彼は、出仕したての官吏見習いだった。
本棚に並ぶ書物を指でなぞりながら、彼は思案する。
彼は、国試を受けて及第し、朝廷に出仕しにきたのだ。
彼の出身は11貴族ではない。
いまや、11貴族であるかどうかは、さしたる問題ではない。
官吏になりたいという意欲があれば、その夢を叶えることができた。
彼もまた、その夢を持つ青年だった。
王のそばで、国のために働きたい。
困っている人たちを救う力がほしい。
そう思って、彼は官吏になることを決意した。
必死に勉強して勉強して、そして、夢に近づいた。
けれど、これは終わりじゃない、始まり。
彼の夢と理想に近づくための始まり。
国試を及第し、研修を積んだ官吏見習いの最後の課題。
それは、星華国の歴史について調べ、報告書をあげること。
そのため、ここのところ書庫は官吏見習いで溢れていた。
青年もまた、そのひとり。
まだどこの時代を、なにを調べよう、と決めてもいない。
適当に指を走らせ、書物の背表紙を眺めていた。
ふと、ある二冊の書物が彼の目をひきつけた。
「開国之書」と「改国之書」
同じ読み方なのに、その意味合いの異なる二冊の書物に
青年はひきつけられた。
手に持って、まじまじと眺めてみる。
「あら、その本を見つけるなんて目が高いわね」
青年の背後から、年若い女性の声が聞こえてきた。
振り向くと、官服に身を包んだ、彼と歳もそう変わらぬ少女がいた。
「私も昨年、官吏見習いの課題で、その二冊の本について書いたの」
その口ぶりからすると、1つ上の先輩になるらしい。
女性官吏など、今の星華国では珍しくもない。
二冊の書物を握り締めたまま呆けている青年に、少女はくすりと笑った。
「まずはその書物を読んでみたらどうかしら?」
彼女の言葉にこくん、とうなずく青年に、さらに言った。
「もし、課題ができあがった見せてくれる?
私、法部に所属しているの。よかったら遊びにでも来てね」
そして彼女は彼に名を告げると、さっさと書庫を出て行った。
彼女は、北山羊一族の者だったらしい。
今や、平民と貴族が同じところにいても、誰も何も咎めないし、
平民である彼も何の引け目もない。
突然の出会いに青年はどきどきしながらも、
改めて二冊の書物を眺めなおした。
とても、興味のわく書物だった。
先ほどの『先輩』が言うとおり、彼はとりあえず、読んでみることにした。