う人はもうひとり。

 

 

 

無敵素敵オレ様族長に真っ向からたてつき、極めつけはアッシーにまで使った最強のお嬢様。

族長に向かって「バカ」を始めとする暴言を吐けることが素晴らしい。

加えて、お嬢様のくせに、ケンカが結構強い。

しかも、負けず嫌いときている。

『紅蓮』メンバーも何度が手合わせしたが、油断すると負けてしまうほど強い。

ゲームはめっぽう弱いが。

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼と彼女と彼らの関係だが、それは昼間の関係。

陽が暮れれば、族長専用のアッシーである里井くんが、ネコお嬢のアッシーとなって彼女のお屋敷のような家に送り届ける。

陽が暮れたら、彼らの時間。

そうして深夜遅くまで好き勝手に飲み騒ぎ暴れているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ところがその日、深夜遅くだというのに、例のお嬢様がアジトにやってきたのだ。

しかも結構お怒りモードで。

 

 

 

 

 

さすがにこんな夜遅くに、彼女がひとりでのこのことアジトにやってきたことに、ちょうどアジトの広間でくつろいでいた族長も目を丸くしていた。

「ネコお嬢?どうしたんだ、こんな時間に。オジョーサマが出歩いていい時間じゃないだろ?」

からかい口調でありながらも、なにやら心配した様子の族長。

 

 

 

 

対するネコお嬢様はというと、とんでも発言をしてくださった。

「私、家出してきたから」

「・・・ん?家出?今?」

「そう、今、家出してきたから。だから、私はここで暮らす。あの家には帰らないから」

「えぇぇぇっぇ?!?!」

突然大声で驚きの叫びをあげたのは、『紅蓮』メンバー。あまりの突然なびっくりとんでも発言に、思わず叫んだといった感じだ。

 

 

 

「・・・うるせー・・・・・・」

メンバーの叫びにげんなりと呟く族長。そして、こちらとしてはなぜか意味不明に怒り心頭のネコお嬢様に族長は向き直った。

「ここは別にアンタの隠れ家でもなんでもないんだけど?なんで家出なんて発想に至ったわけ?」

なんだか呆れつつも同情の色もある族長。

彼女は彼女で、まだ怒りが鎮まらない様子で、拳を握りしめている。

 

 

 

 

 

どうやらすぐにはその理由を吐く気にはならないようだと誰もが思ったその時、族長がはぁ〜っと大仰なため息をついて、彼女に問いかけた。

「あ〜・・・あれだよ、今日はあのドーベルマンいないのか?」

「松田のことか?いや、今日はひとりで来たからいない」

「ひとりで?!車もないのにどうやってここまで来たんだ?!」

「バスを乗り継いで。・・・つっても、間違えたりしてこの近くまで来るのも一苦労したけど」

「ネコお嬢がバスねぇ・・・・・・」

「なんでバスってあんなに路線がいっぱいあるんだ?!わっかりにくいっての」

「んでも、路線がたくさんなきゃバスの意味もないだろ?観念して車使えってことじゃねぇの、オジョーサマ?」

「・・・・・・もう、『お嬢様』をやめることにした」

きっぱりと言い切ったネコお嬢さま。

その彼女を見返す彼の瞳が、鋭いものに変わるのを、彼の子分でもあるメンバーたちは察知した。

 

 

 

 

「へぇ?オジョーサマやめるんだ?で?どうやって生きていくつもりなんだよ、世間知らずのオジョーさん?」

「・・・っ!!バカにしてるだろ?!」

「ん〜、してない、とは言えないね〜なぁ〜」

「あんたになんかわからない!!こうやって好き勝手気ままに暮らしてるあんたなんかに、私のような拘束された生活の息苦しさなんか!!」

「おぅともわからねぇさ。他人の考えてることなんかカンペキにわかるヤツなんかいるかよ。逆に言えば、アンタだってオレのことなんかわからねーだろ」

ヒステリックに叫ぶお嬢様を宥めるわけでもなく、族長は平然とした口調で、むしろさらに逆撫でするような発言をする。

 

 

 

 

 

ヒヤヒヤしながら『紅蓮』メンバーは成り行きを見守っていたのだが、意外にもネコお嬢さまはそれ以上逆上することはなかった。

・・・というよりは、我らが族長さまがそれを阻止した。

一本の酒瓶を持ってくることによって。

 

 

 

 

 

「ま、むしゃくしゃしてるなら、まずは酒飲め、飲んでそれからまた考えろ」

「・・・なんだよ、それ。全然何の解決にもなってないじゃんか」

「どうせ今のネコお嬢の状態じゃどのみち解決策なんてないだろ。それともなにか、20歳すぎないとお酒飲めませんなんて言っちゃう感じ?」

「・・・そんな優等生なわけないし」

乱暴に族長の手から酒瓶を奪い、そこらへんにあったグラスに注ぐと、ネコお嬢はぐいっと勢いよく飲みほしてしまう。

なぜか満足そうに族長が見守る中、ネコお嬢の一人酒は杯を重ねていく。

すると、族長がハラハラと見守るメンバーに視線を向けて、にやりと笑った。

「おい、おまえらもネコお嬢に付き合ってやれよ」

「え・・・・・・あ、はい」

族長からの命令とあらば、と始めはオロオロしながらネコお嬢さまと酒を飲み交わしていたが、やがて酒がまわってくると、彼らもノってきた。

そうなると、ヤケ酒のように飲んでいた彼女も、彼らの陽気な飲みっぷりと雰囲気に流され、最後は楽しそうに飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

そうしてしばらくすると、彼女もそしてそれに付き会った彼らの何人かも酔い潰れてしまった。

「お〜い、ネコお嬢?今夜はここでお泊りデスカ〜?」

彼ら以上に酒瓶をからっぽにした族長は、ぐっすりと眠りこけているネコお嬢さまの頬を軽く叩きながらそう尋ねる。

だが、爆睡しているため、何の返事もない。

「・・・ダメだな、こりゃ」

「どうしますか?送りますか?」

このアジトの中で唯一のシラフである里井くんが、心配そうに族長にそう尋ねると、族長は首を捻った。

「どうすっかな〜。とりあえず興奮状態だったから、酒でも与えておけばいいかと思って酔わせたけど」

「・・・・・・むしろ余計事態がややこしくなっただけでは?」

「うるせーな。他に方法があったかよ」

不貞腐れる族長に、里井くんは苦笑しながら首を横に振る。すると突然、彼女の鞄から携帯の呼び出し音が鳴った。

 

 

 

 

 

「ど、どうします、族長?」

「そりゃぁ、出るに決まってるだろ」

「えぇ?!勝手に出ちゃうんですか?!」

「本人寝てるんだし不可抗力」

なんだか状況を楽しんでいるような様子で、慌てる里井くんをよそに、族長は嬉々としてネコお嬢さまの携帯を鞄から取り出して迷いなく通話ボタンを押した。

 

 

「もしも〜し?」

『・・・もしや、そちらはお嬢さまがお世話になっているアジトですか?』

「・・・・・・アンタ、もしかしてドーベル・・・いや、松田サン?」

うっかり『ドーベルマン』と言いそうになって、慌てて訂正しつつ族長は電話相手にそう尋ねてみる。

『はい、松田です。お嬢さまはそちらにいらっしゃるのですね?』

「酔い潰れてるけどな」

『ご無事なら構いません。今からそちらに伺いますね』

「迎えに来るのは構わねぇけど、1コ聞かせてくれねぇ?」

彼女の携帯を片手に、尊大な態度で族長はソファーにどっかりと腰を下ろす。

その足取りも態度も口調も、酔い潰れているネコお嬢さまよりも酒瓶を空けていた人物とは思えない。

 

 

 

 

 

「オジョーサマは、どうやら家出に来たらしいけど、ナニがあったわけ?」

『やはり、そうでしたか・・・・・・。・・・じつは、旦那様が、お嬢さまの縁談のお話をされまして・・・・・・』

「縁談?!オジョーサマってば、ケッコンしちゃうわけ?」

ぽろりと族長がそうこぼすと、それまでおとなしく飲んでいた、まだ酔い潰れず起きていた『紅蓮』メンバーがぎょっとした様子で叫んだ。

 

 

 

「えぇ?!ネコお嬢が結婚?!」

「縁談?!縁談ってどういうことですか、族長?!」

「イヤだよ〜ネコお嬢はもっとおれたちと遊んでくれないと〜」

「うわ〜ん、さみしぃよ〜ネコお嬢〜」

「よし、こうなったら、ネコお嬢の屋敷に襲撃に行こう!!」

「おう、それはいい、そうしよう!!」

 

 

 

「・・・それはやめろ。里井、あのバカども止めとけ」

「・・・はい」

酔い潰れていなくても、酔っ払いは酔っ払い。泣いたり喚いたりしながら、どうやら間違った方向に暴走しつつあるメンバーを諌めつつ、それ以上は面倒なので里井くんに押しつけて、彼は電話の相手との会話を再開する。

 

 

 

 

 

「ま、オジョーサマはお金持ちだし?そういう縁談が勝手にあっても仕方ないな?」

『・・・ですが、お嬢さまにとっては突然の縁談でしたので、気が動転してしまったらしく・・・。加えて、旦那様が、すでに婚約パーティーの日取りまで決めてしまわれていたので・・・・・・』

「で、勝手に怒って家出した、と。それでオジョーサマはやめるとか言い出したんだな」

『お嬢さまがそんなことを?!・・・ですが、本当によかったです』

「は?なにが?」

『あなたがたという居場所が、お嬢さまにあったことが、です』

「・・・・・・あのなぁ・・・・・・」

急に照れくさそうに頬を掻いた族長の仕草に、会話の内容がわからない里井くんは不思議そうに首を傾げながら、酔っ払いメンバーの相手をする。あの族長があんな表情をするなんて珍しい。

 

 

 

 

「で?状況は変わらないのか?何も解決策がねぇと、このオジョーサマはまたここに家出に来るぜ?」

『それは心配ございません。お嬢さまの様子に旦那様も思いなおされて、もう少し縁談は様子を見ることになったようです』

「ふーん。ならいいけど?」

『ありがとうございます』

「別に?勝手に酔わせただけだし」

『いいえ、そうではなく、お嬢さまのそばにいてくださったことにお礼を申し上げているのです』

「・・・・・・それこそ、礼を言われる筋合いなんかねぇよ。あのオジョーサマはオレたちのおもちゃだし。とにかく、迎えにくるならとっとと頼むぜ」

『かしこまりました』

通話の切れた携帯をソファーに放り出して、族長はじっと眠りこけるネコお嬢さまに視線を向ける。

 

 

 

 

「・・・お嬢さまはなぜ家出なんか?」

族長が放り投げた携帯を、彼女の鞄に戻しながら里井くんが尋ねる。もちろん、言いつけどおり暴走しそうだった『紅蓮』メンバーをおとしなしくさせてはある。新たな酒を与えることによって。

「金持ちのしがらみにうんざりしたってとこだろーな」

「なるほど、しがらみに・・・・・・。・・・今のあなたには無縁なことですね?」

「うるせーな、ケンカ売ってるのか?」

くすくす笑いながらそう言ってくる里井くんを族長は睨む。

「ドーベルマンが迎えに来るって言ってたから」

「わかりました。お出迎えの用意をしますね」

「とりあえず、そこらへんに転がってる奴らを叩き起すことからだな」

「・・・そうですね」

あちらこちらで酔い潰れて寝ている『紅蓮』メンバーを見下ろしながら族長がそう言えば、里井くんも素直に頷く。

もう少し寝るにしても固まって寝てもらわないと、お客様も迎えられない。

 

 

 

 

「お迎えが来る前になんとかしましょう」

「おー、ガンバレ〜」

「え、族長は手伝ってくださらないんですか?!」

「オレは、まだ飲み足りないから」

「・・・そうですか・・・」

自由気ままオレ様な意見を平然と言ってのけた族長に、里井くんももはや返す言葉もない。

それ以上の問答も諦め、里井くんは松田を出迎えるために、『紅蓮』メンバーをひとりひとり起こすことから始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どんなにシリアスシーンがあったとしても、シリアスが長続きしない、このシリーズ(笑)

 

「家出をする」=「アジトに行く」という図式がしっかりとネコお嬢さまのなかにできあがっていることに、じつは族長はひそかに満足していたりするのですが(笑)

でも意地っ張りなのでそんなこと見せたりもしませんけどね〜(笑)

 

さて、いよいよ最終話が近づいてきました。

とはいえ、本編が終わっても、ゆる〜いペースで番外編も書くつもりではいるので、あまり終わるんだって感じがしませんが(笑)

 

 2011.2.24

 

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