Step6: 特別な関係―――前
彼が彼女のことばかりを考えることに嫉妬した。
私の気持ちなど考えてもくれない彼に苛立ちを覚えた。
そんな私の苦しみをわからないで笑う彼女にやつあたりをした。
だけど、一番自分勝手なのは私だった。
彼が彼女のことを優先するのは当然のことだったのに。
彼女の未来は、私の未来よりも約束されているものが限られているのだから。
病院の中に閉じ込められた彼女よりも、私のほうがずっと自由だったのだから。
いつもいつも、私はあとから自分の失態を後悔してばかりいる。
取り返しがつかなくなるほど、遠くなってしまってから。
井上くんから陽ちゃんの容体の急変を聞き、私は慌てて病院に駆け付けた。
そこにはすでに彼女の父親らしき人物と、彼がいた。
井上くんは私に気付くと、驚いた表情で私に近づいた。
「わざわざ来てくれたんだ、こんな遅くに・・・・・・。ありがとう」
「陽ちゃんは・・・?」
「わからない。急に容体が悪化して・・・・・・今は集中治療室に・・・・・・」
不安そうに彼は私に報告をしてくれる。
その表情を見ていて、私も不安で心がざわめく。
「容体が悪化って・・・どれくらい悪いの・・・?」
「なにもわからない・・・・・・。だけど、もしかしたら・・・・・・」
悲痛な表情で彼は私に告げるが、最後までは言わない。
言えないのだろうし、聞きたくなかった。
だけど、その先に続く言葉は容易に想像できた。
頭が真っ白になる。
目の前が真っ暗になる。
私は最後彼女に何と言った?
彼女にまた会えるなんて思って、彼女の優しさに甘えて、どんな態度をとった?
別れ際、彼女はどんな表情をしていた・・・・・・?
今更後悔しても遅いのに。
今更そんなことを思い出しても仕方ないのに。
あとからあとから、溢れるように後悔だけが込み上げてくる。
その場に立っていられないほど、叫びたくなるほど。
「乾サン・・・」
気付けば、私はぽろぽろと涙を流していた。
これは何の涙だというのだろう。
彼女にあんなひどいことをした私が、涙を流す資格などないのに。
それなのに、彼は優しく慰めるように私の背中をさすってくれる。
お願い、そんなに優しくしないで。
どうか、私を責めて。
彼の方が辛いのに、私に優しくしないで。
彼の方が苦しいはずなのに、そんな温もりを与えないで。
たまらず、私は彼にすがるようにしがみついてしまう。
「・・・大丈夫・・・だよね・・・・・・?」
確かめるように、祈るように、私は彼に尋ねる。
彼もまた、すがるような視線を私に向ける。
そしてそのまま包み込むように私を抱きしめた。
強く、その存在を確かめるように。
「・・・うん、大丈夫・・・大丈夫だよ」
言い聞かせるように。
私に、彼自身に。
大丈夫、大丈夫だと。
どれくらいそうしていたかわからない。
少し落ち着きを取り戻した私たちは、集中治療室から少し離れたベンチにふたりで並んで座っていた。
その間、どちらもなにも言わなかった。
けれど、互いの不安を支え合うかのように、手を握り締め合っていた。
いつだったか、私の祖母を見舞うとき、彼がそうしてくれていたように。
やがて、彼の父親が私たちの前に歩み寄ってきた。
「・・・陽、持ち直したって・・・・・・。意識を取り戻したようだよ」
その言葉に、私と彼は顔を見合わせた。
持ち直した・・・・・・大丈夫だったのだ・・・そう、大丈夫・・・・・・。
「・・・よかっ・・・・・・た・・・・・・」
思わず、涙で言葉が詰まってしまう。
よかった。
本当に良かった。
「陽に会える?」
「あぁ、会っておいで」
「・・・行こう、乾サン」
父親に確認をとると、彼は私の手を引いて陽ちゃんのいる病室に行こうとした。
けれど、私はそれを躊躇ってしまう。
「乾サン?」
「・・・私は・・・・・・」
今更、私は彼女に合わせる顔などない。
・・・彼女を傷つけたのだ。
彼女に嫉妬して、八つ当たりしたのだ。
彼女は何も悪くなかったのに。
私の勝手な感情をぶつけてしまったのだ。
そんな自分勝手な私が、病気と闘う彼女に合わせる顔など・・・・・・。
「行こう、乾サン。陽は乾サンに会いたがってたよ」
彼が私の手を握る手に力を込めてそう言う。
とうとう私は、彼のその言葉に負けて、彼女の病室に足を運んだ。
病室内の彼女は、たくさんの管に繋がれていて、とても痛々しかった。
酸素マスクをして、弱々しく目をつぶっていた。
このまま儚く散ってしまいそうな、命の花を見てしまった気がした。
うっすらと目を開けた彼女は、まっすぐに私の姿を捕えた。
思わず私は後ろに足を引けてしまったが・・・・・・だが、私はもう、後悔をしたくなかった。
だから、彼女の元に足を向けた。
彼女に謝るために。
「・・・陽ちゃん・・・・・・」
「由美・・・ちゃん・・・。ごめんね・・・・・・ごめんね、由美ちゃん・・・・・・」
苦しそうに、何度も彼女は私に言った。
「ごめん」と。
何も悪くないのに。
彼女は何も悪くないのに。
何度も弱々しい声で私にそう言った。
私は首を振り、彼女の手を握り、涙を流しながらもはっきりと彼女に言った。
「・・・ごめんね、陽ちゃん。私がいけなかったの・・・・・・」
すると、彼女は弱々しいながらも笑ってくれた。
こんな私に、笑ってくれた。
だから思わず、私は彼女に思ったままを告げた。
「ひどいことを言ってごめんね、陽ちゃん・・・・・・。・・・生きていてくれて、ありがとう・・・・・・」
彼女に嫉妬を感じたその日。
私は命の儚さ、危うさ、そして尊さを思い知った。
そして、彼が彼女を大切に思うその気持ちが、本当に手に取るようによくわかった日だった・・・・・・。