Step1: 知り合い未満――前
なぜか、その光景が、私の心を強く惹きつけた。
それは、偶然の出会い。
運命のいたずら。
本来なら出会うことも、知り合うこともなかったかもしれないのに・・・・・・。
その日、私は骨折で入院している祖母のお見舞いに、大学病院に来ていた。
元気な祖母の様子を確認し、病院を出ようとしたら・・・・・・迷った。
病室も廊下もどこもかしこも同じように見えて、どこをどう歩いてきたのか、さっぱりわからなくなってしまった。
とはいえ、ナースセンターに「迷いました」と言うのもなんだか気が引けて・・・・・・。
うろうろと適当に歩き続けるものの、この大きな病院では看板も表示も英文字なためによくわからず、エレベーターも探せずに彷徨っていた。
もはや開き直って、病院探索のつもりで歩いていたら・・・・・・その光景に出合ってしまった。
そこは、病室の外に設置された、待合室のような場所。
入院中の患者とお見舞客が、病室の外で気軽におしゃべりをするためのスペースなのだろう。
現に、あちらこちらのテーブルでは、楽しそうに会話をしている患者とお見舞客の姿が見える。
でも、そんな楽しそうな光景の中に、一か所だけ違う異質な空間があった。
窓側に面した椅子に座っている、私と同い年くらいの青年。
窓の外をじっと見ている。
少し上向きに、空を見上げて。
両手を祈るように組み、その上に顎をのせている。
彼のその姿が、まるで神に祈っているように見えた。
彼のその表情が、まるで神を憎んでいるように見えた。
どちらの感情も入り混じっているような、そんな異質な空気を、彼は醸し出していた。
だけど、その場にいる人たちは、自分たちのおしゃべりに夢中で気付かない。
彼のこの不思議な空気に気付かない。
だけど、なぜか私はこの不思議な光景に心が惹かれてしまった。
とはいえ、彼と私は顔を合わせたこともない、まったくの他人。
いくら心惹かれる光景だとはいえ、彼にいきなり話しかけるのはさすがに私にもできなかった。
そもそも、どう話しかけろというのだろう。
だから、私はその場をそっと離れて、病院を出るための出口を探した。
それで終りだと思っていた。
あの不思議な光景を見て、惹きつけられて、でも、あの青年と会うことは二度とないだろうと思っていた。
私たちには何の接点もなかったから。
だから、驚いた。
大学で、彼を見かけたときに。
同じ講義を受けていたことに。
その講義を受けている間、彼は友人と楽しそうに会話をしていた。
あの光景を醸し出していた雰囲気はない。
どこにでもいる普通の大学生だった。
だから、今まで気付かなかったし、知らなかった。
大学は広いし、その生徒数も把握できないほど多い。
偶然が重ならなければ、知り合うことなどない。
だけど、私と彼は偶然が重なった。
少なくとも、私にとっては。
始めは、ただの好奇心。
病院で見かけた彼が、こんな身近なところにいたことによる親近感もあったかもしれない。
何かを期待していたわけでも、望んでいたわけでもなかった。
ただの好奇心と発見できたことの興奮。
それだけだった。
私は彼の隣に座り、彼が友人と話し終わるのを待った。
陽気に友人と話す彼は、病院で見かけた彼とは大違いだ。
でも間違いない。
彼だ。
彼がひとしきり友人と話し終えて、ふと手元のプリントに視線をうつしたときに、私はこっそりと話しかけた。
「ねぇ、昨日、東可総合病院にいなかった?」
そのときはまだ、私と彼の関係は、『知り合い』ですらなかった。