「それで?なんであんたがここにいるんだよ?」
「おいおい、さっきと口調が違うだろ、オジョーサマ」
「いいんだよ、あれは学校用の猫なんだから」
「堂々とネコ被ってること認めたな・・・・・・」
「うるせー。それより、答えろよ、なんであそこにいたのか」
「あぁ、それは簡単。オレ様の名を騙ろうとするバカどもの駆除だよ」
2、鵜の真似をする烏
都内でも随一と言われるお嬢様学校、SG女学院のお嬢様、一ノ宮 桜桃は、本日も恙無く授業を終え、帰宅への道を辿ろうとしていた。
「ごきげんよう、一ノ宮さん」
ふと、桜桃の背に声がかかる。彼女は振り向き、お嬢様らしい上品な笑顔を友人に向けた。
「ごきげんよう、また明日」
「あら、今日はお迎えのお車がありませんの?」
「今日は歩いて帰りたい気分でしたので、迎えは呼んでおりませんの」
お嬢様学校では、当然送り迎えもそれぞれの家から車が出てくる。
桜桃が歩いて帰ろうとしているのを不審に感じた友人がそう尋ねてくるのも、何の不思議もない。
柔らかく微笑み、小鳥が囀るような愛らしい声でそう返事をすれば、友人は納得顔で頷き、そして、彼女が望まぬ展開まで提供してくれた。
「それでしたら、わたくしもご一緒させてくださいませ」
「・・・・・・・・・えぇ、ぜひ」
返事をするまでにだいぶ間があったことに、この友人は気付かなかったらしい。
ひとりきりになりたくて、歩いて帰ろうと思ったのに。
よりにもよって、お嬢様の友人と一緒に帰宅、となれば、『お嬢様』の仮面を取るわけにはいかない。
・・・仮面というよりは、桜桃の場合は、上質な巨大猫を何匹も被っているような状態だが。
思わず漏れそうになるため息を呑みこんで、楽しそうに話題をふってくる友人に、究極の愛想笑いを返す。
この状況すら彼女にとって最悪な状況だというのに、不運は続くもので、なぜか、余計に面倒くさい展開になった。
「おやおや〜?SG女学院の制服のお嬢様がこんなところを歩いていていいのかな〜?」
馬鹿そうな声。馬鹿そうな笑いが複数。
振り返るのも面倒だったが、仕方ないので彼女はその声がした方向に顔を向けてみた。見れば、予想通り、馬鹿そうな連中がニヤニヤ笑いながらこちらに向かってくる。
・・・出た。害虫以下の迷惑でうざいだけの有害生物が。
「い、一ノ宮さん、どうしましょう・・・・・・」
小さく震えながら、桜桃の袖をつかむ友人。
「・・・・・・どうしましょうねぇ・・・」
それに答える彼女の声は落ち着いたもの。というよりは、「面倒くさい」という感情が隠されることなく滲んでいるもの。
だが、馬鹿面といえど、お嬢様にとっては強面に見えるのであろう野蛮な男たちの登場に混乱しているらしく、桜桃のそんな態度には気付かない。
この辺りは金持ちが多く住んでいる割に治安はあまりよくない。
いや、むしろ金持ちが住んでいるからこそ、治安がよくないのかもしれない。
彼らの金を目当てに悪さを企む奴らがうようよハイエナのようにタカってきているのだから。
だから、普段はこの辺りの学校に通うお坊ちゃんお譲様は、ボディガードと共に歩くか、送迎の車で通学をする。
こんな風に、お嬢様ふたりだけで無防備に歩いて帰る、などない。
ありえない。
がたがたと恐怖に震える『生粋のお嬢様』である友人を横眼で見ながら、彼女はこの展開をどうしようかと考え始めていた。
こんな馬鹿そうな連中を相手に喧嘩するのはたやすい。
が、それをこの友人の前で見せるわけにはいかない。
なぜなら、あの学校では彼女は数え切れないほどの上質な猫を被っているのだから。
さて、どうしたものかと悩み困り果てていると、お嬢様ふたりが恐怖のあまりに声も出ないとめでたく勘違いした馬鹿共が、耳触りに喋り続けてくる。
「あ、俺たちが怖いって?そりゃ〜そうだろうねぇ〜なんたって、俺たちここらへんを締める暴走族『紅蓮』の幹部だし?この人が族長だったりするんだよね〜」
と、馬鹿のひとりが指さした人物を見てみれば、またまたいかにも馬鹿そうな面をした男。ニヤニヤ笑いながら桜桃たちを眺め見てる。
コレが、このあたりを締める族の族長?
だとしたら、ずいぶんと堕ちたものだ。
「さて、俺たちとイイことでもしましょ〜か?」
「い、一ノ宮さん・・・・・・!!」
「ちょ・・・・・・」
男のひとりが桜桃の腕を強く引っ張ったことにより、彼女が彼らに引き寄せられてしまう。振り払うのは簡単でも、状況的によろしくない。が、こんな奴らに触られたくもない。
究極のジレンマに差し掛かった彼女を救ったのは、まったく別の人物の声だった。
「・・・おい、てめぇら、ナニしてんだ?」
「あぁ?!」
「ナニしてんだって聞いてんだよ」
どこから現れたのか、いきなり登場したその男は、桜桃の腕をつかんでいた馬鹿男の手を捻りあげてしまう。
苦痛に顔を歪めて腕を引っ込めたその男の鳩尾に綺麗に拳を叩きつければ、ひとりめがあっという間にノックアウトした。
実に鮮やかに桜桃の窮地を救ったその人物に、彼女は見覚えがあった。
・・・しかし、それを口には出せない。なぜなら、まだ、傍にお嬢様の友人がいたから。
「な、なんだてめぇは!!俺たちが何者かわかってやってるのか?!」
「はぁ?何者か、教えてもらいたいもんだな」
「聞いて驚くな?!俺たちはこの辺りを締める暴走族『紅蓮』の幹部なんだ!!」
先ほどと同じ台詞を叫ぶ男に、突然現れた新参者は冷ややかな視線を彼らに送る。
「へぇ〜『紅蓮』の幹部?だったら、族長の顔くらい、知ってるよな?」
「も、もちろんだ、ここにいるこいつがその・・・・・・」
「馬鹿も休み休み言えよ、タコ共」
ドスの聞いた低い声が聞こえたかと思った刹那、次の瞬間にはその男は地面に這いつくばっていた。
まさに目にも止まらぬ速さで次々と仲間が倒されていくのを見た残りの連中は、少し青ざめた様子で後退していく。特にそれを追いかける素振りもなく、新参者は声を落として言った。
「『紅蓮』を名乗るんだったら、もっとよく調べて名乗るんだな、ニセ者どもめ」
その言葉を聞くと、彼らはたちまち顔色を変えて立ち去ってしまう。
新参者の男は、残された桜桃を見て、あ、と表情を一変させた。
「あ・・・・・・アンタ・・・・・・」
「お助けいただき、ありがとうございました」
彼が余計なことを言う前に、桜桃は上質な猫を抱え持った状態で深々と頭を下げた。
「へ・・・・・・あぁ、いや・・・・・・」
「それでは、わたくしたちはこれで失礼いたします。行きましょう」
未だ放心状態の友人を強引に引きずって、桜桃は男を残してその場を去った。人通りの多い大通りまで行くと、桜桃は友人にそっと話しかけた。
「大丈夫ですの?今日はもう、迎えを呼んだ方がよろしいのではなくて?」
「・・・・・・え、えぇ、そうしようと思いますわ・・・・・・。一ノ宮さんはどうされますの?」
「わたくしは、あの角の向こうで松田が待機しておりますので、これで失礼いたしますわ」
「そうでしたの・・・・・・。では・・・わたくしはここで、迎えを呼んで待とうかと思いますわ」
「そうですわね、それがよろしいですわ。あんな恐ろしいこと、もう体験したくありませんものね?」
「・・・えぇ、本当に恐ろしかったですわ・・・・・・。一体どうなることかと・・・・・・」
「どうか、あまりお気を落とさずに。今夜はお早くお休みくださいな」
「えぇ、そういたしますわ。一ノ宮さんもお気をつけて」
「ありがとうございます。それでは、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
一通りお嬢様な会話を済ませると、桜桃は角を曲がって元来た道を戻る。
あの友人なら、あの大通りに残しておけば、そう待たずして迎えはやってくるだろう。心配はない。
「松田が待っている」と言ったのも嘘だ。まぁ、それも問題はないだろう。
問題は、あの男の方だ。
先ほど馬鹿連中に絡まれた現場まで戻れば、律義にそいつはニヤニヤ笑いながら彼女を待っていた。
「なんだよ、まだ去ってなかったのかよ?」
「それがピンチを救ってやった恩人への態度かねぇ〜?」
「んなこと頼んでないだろ?」
「そりゃまぁ、そうだけど」
「それで?なんであんたがここにいるんだよ?」
「おいおい、さっきと口調が違うだろ、オジョーサマ」
「いいんだよ、あれは学校用の猫なんだから」
「堂々とネコ被ってること認めたな・・・・・・」
「うるせー。それより、答えろよ、なんであそこにいたのか」
「あぁ、それは簡単。オレ様の名を騙ろうとするバカどもの駆除だよ」
あっさりと答えた男の言葉に、桜桃は首を傾げる。
「あんたの名を騙る?なんだ、それ?」
「あいつら、言ってたろ?『紅蓮』の幹部だとかなんとか」
「あぁ〜・・・・・・そんなこと言ってたな」
「その『紅蓮』の族長って、オレだからな〜。勝手なことされると、やっぱムカツクわけ」
「・・・・・・は?」
「んだから、ここら一帯を締めてる族って『紅蓮』って言うんだよ。知らねぇ?」
「・・・・・・まぁ、それくらいは知ってるけど」
「フツー、お嬢サマは知らないと思うぜ?」
「うるせーよ。それで、マジであんたが族長なわけ?」
「そ。マジで俺がここら一帯で一番エライってわけ」
「・・・・・・世も末だな」
「随分な言い様だな」
かかかか、と軽快に笑う男の様子に嘘はなさそうだ。
ほんのわずかとはいえ、この男の強さも桜桃は垣間見てる。だから、本当はこの辺り一帯を締めている最強の暴走族『紅蓮』の族長だと言われても、なんとなく納得はしていた。
だが、どうにも認めたくもない思いもあったりする。
なぜだかよくわからないが。
「でさ、オレ、あんたにこの前会ったよな?」
「・・・・・・さてね」
「いや、会ったな。お嬢サマのくせに、大立ち回りしてたよな?」
「・・・・・・大立ち回りって・・・・・・・・・」
「名前、なんつったっけ?」
「名乗っただろうが」
「忘れたんだよ」
あの時、突然名前を尋ねてきたくせに、この男はあっさりと忘れたとかぬかしやがる。
さすがにイラっときた桜桃は、思わず言い返してしまう。
「そんなトリ頭に教える必要ねぇだろ」
「ふ〜ん、だったらネコお嬢サマでいいか。今度から町中で見かけてもそう叫んでやるかな」
ニヤニヤ笑うトリ頭の男を睨みつけ、桜桃は想像してみる。
そんな確率絶対絶対低い気がするが、万一、何千万一にひとつ、コイツと町中でばったり遭遇して「ネコお嬢様」なんて呼ばれでもしたら、それでもってお嬢様友人に猫被っていることがバレてしまったら・・・・・・今までの努力がすべて水の泡だ。
「・・・・・・一ノ宮 桜桃だよ。覚えとけ、トリ頭」
「あ〜そうそう、ゆすら、とか変な名前だったな」
「余計なお世話だ」
「ゆすらな〜ゆすら。・・・・・・こりゃまた忘れるな」
「・・・・・・だったらあんたの名前はなんて言うんだよ」
「オレ?ま、名前なんて何でもいいけど?オレ、『族長』としか呼ばれないから」
「・・・・・・あっそ」
コイツは人に名前を聞いておいて、名乗るつもりはないらしい。
もしかしたら、トリ頭過ぎて、自分の名前を忘れてるんじゃないかとすら桜桃は考えてしまう。
「あ、なんか失礼なこと考えてるだろ?」
「別に。もうあんたに用もないから私は帰る。もう二度と会うこともないだろうな、じゃぁな」
「そうかね〜?オレはあんたが大立ち回りしてるとこをまた見てみたいもんだけどね」
「見せモンじゃねぇって言ったろうが」
「ん、聞いたかもな」
この男と話しているとどうも堂々巡りな気がする。
頭痛を覚え始めた桜桃は、そのままもう何も言わずにその場を離れた。
特に男はそれを引きとめるようなこともなく、彼女はそのまま帰路についた。
どうやら今日は最悪な一日だったらしい。
桜桃はそう思うことにして、今日起きた出来事は綺麗さっぱり忘れることにした。
そして、一緒にいたお嬢様な友人もまた、綺麗さっぱり忘れてくれることを祈って。
金持ちが密集しているこの地域は、同時に暴走族も密集している治安の悪い町だったりする。それはコインの表裏のように切り離すことのできない、当然の因果。
金があるところに、悪い連中は群がるのだから。
それでもそれほど治安が乱れ過ぎていないのは、この辺りの総締めである族、『紅蓮』の管理能力が強いとは言われている。そして、その頂点に立っている人物の影響が強い、と。
それが、あんなトリ頭なのだから、情報は間違えている。
桜桃は改めてそう認識した。
その『紅蓮』の族長の専門付き人である里井くんはその頃、アジトに帰ってきた族長の機嫌に戸惑っていた。
「・・・族長?なにかイイことでもあったんですか?」
「あぁ?てめぇに教えるかよ、里井」
「そ、そうですか・・・・・・」
「そういえば、オレ様の名前を騙ってた連中、今日見かけたから、詳しく調べて『制裁』しとけよ?」
「あ、はい、わかりました」
賢い里井くんは、族長の言葉にただただ、素直に頷くだけだった。
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2話は「彼女」視点から。
といっても、なんにもまったくもってないんですけど(笑)
その割には無駄に長いですね?
冒頭は常に本文中の会話文の抜粋で。
締めくくりは常に里井くん絡みで。
ところが、「里井くんってダレ?」って感じですね、今はまだ(笑)
いいんです、スルーしてください、今はまだ(笑)
2010.6.20