Step4: 友達以上―――前
私は彼に涙を見せた。
彼は私に傷を見せた。
彼の話を聞いた今ならわかる。
彼女と話をしているとき、「双子」という単語が出るたびに、なぜ彼が苦痛に耐えるような表情を見せるのか。
彼は、自らを責めていたのだ。
双子で生まれた自分を。
あとから生まれてきた自分を。
そのために奪ってしまったものたちの重さを嘆いて。
初めて彼を見かけたあの日、やはり彼は、神という抗えない存在に、彼女の未来を祈り、自らの運命を憎んでいたのではないかと思う。
井上くんに連れ添ってもらって祖母のお見舞いに行ったあの日から、彼はいつも私と一緒に祖母のお見舞いに付いてきてくれた。
看護師が言っていたように、たしかに祖母がいつもの祖母のように笑顔で迎えてくれる日もあった。
そのときは記憶も元通りのようで、あの日の祖母が嘘であればいいのにと思わずにはいられなかった。
けれど別の日に足を運べば、またあの虚ろな瞳で拒絶をされた。
骨折そのものはすでにもう完治に近かったが、それに反比例するかのように祖母が「正気」でいられる時間は日増しに減っているようだった。
「・・・おばあさん、どう?」
毎週同じ講義で同じ席で会う彼。
お互いに決めたわけでもないのに自然といつの間にかそうなっていた。
自然な流れでお互いの携帯の番号を交換していたが、病院の用件以外で連絡することはなかった。
私は彼の存在にとても救われていたけれど、その彼が私のことをどう感じているのか、まったくわからなかった。
互いの弱さを曝したが、けれど、それだけといえばそれだけだった。
彼にとって、私は同じ病院に入院患者を持つ、「お見舞い仲間」程度なんだろうと思われた。
その微妙な距離感を、私は感じていた。
それでも、こうして当たり前のように、教室の中で私を探して隣に座って話しかけてくれることが、私は嬉しかった。
「・・・おばあちゃん、今週末で退院するみたい。でも、そのままおばあちゃんを施設に預けるって親たちは決めたみたい」
「・・・そっか」
井上くんは短くそう答える。
それ以上の深入りは、互いの家族のことだから立ち入らない。
「でもよかったね。退院決まって」
「・・・うん」
いつまでも病院から出ることができない彼の双子の姉。
彼女を思えば、たしかにそれは「よかった」ことなのかもしれない。
けれど、結局元通りというのには程遠く、予想もしていなかった結末となった。
それは果たして「よかった」と言うのだろうか。
ふと、そんなことを思いながら、私は気付いた。
祖母が病院から退院してしまうと、私はあの病院に用がなくなってしまう。
彼との関係が「お見舞い仲間」ではなくなってしまう。
彼との繋がりが・・・・・・失われてしまう。
「・・・あのさ」
少し言い辛そうに彼は私に話しかける。
私は視線だけで先を促した。
「乾サンのおばあさんが退院しても、陽のお見舞い、来てもらえるかな?陽のやつ、乾サンが来てくれるのを楽しみにしてるし・・・」
彼の思いがけないその申し出に、私は複雑な思いを抱いてしまった。
彼が私を必要としてくれたのはうれしい。
けれど、それは彼女のため。
仕方ない。
彼は彼女のために苦しんでいる。
罪悪感を抱いている。
だから、彼は彼女のために最良だと思うことをするのだ。
後悔しないために。
私と彼の関係は、今、何と呼べばいいのだろうか。
「・・・由美ちゃん?」
声をかけられて、私は思考の海に沈んでいたことを自覚し、はっと覚醒した。
意識を戻せば、彼女が・・・・・・井上 陽ちゃんが心配そうに私を見上げていた。
「大丈夫?由美ちゃん?」
「ごめん、ぼーっとしちゃって」
「ううん、おばあさんのこと、浩から聞いてるし・・・。ショックだったよね・・・」
しゅんと元気なく話す彼女の様子に、私は慌てて首を横に振る。
「気にしないで。もうすぐ無事に退院できるし・・・施設には入っちゃうけど、また会いに行ったりするし」
さすがに施設に会いに行くのは彼とは行けないが、今度は家族と一緒に行くことになるだろう。
家族もまた、祖母の変貌に動揺を隠せないでいるのだから。
みんなでその痛みを、苦しみを、分かち合うことになるのだろう。
どうすることもできない諦めと共に。
それでも、彼に支えられて、話を聞いてもらって、私は心の中で整理がつきはじめていた。
祖母に拒絶される恐怖はある。
あの虚ろな瞳に見つめられるときの祈るような気持ちもある。
けれど、最初の頃のような絶望感はもうなくて、次第にこの状況に慣れていっている自分がいた。
こうして慣れてしまうほどに病室に足を運べたのは、彼のお陰だと私は思っていた。
「そっか。退院できるんだね、いいなぁ」
陽ちゃんの羨むような発言に、はっと自らの失言を悔いる。
だが、ちらりと井上くんを窺っても、特に怒っている様子もなかった。
すると、私の視線に気づいたか、彼は私にひょいと肩をすくめて苦笑してみせた。
「仕方ないんだよ、気にするな」とでも言うように。
やがて、私と井上くんを交互に眺めていた陽ちゃんが、唐突にとんでもないことを言い出した。
「ねぇねぇ、ふたりでデートしてきてよ」
何の前触れもなく飛び出したその発言に、私も井上くんも目を見開いた。
彼にとって私はただの「お見舞い仲間」だったかもしれない。
けれど、私はもう違う。
私にとって、彼はもう「お見舞い仲間」でも「ただの友達」でもなかった。
だからこそ、彼女のその唐突な提案に動揺を隠せなかった。