Step1: 知り合い未満―――後
一番最初はただの好奇心。
それは不躾で無神経なことだと、その時の私は思いついていなかった。
思いがけずに彼と再会できた偶然を、勝手にひとりで喜んでいただけだった。
彼に話しかけたのも、そんなに深い理由があってのことじゃなかった。
「昨日、東可総合病院にいたでしょ?」
突然彼の隣に座ってそう切り出せば、当然彼は驚いて私を見返した。
だから、私は無邪気に笑いながら、補足説明をした。
「私のおばあちゃんもその病院に入院しているの。昨日お見舞いに行ったら、あなたを見かけたから。そしたら同じ大学にいるじゃない?びっくりしちゃった」
「・・・それで?何の用?」
突如、彼は冷たい視線と無表情でそう尋ねてきた。
さっきまで彼の友人と陽気に楽しそうに話していた彼とは別人のような態度。
「・・・別に、用ってわけじゃないけど・・・・・・」
そんな彼の態度に面喰って、思わず弱腰でそう答える。
すると、彼の向こう隣りに座っていた彼の友人が声をかけてきた。
「なになに、浩の知り合い?」
「いや、初対面。いきなり話しかけられた」
「逆ナン?!やるね〜」
ケラケラと笑うその友人に、今度は私が話しかけられた。
「浩に一目ぼれ?」
「飛躍しすぎ」
私とその友人に挟まれている彼が、ぼそりと不機嫌そうに否定する。
なにがそんなに彼を不機嫌にさせているのか、私にはさっぱりわからない。
明るく私に話しかけてくれる彼の友人のように、楽しく会話をしたかっただけなのに。
だから何の気なしに、彼の友人に私は答えてしまったのだ。
「昨日、病院で彼を見かけたの。だから、ちょっと話しかけてみただけよ」
私のその発言が、どれほど無神経なものだったか、すぐさま私は認識した。
彼が、ものすごい形相で私を睨みつけてきたからだ。
「え、浩、病院に行ってたのか?!誰か家族が入院しているのか?!」
「・・・たいしたことじゃない」
初めて知ったといった様子で驚く彼の友人に、素っ気なく返事をする彼の態度で、私は自分が失態を犯したことを悟った。
だけど、もう遅い。
「・・・ちょっと来て」
強い力で彼に腕を引かれて、教室の外に出る。
大学に限って、「授業中だから」なんて通用しない。
明らかに怒った様子の彼に、私は自分の失態を悔いていた。
「ごめんなさい!!」
廊下に出て人気のないところでふたりきりになった途端、私はすぐさま彼に頭を下げて謝った。
「病院なんだから、色々と事情とかあったよね・・・・・・。別に詮索しようとかじゃなくて、ただ単に、昨日見かけたあなたを大学で発見して、うれしかったというか・・・・・・。こんな偶然あるんだなぁって興奮しちゃって・・・・・・」
とりあえず悪気はなかったんだってことを伝えるために、私は必死に彼に言い訳をする。
すると、彼が大きなため息をついて私に言った。
「そんな風に先に謝られちゃったら、怒るに怒れないじゃないか」
「ご、ごめん・・・・・・」
「俺があの病院に見舞いに行ってるってこと、あまり知られたくないんだよ」
「うん、わかった。もう言わない」
すぐさま私は素直に頷いた。
そしてにっこり笑って彼に言った。
「私、乾 由美っていうの。病院のことは誰にも言わないから安心して」
「・・・名乗る必要性ってあるの?」
面倒臭そうに彼は私に言ってきたけど、私は負けずに笑って言い返した。
「だって、もう『知り合い』でしょ?名前くらい知っておいてもらおうと思って」
すると、再びため息をひとつついてから、彼も名乗ってくれた。
「俺は、井上 浩」
そのとき、やっと私と彼の関係は、『知り合い』程度に進んだのだった。