「そこどけ、通るんだよ」
「はっ!!ダレに言ってるんだよ?ここら一帯はオレのシマだぜ?」
「だからなんだよ。この道は私が通る道だ。どけ」
「・・・ここらを締めるオレにそこまででかい態度とは、何様のつもりだよ、アンタ」
「オジョーサマだよ」
「・・・こりゃまた、きっぱりと開き直ったもんだな」
「あんたこそ、今日は随分と荒れてるんじゃねぇの?」
「オジョーサマにはカンケーないね」
「結構。興味ねぇもん」
4、君子は豹変す
SG女学院の真っ白に塗りたくられた廊下にでかでかと張り付けてある掲示板。
なにかの順位表のようであるが、そのトップには、今回もまた、いつもと同じ名前。
一ノ宮 桜桃の名前。
「まぁ、さすがですわ、一ノ宮さま。今回の模試も、一ノ宮さまが首位でしたのね」
「わたくしも一ノ宮さんのような優秀な頭脳がほしいですわ」
「どちらの家庭教師をつけていらっしゃいますの?わたくしも同じ先生にご指導いただこうかしら」
口ぐちに桜桃への称賛の言葉を並べるSG女学院のお嬢様たち。
その横で、本人は何匹か剥がれ落ちそうな猫を被りながら、顔を引き攣らせて笑う。
「ですけど、一ノ宮さんはご優秀でいらっしゃるだけではなく、運動神経もよろしいのですよね?」
「そういえばそうでしたわね。羨ましい限りですわ。一ノ宮さんは飾らなくても美しくてもいらっしゃるし、才色兼備ですわね」
「それなのにそれを鼻にかけるような方ではないから、羨む方はいても、どなたも恨んだりはしませんものね」
延々と続く桜桃への賛美。
本人は、といえば、すでにその場から消えていたりする。
成績優秀、運動神経良好、品行方正、才色兼備を現したかのような彼女を慕って羨む者は、この学園には多かった。
しかし、お嬢様たちは知らない。
この数え切れないほどの猫を飼い慣らしている優秀なお嬢様には、裏の顔があると言うことを。
喧嘩上等という顔が。
人通りがあまりない、裏路地といわれる道。
一般人は好んでこの道を通ったりはしない。もちろん当然だが、お嬢様たちはこんな道など知ることすらないに違いない。
では、どんな人間がここを通るのか。
「おっや〜?あの制服は、もしかしてSG女学院のものかな〜?」
「こ〜んなところを歩いてるなんて、ど〜したのかな〜?」
「道に迷っちゃったのかな〜?だったら、オジョーサマのために、オレたちが優しくしてあげよ〜か〜」
いかにも頭が、というか知恵が足りなそうな会話が背後から聞こえてくる。
桜桃はその聞きなれたフレーズに、むしろ笑みすら浮かべて振り向いた。もちろん、猫は撫で撫でしながら飼い慣らしたまま。
見れば、3人のバカ顔のいかにも不良学生、といった様子の青年たちが佇んでいる。
「まぁ、ご親切にありがとうございます。ちょうど困っておりましたの」
「ほ〜ほ〜そ〜かい、そ〜かい」
ニヤニヤしながら近づいてくる奴らに、桜桃もまたお嬢様モードの笑みを崩し、にやり、と笑う。
「オジョーサマだからって何も抵抗しないと思うなよ?」
「なっ?!」
まずは一番最初に近づいてきたバカの鼻をへし折るように一発。そのまま足払いをして相手の体制を崩す。
いきなりの攻撃に面喰っている残りのふたりに、彼女は薄く笑って見せる。
「ちょうどむしゃくしゃして困ってたんだよ。ストレス発散に付き合え」
3人の男たちを完膚無きまでに叩きのめしすっきりした桜桃は、鼻歌まじりにそのまま裏路地を歩き続ける。
彼女がこうして隠れるように喧嘩をするようになったのは、最近のことではない。
今までもむしゃくしゃするようなことがあると、「わざと」裏路地をふらふらと歩き続けた。
そうやって彼女が歩き続ければ、馬鹿な奴らが彼女に絡んでくるから、絡まれた「被害者」である彼女は、思う存分相手を叩きのめせるのだ。
それでも、こうしてSG女学院の制服を着てうろうろすることは少ない。
ど〜しても家に帰るまで我慢が出来ないときだけ、こうしてひとりでふらふらと歩いていたりする。
今日もまた、虫の居所が悪かった彼女はこうして制服姿のままうろつき、そのままそれに釣られてくれたカモたちを相手に、彼女はストレスを発散させることができた。
とりあえず目下の憂さ晴らしができた桜桃は、さらなるカモを求めて、辺りを彷徨い続けていた。
すると、前方の角を曲がった辺りから乱闘であろう騒がしさが聞こえてくる。
どうやら何人かのグループ同士の喧騒のようだ。
こういう騒ぎには関わろうとは、いつもの桜桃は思わない。
なぜなら、そんなものに関わったところで面倒事しかないからだ。だから、いつもなら無視して回れ右する。
けれど、なぜかその日は違った。どんな好奇心が自分の中で芽生えてしまったのかわからない。何に惹きつけられたのか、わからない。
ただ、明らかに面倒事しか生まれないであろうその角の向こうへ、彼女は足を向けてしまった。
「・・・へぇ〜・・・」
思わず漏れ出た呟き。
ちょうど桜桃が角を曲がったときに、乱闘が終わったところだったようだ。
地べたにごろごろと転がる、まるで虫けらのような男たち。
それを見下ろしている複数の男たちが勝利した不良グループなのだろう。肩で息をしている男たちの中で、唯一涼しい顔をしたまま、地べたに転がっている男のひとりを爪先で蹴っている男がいた。
「こら。気絶なんかしてねぇで、さっさと吐けよ」
だが、相手からの応答はない。チっと舌打ちしたその男の顔に、彼女は見覚えがあった。
・・・できれば、関わりたくない男なのだが。
「そこにいるのは誰だ?!」
見知った男を囲むように立っていた男たちのひとりが、彼女の存在に気付いて鋭い声を投げかけてくる。
瞬間、この勝利したグループのリーダーと、目があった。
そう、この辺り一帯を締めているという暴走族『紅蓮』の族長と。
「・・・なんで、ネコお嬢がこんなとこにいるんだ?」
「あんたには関係ないだろ」
「テメっ・・・!!族長になんて口を・・・・・・!!」
「坂井、てめぇは黙ってろ」
「・・・・・・はい」
桜桃の態度に激怒した部下のひとりが、そのまま族長の一言ですごすごと下がっていく。
そんな様子を眺め見ながら、そして前方をふさぐように立っている乱闘後の族長に視線を送り、静かに言い放った。
「そこどけ、通るんだよ」
「はっ!!ダレに言ってるんだよ?ここら一帯はオレのシマだぜ?」
「だからなんだよ。この道は私が通る道だ。どけ」
「・・・ここらを締めるオレにそこまででかい態度とは、何様のつもりだよ、アンタ」
「オジョーサマだよ」
「・・・こりゃまた、きっぱりと開き直ったもんだな」
「あんたこそ、今日は随分と荒れてるんじゃねぇの?」
「オジョーサマにはカンケーないね」
「結構。興味ねぇもん」
「・・・・・・んっとに、勝手なネコお嬢だな」
「それで呼ぶなって言ってるだろ、トリ頭」
いつも彼女をからかうようにふざける彼の様子とは異なり、イライラした感情を露わにしている暴走族族長を珍しいものを見る目で見つつ、彼女は態度を変えなかった。
先ほど言ったように、彼女は彼のことにまったく関心がないからだ。興味ない。
「いいから、どけ」
「んだよ、あっちの道から行けよ。こっちはまだ面倒なのがうじゃうじゃいるんだよ」
「なんだって?!なにやってんだよ、早く掃除しとけよ、役立たずだな」
「・・・んだと?だったらアンタがあいつらとやり合うってのか?」
「考えといてもいいな。せめて制服じゃなかったらな」
「ほぉ?その言葉、忘れるなよ?」
「心配するな。私はあんたと違って優秀なんだよ」
悠然と桜桃は笑って見せる。
その傍らでは『紅蓮』のメンバーたちが彼らの族長に暴言吐きまくりの桜桃をすごい剣幕で睨みつけたり、ハラハラしていたりする。
「ま、とにかく今日は面倒に巻き込まれるのはメンドクセーから、あっちから帰ってやるよ。せいぜいがんばるんだな」
「言われずとも」
交わした視線は、戦友へのもの。喧嘩好きなお互いだからこそ、わかる。
そのまま彼女は振り返ることなく来た道を歩き始めた。
『紅蓮』の族長もまた、有り余る力を奮うために、戦場に足を向ける。
来た道も行く道も違う。
それなのに、なぜか混じり合う瞬間がある。
そんな偶然に、互いになぜか眉根を寄せて。
同じころ、『紅蓮』のアジトのお留守番係であった里井くん。
携帯に届いた族長からのメールに首を傾げていた。
『運動後にビールを飲むから用意しておけ』
たしか今、族長はちょうど乱闘中のはず。それなのにどうやってこのメールを送ってきたのだろう。
とにかく悩むだけ時間の無駄である。里井くんは、族長の言いつけを守るために、近くのコンビニに行くために腰を上げた。
最近アジトに持ちこんだ冷蔵庫に冷や冷やのビールを用意しておくのだ。
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今回は桜桃側のお話で。
なんでお嬢様の彼女が物騒な道をうろうろしてるのかってことで。
あんまり今回は族長との絡みがなかったのですが、一応『紅蓮』のメンバーに桜桃の顔を覚えさせることできたので、今後の展開に役立つかもですね。
里井くんとの出会いも近いかも(笑)
2010.7.10