「・・・どういうことか、説明してもらおうか」
「は?ナニが?」
「昨日のアレだよ!!」
「あぁ、アレね。見たまんまだけど?」
「意味分かんないし。見たまんまって・・・・・・私をおちょくってたわけ?!」
「な〜んで、見たまんまって答えてそういう考えに行きつくかな。ネコお嬢、被害妄想ひどくねぇ?!」
20、猫を被る
わけがわからない。
意味がわからない。
ここは金持ちばかりが集まるパーティー会場のはず。
荒くれ者たちが集まるような場所でもないし、これでもかというほどの煌びやかな服装をした者たちが集まる場所のはず。
それなのに、どうしてコイツが目の前にいるのだろう。
わけがわからない。
それとも、これが世に言う、「他人の空似」なのだろうか。
今、桜桃の目の前にいる青年は、桜桃がネコを脱ぎ捨てて会っている数少ない目撃者、暴走族『紅蓮』の族長にそっくりであったのだ。
「ご気分はいかがですか?」
紳士的な笑みを浮かべて、目の前の男はそう尋ねてくる。
今、桜桃とその青年は、パーティー会場からすこしはずれたバルコニーで夜風にあたって涼んでいる。「気分が優れない」と言った桜桃に配慮して、彼がここまで連れてきたのだ。
だが一方で、もしかしたらふたりきりで話をしたいから、こんな静かなところまで連れてきたのではないかと勘ぐってしまう。
それは甘い意味合いを持つものではなく、むしろ互いの腹を探り合うためというとんでもない理由からだが。
いったいどんな冗談で、暴走族の族長である彼がこんなところにいるのか。
というかむしろ、この厳重な会場の中に、どうやって入ったというのか。
それとも、本当にただの他人の空似なのだろうか。
桜桃の知るトリ馬鹿頭の族長は、こんな紳士的に笑ったりしないし、想像もできない。
物腰だってこんなに柔らかいものではなく、粗雑なものだ。
そういえば、先程彼は名乗っていた。
たしか、星崎 龍一、と。
「・・・あれ・・・?」
「どうかされましたか?」
「・・・あの、失礼なことをうかがいますが、もしかしてあなたは星崎家のご子息さまでいらっしゃいますか?」
「えぇ、そうですよ」
にっこりと輝かしいほどの素敵な笑顔で相手は頷いてくる。
その笑顔も、あの邪悪な笑みばかりを浮かべる族長とは似ても似つかぬもので・・・・・・。
だけど、こんなことがあるのだろうか。
星崎家の跡取りだという青年のうしろに控えている付き人もまた、族長の付き人の里井くんそっくりなんて、そんな偶然・・・・・・あってたまるだろうか。
いや、他人でないとすれば本人と言うことになり、そうすると、このいかにも好青年なお坊ちゃまな星崎家の跡取りが、あの『紅蓮』の族長であり、しかも、桜桃の婚約者ということになってしまう。
その変貌ぶりはないだろ、という思いもある。
だが、族長のそっくりさんだけでなく、里井くんのそっくりさんまで出現するなんて・・・・・・それもまた、ミラクルな話だ。
「・・・でも、他人説の方が、精神的に助かるけど・・・・・・」
「なにかおっしゃいましたか?」
「え、あ、い、いいえ」
思わず口に出して呟いてしまったらしい。
相変わらず得体の知れない笑顔を張り付けたまま、星崎 龍一は桜桃の様子を窺うように尋ねてきたが、彼女は慌てて首を横に振った。
いけない、いけない。
あまりの衝撃の連続に、ネコがいつの間にか振り落とされていたようだ。
「どうやら桜桃お嬢さまは少々お疲れのようですね」
そう言いながら、彼は桜桃の右手をそっと持ちあげ、軽く口づけた。
「・・・・・・っ!!」
そんな行為に慣れていないわけではない。
こういう社交の場では、挨拶代わりにそういうことをしてくる男も多いのだから。
だが、如何せん相手が悪い。
黙っていれば、やはりちょっと気取った服を着た、あのトリ馬鹿頭の族長そのものなのだから。
・・・そういえば、なぜ、彼は桜桃の名前を知っているのだろうか・・・・・・。
ふと、龍一は顔を上げて、まっすぐに桜桃の瞳を捕えて言った。
「お疲れのあまり、どうぞお被りのネコが剥がれぬよう、お気をつけください」
「・・・なっ・・・・・・!!」
見上げる龍一の表情が、にたりとした笑みに変わる。
そう、桜桃が知っている、『紅蓮』族長のあの意地の悪い笑みに。
すると、後ろでくすりと笑い声が聞こえた。見れば、龍一の付き人の男、里井くんのそっくりさんが堪え切れずといった様子で、くすくすと笑いをもらしている。
「・・・里井、失礼ですよ」
「申し訳ありません、龍一様」
注意されると、すぐさま笑みを引っ込めて従順な付き人の顔になり、丁寧に腰を折ってみせる。
それは一朝一夕で身に付けたようなものではない、自然な動き。
呼ばれた男の名前と仕草に茫然としている彼女に、龍一は再びあの紳士的な笑みを浮かべた。
「それでは、今夜はこれで失礼いたします。またお会いしましょう・・・・・・いつもの『あの場所』で」
ふっと小さく笑ってから、彼はすぐに背中を向けて立ち去ってしまう。
残された桜桃は、なにがなんだかわからないまま、その場に取り残されてしまったのだった。
もちろん、なにがなんだかわからないままにしておくなんてことはできなくて。
こうなれば文句のひとつでも言いたいのは当たり前の感情なわけで。
次の日、桜桃はもちろん、当然に、『紅蓮』のアジトに足を運んだ。
優等生なお嬢さまであるにも関わらず、学校をさぼってまで朝一番で。
「ネコお嬢?!ガッコーどうしたんだよ?!」
「めずらし〜、ネコお嬢がサボるなんて!!そんなにおれたちと遊びたかった?!」
わいわいといつも通り学校をサボっている『紅蓮』メンバーにあれやこれやと話しかけられても、桜桃はどれにも答えなかった。ただ視線を彷徨わせて、目的の人物を探す。
「ネコお嬢?族長でも探してるのか?族長なら部屋にいると思うけど?」
「・・・里井もか?」
「里井?あいつは今、買い出し中だけど・・・・・・」
何の気なしに首を傾げる『紅蓮』メンバーを一瞥してから、桜桃はそのまま黙って族長の自室へと足を運ぶ。
メンバーはそれを見届けながら、それもまたいつものことなので特に気にせずにそれぞれ先程までしていたことに戻った。
そうして、族長室に足を踏み入れ、目的の人物がソファーに横たわりながらピコピコとゲームをしている様子を桜桃は黙って見下ろした。
「おやぁ、ネコお嬢じゃねぇか。サボるなんて優等生のオジョーサマらしからぬ行為だな」
ふとゲームから視線を上げて桜桃を確認すると、トリ馬鹿頭の族長はケラケラと笑った。
いつものように。
それは、昨夜のあの紳士的な御曹司とは似ても似つかぬ表情と態度で。
「・・・学校どころじゃないから、サボった」
「へぇ?そりゃ大変ダナ」
「・・・・・・誰のせいだと思ってる?」
「さぁ?ダレのせいでしょーね?」
クスクス笑いながら、相変わらずゲームを続ける族長。それに対する桜桃は、少しイライラしつつ、彼に問いかけた。
「・・・どういうことか、説明してもらおうか」
「は?ナニが?」
「昨日のアレだよ!!」
「あぁ、アレね。見たまんまだけど?」
「意味分かんないし。見たまんまって・・・・・・私をおちょくってたわけ?!」
「な〜んで、見たまんまって答えてそういう考えに行きつくかな。ネコお嬢、被害妄想ひどくねぇ?!」
「そうじゃなきゃ、あんたがあそこにいた意味がわからないし」
「そ〜だな〜・・・」
ごろん、と彼はソファーの上で器用に寝がえりを打って、まっすぐに桜桃を見つめてきた。
「ま、ネコお嬢をからかいに行ったってのもあるな」
「・・・やっぱり・・・っ!!それにしても、星崎の名を騙るなんて、失礼にも程があるだろ?!どこで知ったんだか・・・」
「あ?ナニ言ってんだよ?別に騙ってなんかいないぜ?」
「・・・え?だって今、からかったって・・・・・・」
「おぅとも。オレ様が星崎家のお坊ちゃんだってことを黙ってたのは、ネコお嬢をからかってたから。んで、昨日素知らぬふりして初対面したのも同じ理由な」
「・・・・・・ま、まさか、ほんとに・・・・・・ほんとに、星崎家の御曹司・・・?!」
「ヤダね〜その言い方」
驚愕のあまり声を震わせて問う桜桃に対する彼は、舌を出して心底嫌そうにそう答える。
「オレはあの家が嫌いで出たんだよ。んで、ブラブラしてたらいつのまにかケンカばっかする日々になって、気付いたらここの族長になってたってわけ。で、せっかく宿も確保できたし、帰る理由もないからここにいるの。おわかり?」
「・・・・・・・・・里井が見張り役か?」
「そんなとこだな」
「じゃぁ、なんで昨日はいたんだよ?あんな・・・・・・あんな格好と、態度で・・・・・・」
「だから言ったろ?ネコお嬢の驚く顔を拝みに行ったんだよ」
「はぁ?!」
「ま、そろそろオレ様の素性もバラしてやってもいいかな、と思ってな。遅かれ早かれ気づかれるなら、自分からバラすほうが楽しめるだろ?」
「・・・・・・それで、お坊ちゃんのフリしてよそよそしく登場したわけか・・・・・・」
「お陰で、オヤジは久しぶりにオレが社交場に現れたもんだから小躍りして大喜び。これには大迷惑だったな」
ぐったりとソファーに身体を沈めながら彼はそう言う。けれど、こうしてまたここに戻ってこれているのだから、拘束されているわけではないのだろう。
いや、それよりも、今の問題はそんなことじゃない。
ぶっちゃけ、桜桃にとってこの男の事情などどうでもいい。
「・・・結局、アンタって何者なわけ?」
「何者だっていーじゃん。オレはオレだし。ここにいるオレ様は、『紅蓮』の族長だよ、今のところは」
「・・・でも昨日の姿は詐欺だろ・・・・・・」
「それはアンタが言えることじゃないだろ、ネコお嬢?」
ニヤリと笑って、彼は彼女を見返し、びしっと指を指す。
「ネコを被ってるのは、何もアンタだけじゃないんだぜ、オジョーサマ?」
「・・・・・・そうみたいだな」
ふっと彼女も息を吐いて苦笑を洩らす。
「んじゃ、この話はこれでおしまいってことで」
「はいはい」
ヒラヒラと手を振って彼は話を打ち止める。彼女もこれ以上追及する気もなかったので、それに同意した。
ちょうどふたりの話の区切りがよくなったところで、タイミングよくノックの音が聞こえた。扉の向こうから現れた人物に、ふたりは視線を向けた。
「あれ?お嬢さま、なんでここに?」
「・・・里井・・・・・・・・・・・・。・・・てめぇ・・・・・・・・・!!」
きょとんと首を傾げる里井くんの姿に、ひとしきり納得したはずの桜桃はなぜか怒りが湧きあがってくるのを感じた。
俗にこれを八つ当たりとも言う。
「わ、わ?!なんですか、お嬢さま、怒ってます?!」
「あったりまえだろ?!昨日、笑ったな?!」
「え〜と・・・・・・それは、肯定していいんですか?」
その問いかけは彼の主人である族長に。族長がおもしろそうに笑うのを見届けると、里井くんは苦笑しながら、桜桃に頭を下げた。
「すいません、つい、悪ふざけが過ぎました」
「・・・まったくだ」
「それにしても、ネコお嬢が今まで1回も気付きもしなかったとはな〜・・・」
くすくすと族長は寝っ転がりながら笑う。桜桃はそれに不貞腐れるしかない。
「気付くわけないじゃんか」
「そうか?でもアンタのドーベルマンは初対面で気付いたみたいだぜ?」
「松田だろ?・・・聞いたよ、昨日の夜、すぐに」
昨夜、バルコニーに取り残された大パニックの桜桃を見つけた松田は、様子のおかしい彼女から事情を聞き、じつに涼やかに彼女に『真実』を伝えた。
すなわち、『紅蓮』の族長の正体は、財閥星崎家の御曹司、星崎 龍一であると。
「・・・なんか、謀られた気分」
「んなもん、忘れちまえ。どうせ、今ここにいるオレたちには関係ないだろ?」
「・・・・・・まぁ、ね」
「あ、でも、『婚約者』としていちゃつきたいってーのなら、考えてやらなくもねーけど?」
「んな・・・・・・!!だ、誰が、アンタなんかと婚約なんか・・・・・・!!」
からかう族長に、顔を真っ赤にして噛みつくネコお嬢さま。
それを微笑みながら見届ける里井くん。
やがてふたりの追いかけっこは、族長室を飛び出し、『紅蓮』メンバーが集まる広間まで拡大していく。
すると、騒ぐのが大好きな『紅蓮』メンバーは、理由などわからなくても、その意味不明な追いかけっこに参戦してくる。
こうして、ふたりの日常はまた、ゆっくりといつも通りに戻って流れていく。
ネコを被ったお嬢さまと御曹司の、お気楽な日常が。
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あ〜終わってしまった・・・という思いと、
あ〜やっと終わった〜という思いがあったりします(笑)
ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。
恒例の裏話でもできればいいのですが・・・・・・残念ながら、このシリーズは最初の方でも言っていた通り、行き当たりばったりなものだったので(笑)
でも際限なく続くのも、「本編」として締りがないな、と思って、途中で道筋だけ決めましたが、それも行き当たりばったりでしたね(爆)
紫月としては、気楽に書けて楽しいシリーズでした(笑)
もともとこのシリーズを始めたコンセプトは、「気楽に読めるシリーズ小説を書こう」というものだったので。
どうも長編シリーズが多いので、最近は中編シリーズを増やせるように努力中です!!
さて、本編が終わってしまいましたが、紫月としては、まだまだ彼らと付き合っていきたいな、と思っているので、気まぐれのゆる〜い感じで、番外編シリーズである、祝日シリーズを進めていこうと思います(笑)
いつか、合作シリーズもやりたいと思っているのですが、それは実現するかしら・・・?
とにかく、ここまで本編にお付き合いいただき、ありがとうございました。
感想等いただけましたら、次回作、既存作品の更新の励みになります!!
他シリーズもぜひぜひよろしくお願いします。いつか、リンクするかもしれないんで(笑)
紫月 飛闇
2011.3.14