Out of Step :Egoist
それが、彼女のためではないかもしれない。
それは、ただの俺たちの自己満足でしかないのかもしれない。
だけど、引き返せない。
選べない。選ばせてあげられない。
これは、俺のエゴだとわかっていて、残酷なことかもしれないとわかっていて、
それでも、止めることはできなかった。
一分一秒でも長く、彼女に生きていてほしいから。
「あ、浩、来てくれたんだ」
病室に顔を出せば、俺の双子の姉、陽は名のごとく太陽のように明るく笑った。
「コレ、見舞品」
「え、なになに?!わぁ、プリンだ!!しかも新作?!」
「期間限定だって」
「やった!!さっすが浩、わかってる〜!!」
「陽が太るものが好きだってことくらいはわかってるよ」
「一言二言余計ですよ、浩くん」
俺が持ってきた見舞品に上機嫌になる陽。
いつものようにふたりでふざけあって、笑い合う。
自由の少ない彼女のために、俺は何でもする。
彼女をこの白い鳥籠の中に閉じ込めてしまったのは、俺のせいだから。
俺が・・・・・・生まれてきてしまったから・・・・・・。
俺と陽が、双子であるばかりに、体の弱い母は死に、陽は双子というリスクを背負い、心臓が不完全なまま。
同じ双子の弟として生まれた俺は、至って健康体。
それがむしろ、俺の心を蝕んだ。
まるで、俺がふたりから全てを奪ったようで・・・・・・。
成長するにつれて、健康体の俺と、病を抱える陽の生活習慣に差が広がっていった。
陽は俺を責めたり文句を言ったりすることはなかったが、時折起こす発作が、俺をじわじわと追い詰めていった。
そうして、段々俺は俺の世界を持つようになり、そこに身を置くようになった。
陽から目を反らし続けた。
その愚かな行為を、後悔する日が来るとも知らないで。
ある日、発作を起こし倒れている陽を見つけ、慌てて彼女を病院に入院させた。
発見が遅れた彼女の体は発作で弱まっていて、それ以来、退院ができないでいる。
大学受験はおろか、高校の卒業式にすら参加できず、自由を奪われた彼女は、それでも、太陽のように明るく笑った。
・・・だけど、俺は知っている。
俺は、父親から聞いている。
陽は長く生きることは難しいのだということ。
もしかしたら、もう、病院を出ることは難しいのかもしれないのだということ。
彼女は、誰よりも外の世界で暮らすことを楽しみにしているというのに。
「ねぇねぇ、浩。大学生活はどう?楽しい?友達できた?!」
プリンを口に運びながら、陽は無邪気にそう聞いてくる。
俺は、彼女から視線を反らして短く答えた。
「・・・・・・どうってことないよ。友達はまぁ、できたけど。希薄な関係だよ」
「まったく、そんなつまんなそうな顔をして。せっかく青春の大学生活を送ってるんだから、もっと楽しそうに大学に行かなきゃだめよ、浩?」
呆れたように苦笑する陽に、俺は小さく頷くだけで答える。
でも、楽しい大学生活を陽に話すことなんて、俺にはできない。
陽の自由を犠牲にして、俺は大学生活を送っているようなものだ。
陽はこの白い箱庭の中でしか生活できないのに、俺はどこへでもいけるのだと自慢しているように思えて・・・・・・。
「あーあ。早く私も退院したいな〜」
プリンを口に運びながらぼやく陽に、俺は何も言えずにただ彼女の顔を見つめる。
やはり、これは俺のエゴでしかないのだと、自らに自覚させるかのように。
「浩?」
「・・・・・・なんでもない」
沈黙した俺を心配した陽が顔を覗きこんでくる。
俺はそれに笑んで返して何でもないのだと伝えると、陽も安心したのか再びプリンを食べることに集中しだした。
自由のない陽。
この小さな白い鳥籠の中でしか生活できない陽。
増えていく薬。
頻度を増す検査。
繋がれていく管。
それは、一分一秒でも長く生きるために。
一分一秒でも長く、一緒にいられるように。
けれど、思ってしまう。
彼女は本当にそれを望んでいるのだろうか。
本当は、命を削ってでも、外の世界で生きたいのではないか。
苦痛と引き換えにしても、自由を得たいのではないか。
たとえ、長く生きられないとしても。
いや、長く生きられないからこそ。
この箱庭の中にいても、ただ寿命を延ばすだけしかできないのに。
彼女から自由を奪っていることに変わりはないのに。
それでも、『俺たち』が彼女に長く生きていてほしくて、閉じ込めてしまう。
彼女の意志など聞かずに、真実を告げずに。
これは、俺たちのエゴ。
「あー、おいしかった。ありがと、浩」
食べ終わったプリンのケースをゴミ箱に捨て、陽は俺に笑いかける。
明るい、真夏の太陽のような笑みで。
・・・・・・1日でも長くこの笑顔を見ていたいから。
だから、俺は君をここに閉じ込めてしまう。
「・・・・・・これくらい、お安い御用だよ」
君の本当の望みを奪っているのだから。
俺の、自分勝手なエゴで。
※ ※ ※ ※ ※ ※
え〜っと、番外編を書きたいな、と思い「Out of Step」シリーズをつくったわけですが・・・・・・まさかの一作目から重い・・・・・・。
すいません、紫月の気分がそんな気分でした(汗)
本編では省いたふたりのデートの話や、その後のふたりの話など、思いつくままに気ままに更新すると思います。
2011.2.2