Step5: 恋人未満―――前
私と彼の関係は何と呼べばいいのだろう。
「知り合い」以上、「顔見知り」以上ではあると思う。
もう「お見舞い仲間」でもない。
では、「友達」なのだろうか。
私は彼とそうなることを望んでいたのに。
それなのに、芽生えた気持ちがもっともっとと欲張ってしまう。
「友達」関係では物足りない。
それでは不安。
では、私はもっと上の関係を望んでいるのだろうか・・・・・・。
大学でのいつもの講義、いつもの席。
いつものように井上くんとふたりで席を並べて座っていたら、見覚えのある人物が彼の隣に座った。
「あっれー?ふたりともずいぶんと仲良くなってるじゃん。もしかして付き合っちゃった?」
「・・・・・・久しぶりに講義に出てきたかと思ったらそれか」
はぁと大仰にため息をついてみせる彼。
彼の隣に座った彼の友人は、それでもめげずに私と彼を交互に見比べながらなおも尋ねてきた。
「で?付き合ってるの?」
私は沈黙を貫くことにした。
彼が何と返事をするのか、緊張した。
彼は、彼の友人へ顔を向けているため、彼の表情が私からは見えない。
私は彼に何と言ってほしいのだろう。
互いの弱音を吐いて、支え合って。
そして、この前はふたりででかけたりもした。
名目上は彼の双子の姉のためにでかけたにすぎないけれど、世間的に見れば、それはれっきとした「デート」に見えたはずだった。
何の感情も抱いていなかったら、男と女がふたりきりででかけたりなど・・・しないだろう。
まして、行先は遊園地だ。
カップルがたくさんいる中で、彼は何も思わなかったのだろうか。
私たちの関係のことを。
緊張しながら彼の返答を待っていると、やがて彼が彼の友人に短く返事をした。
「そんな関係じゃないよ」
ただ、それだけ。
『そういう関係』じゃないのなら、『どういう関係』なのだろうか。
『付き合ってる』わけではないのは、私にもわかっている。
けれど、彼が私たちの関係を『どういう関係』だと認識しているのかは、私にもわからない。
「そういう関係じゃないって、じゃぁ、どんな関係なんだ?」
まさに私の気持ちを代弁するように、彼の友人が彼にそう尋ねた。
私からは彼の顔は見えないが、彼の友人の顔は見える。
不思議そうに私と彼を見ている。
「さて?なんでめったに講義にやってこないおまえにそれを教える必要があるのかな?」
「あ、なんだよー、それ。俺だって色々忙しいんだぞ〜」
「どうせ、またバイトだろ?」
「・・・ま、そうだけど」
彼がうまくはぐらかしてしまったのを知ってか知らずか、彼の友人はそれ以上追及をしようとしなかった。
彼は、私との関係を明言しなかった。
私にはなぜかそれがとても不安だった。
見えない彼の気持ちが不安だった。
なぜ、何も言わないの?
どうして友人の質問に答えないの?
私だって、それを知りたいのに・・・・・・。
黙り込んでいると、彼の友人が私に視線を合わせてきた。
「浩のやつといつもこの講義受けてたの?」
「う、うん。この講義、他に友達いないし。別に必須じゃないから真剣に聞かなくていいからおしゃべりばっかりしてるけど」
「俺も、この講義必須じゃないんだよね〜。だからあんまり出席しなかったんだけど」
人懐こい笑顔で彼の友人は私に話しかけてくれる。
私と彼の友人に挟まれて座っていた彼は、プリントの束を彼の友人の顔面に押しつけた。
「ぶっ!!何するんだよ、浩!!」
「おまえがさぼってた間のプリントだよ」
「お〜、さすができる友人を持つと違うね〜!!」
「・・・はいはい、言ってろ、言ってろ」
「浩ってさ、冷たいように見えるけど意外に面倒見いいんだよね、こんな風に」
最後の一言は私に向かって、彼の友人はそう言った。
「うん、知ってるよ」
私はなるべく彼の友人と同じようなノリと軽さでそう返した。
―――――知ってる。
彼がとても面倒見がいいこと。
彼がとても優しいこと。
その裏側に、抱えきれぬほどの罪悪感を背負っていることも。
知っているのに・・・・・・今一番知りたいことは、わからない・・・。
その後も彼と彼の友人と3人で他愛もない話ばかりをした。
彼の友人はおしゃべりが好きなようで、同じようにおしゃべりが好きな私とよく話をした。
彼の友人は、自分の恋人の話を幸せそうにしてくれた。
高校時代から付き合っているということ。
その恋人も同じ大学の文学部にいること。
演劇部で活躍をしていること。
井上くんはどうやら聞き飽きているようで、適当な相槌を打っていた。
私は、恋人のことを幸せそうに語る彼の友人が羨ましかった。
こんな風に幸せそうに自分のことを話してもらえる、その恋人も羨ましかった。
講義が終わって別れ際、彼の友人は私たちに向かって軽くこう言った。
「付き合うことになったら報告してくれな〜!!」
「なんでおまえにいちいち報告するんだよ」
彼は彼の友人と軽くじゃれてから別れた。
そして私もまた、次の講義があったから、彼と別れなければいけなかった。
「・・・じゃあね、井上くん」
「あぁ、またな」
何もなかったかのようにいつものように別れる。
いつもと同じ別れの言葉。
私も、彼も。
だけど、私はもう、いつもと違う。
会うたびに、違う感情になっている。
いつの間に、芽生えたのだろう。
いつの間に、こんなに望むようになったのだろう。
私はとても知りたかった。
教えてほしかった。
私と彼の、今の関係を何と言うのかを。