「初めまして」
「・・・・・・」
「おや?いかがされましたか?」
「・・・・・・・・・」
「ご気分でも優れませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・えぇ・・・・・・」
19、世間は張りもの
先日の家出騒動から一転。
桜桃の父は、彼女の婚約パーティーを諦め、せめて社交を広げるだけでも、という名目だけでのパーティーを開くこととなった。
もともと娘には激甘の父である。桜桃が嫌だと言い張るものを強行することはできないのであった。
彼女もそれをわかっているから、家出という大胆な抵抗に出てみたのだが、果たして父は、娘のことをどこまでわかっているのやら。
ネコ被りなことは薄々感づいているかもしれないが、まさか、愛娘が暴走族と関わりをもち、あまつさえそのアジトに家出をしたとは思うまい。
「・・・なに不気味に笑ってるんだよ、ネコお嬢」
そのアジトでくつろいでいると、見知った声にそう言われる。顔を上げれば、先ほどまで自室にこもっていたはずのこのアジトの主、暴走族『紅蓮』の族長の姿があった。
「コイツらのゲーム対戦見てて、そんなにおもしろいか?」
「まさか。ヒトの対戦なんか見ててもおもしろくなんかない」
あっさりばっさりと自分勝手な言い分を吐き捨てて、首を横に振る桜桃。その隣に座りながら、族長が首を傾げる。
「じゃぁ、なにがそんなにご機嫌なんだ?この前は家出するだのとお怒りモードだったくせに、忙しいオジョーサマだな」
「ふっふっふ。その家出をしたおかげで、勝手に決められていた婚約はなくなったんだよ」
「ほぉ、破談か」
「・・・いや、保留らしいけど」
「それって解決したことになるのか?」
「とりあえず、今のところは逃げ切れればいいかなって感じ」
「ふ〜ん、そんなもんかねぇ」
それ以上ご機嫌な桜桃に水を差すことは避けることにしたか、族長はあっさりと引いて話題を終わらせた。
その口元に不気味な笑みを浮かべて。
婚約発表パーティーではなく、ただのパーティーへとなり下がったその当日。
すっかり「お嬢さま」の格好でネコもしっかりと被って、桜桃は優雅に愛想よく社交パーティーに参加していた。
とはいえ、内心ではすでにこの場に辟易はしている。
集まるのは金持ちばかり。
ゆえに、いかに自分の家柄が素晴らしいかを示すために、あらゆる自慢話を提供しあうのだ。
使えそうなものは使い、利用できるものは利用する。
社交の場というよりもビジネスの場でもあり、女性陣にとっては、見栄を競い合うように張る勝負どころでもある。
そんなうんざりするような会場の中で、さらにうんざりするような人物に、桜桃は声をかけられた。
「こんばんは、一ノ宮さん」
「・・・これは大河内さん、こんばんは」
一瞬反応が遅れながらも、桜桃はにこやかに返事を返す。
反応が遅れたのは、明子の仰々しいほどの服装に驚いたのと、いい加減この相手に嫌気がさしてきたためである。
けれど、明子はそんな桜桃の心情など塵ほど気にするつもりもないのか、あの嫌味なくらいイライラする笑顔で彼女に話しかけてくる。
「風の噂では、今夜のパーティーは一ノ宮さんの婚約パーティーだと伺っていましたけれど、どうやら違ったようですわね?」
「えぇ、そうですわね。噂はあてにならないものだと思われませんか、大河内さん?」
「そうでしょうか。わたくしは、人の噂もまた、興味深いものだと常々思っておりますの。・・・そう、たとえば、一ノ宮さんがどこかの殿方とご深意でいらっしゃる・・とか」
「・・・それはただの噂でしかないと以前申し上げたかと思いますが?」
若干ネコがずり落ちて、ついつい棘のある言い方で桜桃は明子に告げるが、当の明子はどこ吹く風。
「そうですわね、うかがいましたわ。ですが、こうして婚約も保留とされるご理由もまた、その噂が関係があるのではないかと勘ぐってしまいたくなりますのよ」
ほほほほ、と空々しく笑う明子の脳天をかち割ってやりたくなる衝動を堪えて、桜桃はネコを無理やり増量して笑った。
「噂は噂ですわ、大河内さん。今回のこととは、まったく関係がございませんわ」
事実、『紅蓮』族長と関わりがあることと、今回の婚約を保留にしたことは、まったく関係がない。
ないが、明子は当然とばかりに桜桃の婚約が「保留」となったことを知っていた。それはカマをかけたわけではなく、ちゃんとした情報源からの情報なのだろう。
この世界は、そういう情報や噂はうんざりするくらい早くまわっていくものだから。
澄まして桜桃がそう答えたところで、明子は全然納得していない様子で、じぃっと見つめてくる。
いい加減彼女から解放されたいと切実に願うのだが、明子は桜桃がどこに移動しようともノコノコと後ろにくっついてくるのだ。うざいを通り越して怒鳴りつけたくなってくる。
・・・が、そこは分厚いネコたちが、かろうじてそれを抑えてくれている。
おそらく、脱いでいいと言われれば、瞬時に脱ぎ捨てることができるほど臨戦態勢にはなっているが。
ニヤニヤ笑いの明子お嬢さまは、ふと思い出したかのようにわざとらしく話しかけてきた。
「そういえば一ノ宮さん、あなたが保留された婚約者がどのような方かご存知で保留にされたのですか?」
「・・・いいえ?」
というか、なぜあんたが知っているんだ。
という言葉はなんとか飲みこみつつ、桜桃は首を横に振る。すると、得意気に明子は桜桃が聞いてもいないのにわざわざ余計な情報を与えてくれた。
「あら、てっきりご存知でいらしたから、今回の婚約は迷われていたのだと思っていましたわ」
「・・・それはどういう意味でしょうか?」
「一ノ宮さんの婚約者とされていた方は、あの星崎家のご子息さまでいらっしゃるのですよ」
「星崎家の・・・・・・」
ざまぁみろ、と言わんばかりの明子の態度に辟易しつつ、それを微塵も表に出さずに桜桃はあえて彼女に素直に疑問を口にした。
「・・・それで、その星崎家のご子息ですとなにか不都合なのでしょうか・・・?」
「・・・え?」
予想外、とはまさにこのことなのだろう。
明子は桜桃の反応が予想外だったらしく、かつて見たことないほど驚いた表情で桜桃を凝視してきた。
桜桃は桜桃で、明子がそこまで驚くとは思ってもみなかったので、その反応が予想外で驚いてしまう。
「・・・大河内さん?」
「本当にご存知ありませんの?!星崎家のご子息のお話は、わたくしたちの間でも専らの噂の的ですのよ?」
「・・・その噂のご子息との婚約をわたくしがするかもしれないことになり、みなさんがわたくしの今回の婚約のお話をご存知なのですね」
ぐったりうんざりといった様子で呟く桜桃。
結局楽しい噂話のネタにするために、暇な彼女たちは情報を収集したというわけだ。
・・・まったくもって御苦労さまなことである。
「・・・それで、星崎家のご子息とはどういった方なのですか?」
一応、まだ婚約も保留という形なので、桜桃は情報収集も兼ねて明子にそう尋ねてみた。すると、息を吹き返したかのように、明子が嬉々としてそれを教えてくれた。
「星崎家の跡取り息子だというのに、彼はずいぶんと自由奔放な性格の方のようですわ。ご両親も大変手を焼いていらっしゃるとか。妹さんはよく社交場でもお見かけするのですけれど、ご子息のお姿を拝見したことは誰もございませんもの。ずいぶんと謎に包まれた方ではいらっしゃるようですわ」
謎に包まれているというよりは、勘当寸前のバカ息子だろう。
そんな奴でも桜桃の婚約者としようとしたということは、星崎家そのものは利用価値があると言うことなのだろう。
それでも桜桃が嫌だといえばあっさりと婚約を保留にしたあたりでは、父親もこの婚約話には複雑な心境なのだろう。
自分が当事者であるにも関わらず、桜桃はまるで他人事のようにそう分析していた。その間、明子の星崎家情報はまだ続いていたりする。
「そういえば、おもしろいお話を聞いたことがありますわ」
話の合間に、ふと明子は例の性格の悪い笑みを浮かべて桜桃にそう話しを振った。
「星崎家のご子息、どうやら街中の荒くれ者たちと関わりと持っているとか・・・」
「・・・それは世も末ですわね・・・」
「そうでしょう?恐ろしいお話ですわよねぇ」
桜桃が、自分のしていることを棚上げして同意を示せば、明子が暗に桜桃もそうであろうと言いたそうに頷いてくる。
・・・うざい。
もう、いい加減、うざい。
そろそろこの話にも飽きてきたし、パーティーからフけてもいいだろうか・・・。
悶々と桜桃がそう思い始めたそのときだった。
「これはこれは、お嬢さん方がおふたり、楽しそうにお話をされていらっしゃいますね。どんなお話をされているのですか?」
唐突に桜桃と明子に割って入ってきた者がいた。別に、それはたいした問題ではない。そんな口上文句で話しかけてくる金持ちはたくさんいる。
そうして社交を広げていくのだから。
だから桜桃も明子も何の気もなしにその人物に目をやって・・・・・・固まった。
桜桃も、明子も。
それは、洒落たスーツを嫌味なく着こなした、桜桃たちより少し年上であろう青年。
後ろには付き人であろう人物も控えている。
一見すれば何の変哲もない、ただのお金持ちの御曹司とその付き人の構図。
けれど、明子は目をしぱしぱと瞬かせ、桜桃に至っては自分の目を疑いたくなるほど凝視していた。
そんなふたりの反応を楽しそうに眺めながら、青年は桜桃に話しかけた。
ふわり、と紳士的な柔らかな笑みで。
「初めまして」
「・・・・・・」
「おや?いかがされましたか?」
「・・・・・・・・・」
「ご気分でも優れませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・えぇ・・・・・・」
驚きのあまり黙り込んでた桜桃はやっとそれだけ答える。すると、先に我に返った明子が、青年に詰め寄った。
「失礼ですが、あなた、先日大通りで一ノ宮さんとお会いしていませんでしたか?」
ずばり、と明子は青年にそう尋ねる。
「あなた、暴走族の方と何かご関係がございませんか?」
何の前触れもなく、いきなり核心めいた質問を明子は彼に投下する。この潔さというか、大胆さというか、無神経さは明子でなければできないだろう。
問われた青年は、くすりと笑って答えた。
「どうやらどなたかとお間違えのようですね。わたしの名は、星崎 龍一と申しますが・・・」
「え、星崎・・・家の方・・・」
青年の言葉に、今度は別の驚きで明子が固まる。そして、ギギギギ、と壊れたブリキの人形のように首をまわして桜桃を見ると、嘘っぽい笑みをこちらに向けてきた。
「え、えっと、わたくし、他にもご挨拶しなければならない方たちがいらっしゃるのを思い出したので・・・一ノ宮さん、星崎さま、わたくしはこれで失礼いたしますわ」
わたわたと焦りながら一方的にまくしたて、嵐のように明子はその場を離れていった。
やっとうざったい存在に解放されたことに喜ぶ暇は、今の桜桃にはない。
ただただ、真っ白な頭で、目の前でにこりと笑う青年の顔を凝視するしかない。
目の前に立つ、金持ちの御曹司である青年。
その付き人。
そのふたりが、桜桃のよく知る人物・・・・・・・・・暴走族『紅蓮』の族長と、その付き人である里井くんに、驚くほどそっくりだったのだ。
事態が飲み込めぬまま、桜桃はその場で言葉もなく立ち尽くすしかなかった。
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いつもは話の締めは里井くんなのですが、19,20話はいつもと違います。
ひとつ、補足だけ。
明子お嬢様が、突然現れた男の正体が星崎家の息子だと知ったとたん、脱兎のごとく逃げたのは、直前まで彼の悪口を言っていたからと、やっぱり、「財界の異端児」扱いだった彼とあまりかかわりたくなかったからなんです(笑)
彼女はまさに生粋のお嬢様、なので。
あ、もちろん、桜桃もお嬢様なんですけどね(笑)彼女は怖いもの見たさというか、怖いもの知らずなところがあるので(笑)
そんなこんなで、いよいよ、次回は本編最終話です!!
2011.3.4