Step4: 友達以上―――後
彼は私のことをどう思っているのだろう。
私は彼のことをどう思っているのだろう。
私は彼がいてくれたから、不安を乗り越えることができた。
私にとって、彼という存在は「友達」という関係よりももっと大切なものになっていた。
それ以上の感情を抱き始めていることを、自覚し始めていた。
彼は、彼の双子の姉の「友達」として、私を必要としてくれた。
けれど、それは彼女が私を必要としてくれただけで、彼が私を必要としてくれたわけじゃない。
私と彼。
ふたりの今の関係を、どう表現したらいいのだろう。
「ふたりでデートに行ってきて」
突然放たれた衝撃発言に、私も井上くんも固まった。
その衝撃発言を放った張本人、井上 陽ちゃんは私たちの反応を見て、楽しそうにくすくすと笑った。
「・・・何言っているんだよ、陽」
先に我を取り戻したのは井上くんの方だった。
ジト目で呆れたように陽ちゃんに言い返す。
彼女はというと、そんな彼の態度も気にも留めずに話を続けた。
「わかった、わかった。じゃぁ、言い方変えるわ。私のためにふたりでデートしてきてくれない?」
「・・・どっちにしても意味がわからないんだけど」
「ふたりにお願いがあって・・・」
ため息を吐く井上くんに、陽ちゃんは甘えるような声を出しながら、ごそごそとベッドの脇の引き出しの中をあさる。
そして、一枚の紙を取り出した。
「これこれ。このストラップとぬいぐるみ、それとこのお菓子も買ってきてほしいの」
「・・・は?」
「これらのグッズってこの遊園地にしか売ってないものなんだよ。だから、ふたりで行って、買ってきてほしいの」
陽ちゃんが取り出した紙は、遊園地のビラのようなもので、そこにはその遊園地のキャラクターのグッズの写真が所狭しと並んでいた。
「高校のとき、クラスの子たちがこのグッズを持ってて羨ましかったの。でも、いつか元気になって自分で買いに行こうって思ってたから、我慢してたんだけど・・・」
「・・・だったら自分で買いに行けばいいじゃないか」
「だって、いつ退院できるかわからないし」
さらっと彼女が言うその言葉に、彼が一瞬瞳を揺らす。
だけど、それだけだ。
表情は先程と変わらずに、呆れたように彼女を見ている。
「・・・まったく、我慢の足りない女だな、陽は」
「グッズを手元に置いておいたら、今度は自分でそこに行くぞって目標になるでしょ?ね?」
「それにしたって、なんで乾サンまで巻き込むんだよ」
「え〜、じゃぁ、浩ってばひとりで遊園地に行って、そのかわい〜グッズを買ってこれるの?」
沈黙。
考え込む井上くん。
「・・・行けない・・・けど・・・」
まんまとはめられたことに不満そうにそう言い返した彼。
そして、私の方を振り向いて申し訳なさそうに尋ねてきた。
「乾サン・・・・・・お願い、できるかな・・・?」
それは、彼女のため?
彼女がそう願うから、彼は私を誘うのだろうか。
そこに、彼の意志はないのだろうか。
「・・・だめ・・・かな?そうだよな、嫌だよな・・・」
私がすぐに返事をしないでいると、それが拒絶の反応だと思ったらしく、彼が途方に暮れたように呟いた。
私は慌てて彼に返事をした。
「ううん、行くよ、一緒に行く。私もその遊園地、行ってみたかったの」
「よかった〜。じゃぁ、お土産楽しみにしてるね」
なぜか陽ちゃんがにやにや笑いながら、私たちにそう言う。
見咎めた彼がじろりと彼女を睨みつける。
「何を企んでいるんだ?」
「何も企んでないって。それよりも浩、喉が渇いたからお茶買ってきて、お茶」
「・・・はいはい」
彼女への追及を諦めて、彼は素直に彼女の要求に従って病室を出た。
すると、彼が消えるのを待っていたかのように、彼女がすぐさま私に話しかけてきた。
「ふたりきりでデート、楽しんできてね」
「え、え?!」
にやり、と彼女に笑いかけられて、私はいつになく動揺してしまう。
たぶん、顔も紅くなってるような気がする。
「気付かないと思った?由美ちゃん、浩のこと、好きでしょ?」
「よ、陽ちゃん、まさか・・・・・・」
「せっかくならふたりが仲良くなってくれたらいいなぁって思ってたの。浩と由美ちゃんがもっと仲良くなってくれたらうれしいな」
「陽ちゃん・・・・・・」
彼が彼女を想うように、彼女も彼を想う。
彼が彼女の幸せを願うように、彼女も彼の幸せを願う。
私には到底入り込めない関係が、絆が、ふたりにはある。
けれど、その彼女が、彼の幸せのために私を認めてくれたのは、素直に喜んでいいのだろうか。
・・・いや、そんな難しいことではない。
私自身が、この思わぬ展開を喜んでいたのだ。
彼とふたりででかけることができるという展開を。
「・・・ありがと、陽ちゃん」
私は照れ笑いで彼女にそう言った。
すると、彼女はふわりと笑った。
「ううん、私こそありがとう、由美ちゃん。・・・でも、気をつけて」
「ん?」
「・・・浩のやつ、すっごい鈍いから、苦労するわよ・・・・・・」
はぁ、なんてため息をつきながらそんな忠告をしてくる陽ちゃんの姿は、めったに見ることのできない、「姉」の顔をした陽ちゃんだった。
私はそれに笑って返した。
数日後、名目上は「陽ちゃんの欲しがっているお土産を買いに行く」ということで、井上くんとふたりで遊園地に向かった。
私にとってそれは、とても楽しい時間だった。
まるで恋人同士のようにふたりではしゃいで騒いで、楽しい時間を過ごした。
そう、恋人同士のように・・・・・・。
けれど、私と彼の関係はそんなものではなかった。
私はいつの間にか、彼との関係をそうであることを望んでいたけれど。
彼がどう思っているのか、わからなかった。
私のことをどう思っているのか。
私との関係をどう思っているのか。
わからなかった。
知りたかった。
・・・けれど、怖くて知りたくもなかった。
その頃の私たちの関係は、とても微妙なものだった。
ただの「友達」ではもうなかったと思う。
けれど、「恋人」でもなかった。
そんな、微妙な関係だった。