Step2: 顔見知り―――前
偶然が2度、3度と続いたら、それは偶然ではなく必然と呼ぶのだろうか。
私と彼が出会うのは、偶然ではなく必然であったのだろうか。
その日はお天気もよく、病院内の庭園も日光浴をする患者で溢れている。
私も祖母のお見舞いついでに散歩のつもりで庭園を横切り、祖母が入院する病棟へ歩いていた。
そこでまた、偶然目に入ったのだ。
ぽかぽかと陽の光がよくあたるベンチに腰掛ける、彼の横顔が。
井上 浩くんの姿が。
どうやら、私はよほど、彼の横顔に縁があるらしい。
3度目の偶然が妙におかしくて、私はただその偶然の再会を伝えるためだけに彼に近づいた。
「やっほ。こんな偶然あるんだね〜」
少し離れた所から、私は笑いながら彼に呼びかけた。
すると、彼は一瞬意外そうに目を見開いてから、心底迷惑そうな顔をした。
・・・この前大学で会った時もそうだが、井上くんは心情がそのまま態度に出るようだ。
だけど、話しかけた以上、私もあとには引けないから、構わずに近づいた。
「今日はお天気がいいから日向ぼっこには最適だね・・・・・・っと、ご、ごめん」
近づいて角度がずれたことでわかった。
それまで彼の体で隠れて見えなかったのだが、彼が座る向こう側に、もうひとり女の子が座っていたのだ。
微妙に近づいてしまって、進むべきか引き返すべきか迷っていたら、その女の子がくすくすと笑いながら私に言った。
「こんにちは。浩のお友達ですか?」
かわいらしいハスキーボイス。
身体が細く小さいからよくわからないが、私よりも年下だろうか。
井上くんの彼女にしては、ずいぶんと顔立ちがよく似ているように見える。
おそらく、妹か血縁者なのだろう、と私は勝手に推測させてもらった。
そして、せっかく話しかけてもらったのだから、返事をしようとしたところで、先に井上くんに答えられてしまった。
「違う。ただの顔見知り」
・・・たしかに、一度しか話をしたことはないけど。
そんなに即答で否定してくれなくても、と思ってしまう。
「私は浩の双子の姉の陽。浩って気分屋だけどイイ奴ではあるから、よかったら仲良くしてやってね」
「陽!!」
愛想良く挨拶をしてくれた彼女を諌める井上くん。
「そっか〜双子なんだ。道理でよく似てると思った」
「そう?似てる?」
「似てる、似てる」
井上くんを完全に無視して、私と彼女で話が盛り上がる。
やはり同じ初対面でも女の子同士の方が話が弾む。
けれど、井上くんをちらりと見てみると、なぜか痛そうな表情を浮かべていた。
井上くんの双子の姉だという陽さんはそれに気づくことなく、私に色々と話しかけてくる。
それは、他愛もない世間話だったり、年相応に芸能ニュースの話だったり。
そうしているうちに、井上くんの表情はいつの間にか穏やかなものに変っていた。
あの苦痛に耐えるような表情は、私の気のせいだったのだろうか。
「ねぇ、大学ってどんなところ?浩に聞いても『つまらないところ』って言われるだけなんだもん。私、大学に通うのが夢だったんだけど、入院生活ばかりでできなくて・・・・・・」
「陽、そんな話・・・・・・」
「あら、いいじゃない?こうしておしゃべりをたくさんしたんだから、『お友達』として大学生活について聞いてるだけよ?」
陽さんが私に大学について尋ねると、途端、井上くんが再びそれを諌めた。
だが、彼女はそれを気にすることはないらしい。
「大学かぁ・・・。そうね、自由なところ、かな。色々と」
正直なところ、彼女が前触れもなく「大学にも行けないほどの入院生活」だと発言したことに驚いてはいたのだが、今日会ったばかりの私を『友達』だと言ってくれたことがうれしくて、私はあまり詮索をせずにそう答えた。
たぶん、詮索すればまた井上くんに怒られるような気がしたから。
彼女と『お友達』になれたのなら、やはり井上くんとも『お友達』になっておきたいのは当然の心理だろう。
そうすると、あまり怒らせるようなことはしないほうがいい。
それくらいの良識は私にもある。
その後も、しばらく私たちはおしゃべりを続けた。
詮索するわけでもなく、ただ楽しい時間だけを過ごした。
けれど、井上くんは会話に加わることなく、ただ黙って私たちを見守っているだけだった。
『顔見知り』から『友達』になるには、女の子同士よりも、異性の方が難しいのだろうか。