Step6: 特別な関係―――後
私は、自分勝手だった。
彼が彼女を大切にするのは、彼女が元気に過ごす時間が本当に貴重だから。
それなのに、私は自分勝手だった。
彼にやってほしいこと、してほしいことばかりを想って、相手のことを何も考えていなかった。
彼が私の気持ちを考えてくれていないわけじゃない。
辛い時は一緒にいてくれたのだから。
相手の気持ちを考えていなかったのは、私の方だった。
だから、私も彼女の時間を大切にしようと、心からそう思った。
そうして、彼がいつか、私の気持ちに気付いてくれたらそれでいい。
願うのは、それだけだった。
もう、私と彼の関係について、深く考えたりすることもなくなった。
友達以上恋人未満。
それならそれで、いいじゃないか、と。
「ねぇねぇ、聞いて聞いて」
陽ちゃんのお見舞いに行くと、すっかり元気になった彼女がうきうきと私に話しかけた。
あの夜は、一時的な発作だったようで、たしかに状態は危うかったものの、山を越えたらまた安定したらしい。
その発作の原因は、心因的なものだったのではないか、と私は心を痛めているのだが・・・・・・。
けれど、彼女はあれからいつものように私に接してくるので、私も何もなかったかのように彼女と仲良く話をしていた。
そうして何週間か過ぎたある日、お見舞いに行ったら突然彼女が楽しそうに話しかけてきたのだ。
「どうしたの、ずいぶんうれしそうじゃない?」
「ふふふ、だって、とてもおもしろい話を聞いちゃったんだもの」
「なになに?」
何やら上機嫌の陽ちゃんに、なにがそんなに楽しいのか私もうきうきしながら尋ねる。
けれど、彼女はもったいぶってなかなか教えてくれない。
「ん〜、でも、いきなり教えるのもな〜」
「え〜、ここまで言っておいてもったいぶるのはナシだよ、陽ちゃん」
普通の女子大生がふざけ合うみたいに、私たちもふざけ合う。
そういう時間が何よりも大切だと思えるから。
「最近さ、由美ちゃん、よくお見舞いに来てくれるじゃない?」
「え?あ、うん。陽ちゃんに会いたいし」
いきなり彼女にそんなことを言われ、私はドキっとしながらも正直に答えた。
彼女に会いたいと思って、私は前よりももっと病院にお見舞いに行くようになった。
もう、後悔はしたくなかったから。
そんな私の少し後ろめたい思いなど余所に、彼女はくすくすと笑ってその先の話をする。
「由美ちゃん、最近浩に会ってる?」
「井上くんに?そういえば・・・・・・試験期間中だから、会ってないかも」
「やっぱり」
大学は今、試験期間中だから、井上くんと一緒に受講していた講義ももうない。
あとは試験の日を残すだけだ。
だから、唯一大学で会うことができたその講義がなくなったことによって、井上くんとは会うことが難しくなっていた。
そういえば、最近病院でも会っていない気がする。
「そういえば、最近井上くんを病院で見かけないね?」
「浩ね、なんか、バイトを増やしたみたい。だから、最近お見舞いも夜遅くだったりするんだ〜」
「そっかぁ、それでなかなか会えないのね」
「・・・寂しい〜?」
ニヤっと私をからかうように笑う陽ちゃん。
そんな彼女の反応に、私は観念して正直に言った。
「・・・寂しいよ。やっぱり会いたいと思うじゃない?」
「ふふ、じゃぁ、そんな素直な由美ちゃんにおもしろい話を聞かせてあげる」
実に楽しそうに、彼女は私を手招きする。
私はさらに彼女に椅子を近づけて、彼女の話をこっそりと聞いた。
「浩がね、昨日お見舞いに来た時に、由美ちゃんと最近会えないってぼやいてたの」
「井上くんが?!」
私に会えないことをぼやいてくれるなんて、たとえ友人としてでもうれしい。
それだけ、彼の中で私の存在がしっかりと確立されているというわけなのだから。
すると、彼女はまだその続きの話をしてくれた。
「だから、私は最近毎日のように由美ちゃんに会ってるよって自慢したら、『ずるい』だって」
くすくすと彼女は笑ってそう言う。
「ずるい」と彼はそう言ったという。
それは、どうとっていいのだろうか。
私にとって都合のいいようにとっていいのだろうか。
彼が「ずるい」と言ったのは、
私が彼女と会ってばかりいることではなく・・・・・・
彼女が私と会ってばかりいることを言っていたのだと・・・・・・。
「だからね、せっかくだから私、聞いてみたの。浩って、由美ちゃんとのことどういう関係だと思ってるのって」
「え・・・・・・」
それは、私が一番知りたかったこと。
一番聞きたかったこと。
でも不安で聞けなかったこと。
それを彼女が彼に聞いたのだという。
私と彼の関係のことを。
「・・・それで、井上くんは・・・・・・なんて・・・?」
「浩はね、由美ちゃんとのことを『特別な関係』だって言ってたよ。一番支えてもらった存在だって」
ふわり、と彼女は笑ってそう教えてくれる。
彼が思っている、私との関係のことを。
特別な関係。
それは、どうとでもとれる、あいまいな表現。
でもそれは、友達には留まらないという意味でもある。
特別な関係。
彼にとって、私は『特別』なのだと思っていいのだろうか。
私にとって、彼が『特別』であるように。
「あ、珍しい。噂をすれば、浩だ」
窓の外を眺めていた彼女が、そう呟く。
思わず私まで窓の外を眺めてしまう。
すると、ちょうど彼が顔を上げてこちらの病室に手を振った。
「よかったね。久しぶりに会えるね〜」
からかうように彼女が笑う。
私は顔を赤くして、それでも笑い返す。
もうすぐ、彼がここに来る。
『特別』な彼がここに。
私は彼のことを「井上くん」と呼ぶ。
彼は私のことを「乾サン」と呼ぶ。
今はそれでいい。
今は、それで満足できる。
私と彼の関係は「特別な関係」なのだから。
そうしていつか、「恋人同士の関係」になることができたら・・・・・・
お互いの呼び方も変わるのだろうか。
そうしてまた、悩みも尽きないのだろう。
だけど、今はそんなことを考える必要もない。
私たちはまだ、そんな関係ではないのだから。
今はゆっくり待とう。
「特別な関係」だと言った、彼がここに来てくれるのを。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
中途半端かもしれませんが、これでこのお話はおしまいです。
もともと、ふたりの関係を明確化して終わらそうとは微塵も思ってなかったので(笑)
彼が由美ちゃんにどのように関係を進展させる言葉を告げたのか、それはみなさんのご想像におまかせします(笑)
番外編は考案中なのですが・・・・・・まだ、ちゃんと書くかどうかは未定です(笑)
短期集中連載ということで、至らないところも多々あるかと思いますが、ちょっとした紫月の挑戦だったので、ちゃんと終わりを迎えられて満足です。
考えてみたら、現代ものって初めて書いたかもしれません。いつもついつい非現実的なものを入れてしまうので(笑)
表面的なやりとりを、というよりは、心情を追いかけていくような作品に・・・なりましたね、いつのまにやら(笑)
そういえば、お気づきの方もいらっしゃってるかもしれませんが、シリアスな展開のさなか、Step5の前編で紫月はある遊びをしました(笑)もともとそういう裏設定のつもりではいたのです(笑)
あるシリーズをお読みいただいている方にはわかるようになってます(笑)
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
他作品もぜひよろしくお願いします。
紫月 飛闇