Step2: 顔見知り―――後
気が合っておしゃべりすれば、あっという間に『お友達』。
それは、男でも女でも同じだと私は思ってる。
だけど、それが通用しないというのは、本人同士の意識の違いというものなのだろうか。
ということは、私が彼を『友達』だと思えば、もう私たちの関係は『友達』なのだろうか。
彼女が私を『お友達』と言ってくれたように。
彼女・・・井上 浩くんの双子の姉だという、井上 陽さんと話しこんでいたら、いつの間にか結構時間が過ぎていて、私は慌てて病院を後にすることになった。
本来の目的であった祖母のお見舞いすらしないで。
それでも、思わぬ場所で思わぬ交友関係が芽生えたのだから、よしとしよう。
彼女のことについて、聞きたいことは山ほどある。
だけど、さすがにそれを本人に聞くのも、井上くんに尋ねるのも無神経であるように思えた。
どのような事情があるにせよ、楽しくおしゃべりできたことが、何よりもいい時間を過ごせたと思えるのだから、気にしないことにした。
今日は彼と同じ大学の講義がある日。
やはり、彼は前回と同じ場所でひとりで座っていた。
今日は彼の友人はいないらしい。
私は気軽に彼の横に座り、声をかけた。
「先日はどうも」
「・・・またあんたか・・・・・・」
「乾よ。乾 由美」
「・・・じゃぁ、乾サン。この講義、トモダチと受けなくていーんデスカ?」
バカにしたように、鬱陶しそうに私を追い払おうとする彼。
私はひょい、と肩をすくめてそれに答えた。
「この講義は友達と被ってないの。だからひとりで受講してたんだ。だから、お気遣いなく」
「・・・へぇ・・・・・・」
「・・・なんだか疲れた顔をしてるよ、井上くん?」
「・・・そう思うなら、寝ててもいーデスカ?」
やる気のない感じで彼がそう尋ねてきたので、私は素直に頷いた。
「うん、いいよ。プリントもらっておくし、代返もしておく」
快く居眠りを承諾すると、なぜか彼は驚いたように私を凝視してきた。
「・・・なに?」
「いや、もっと色々聞いてくるかと思ったから」
最初の印象が強いのか、私のことを相当失礼な無神経な女だと認識しているらしいことがわかった。
なるほど。
彼と『友達』になれない理由は、初対面の印象の悪さにあるらしい。
「聞きたいことがないわけじゃないけど・・・・・・色々聞いても失礼かなって思うし。事情もあるだろうし」
「ふぅん、そりゃ律儀だな」
「あ、見直した?」
「別に」
にやっと笑って親しい交流を築こうかと思ったけど、あっさりと交わされてしまう。
彼は、人見知りが激しいのだろうか。
そのまま彼は机に腕を組んで顔をうずめてしまったから、居眠りを決行するのだろうと思った私は、これ以上の会話を諦めることにした。
仕方なく携帯を取り出して、つまらない講義の暇でもつぶそうかと思っていると、隣で寝ていると思っていた彼が、くぐもった声で独り言のように呟いた。
「陽はもともと身体が弱いから入院生活が長い。好きなものは、ネコと空。天気がいい日は、この前みたいに庭園に出て空を見たりしてる。本を読むのはあまり好きじゃないみたいだけど、絵を描くのは小さいころから好きだった」
突然の井上くんからの情報に、私は驚くしかない。
「・・・なんで、教えてくれるの・・・?」
すると、腕の中に伏せていた顔をちょっと動かして、彼は私をちらりと見て言った。
「・・・陽はどうやら、あんたを『お友達』と思ってるみたいだから。また会いたいって言ってたし」
「会いに行っていいの?」
「どーぞ、お好きに」
ぶっきらぼうだけど、彼の言い方が最初の頃より全然優しくて、なんだか私はうれしくなってしまった。
だから、私は調子に乗ってさらに彼に尋ねた。
「井上くんは?どう思ってる?」
長い沈黙。
やがて、ふいっと再び腕の中に顔をうずめてしまった彼は、聞きとりにくい声で、それでもちゃんと答えてくれた。
「友達くらいにはなってるんじゃないの?」
「・・・なんで疑問形?」
くすっと笑いながらそう尋ねるけど、それ以上は彼は何も答えてくれなかった。
お見舞いの許可を得た私は、単純なことに、祖母のお見舞いを放って、彼女のお見舞いに足を運ぶようになった。
「由美ちゃん」「陽ちゃん」と呼び合うくらいに、私と彼女は交友を深めていった。
私と彼はというと、病院でも大学でも顔を合わせることは多かったけれども、「井上くん」「乾サン」と呼び合っていた。
これは男と女なのだから、『お友達』でもこの呼び方で充分だろう。
そのころの私と彼は、『顔見知り』から少し進展した、『友達』関係になったようだった。