<朔月>

〜前編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて愚かだったのだろう、いくら後悔しても足りない。

まさかこの世に、あんなものを造り出してしまったなんて。

 

 

静かにずっと、眠らせていれば、誰も何も手を出すこともできなかったのに。

謎を謎のままにしておけば、それでよかったのに。

 

 

 

なぜ、こんなことになってしまったのだろう。

自分はただ、謎を追い求めたい探究心から、研究を続けていただけだったのに。

その先にあるものを知らず、教えられず、ただ謎を明かすことだけを考えればよかったから。

だからずっと、その研究だけを続けていたのに。

それを読み解く装置を造り出したときの達成感は、たしかに心地よいものだったのに。

 

・・・その装置が読み解いたその先にあるものを、知ることさえなければ。

 

 

 

 

 

自分が所属している研究所について、深く知ろうとしなかったツケがここで回ってくる。

見て見ぬふりを続けていたのだ。

冷静に考えれば、自分が所属している研究所が、それをバックアップする機関が、あまり褒められたものではないことはわかっていたはずだった。

自分とは違う研究所で研究している仲間たちが、法に触れるような研究を続けていることも知っていた。

それでも、自分が望む研究を余すことなく続けていけることに、満足感を得ていたのだ。

他のことはどうでもよかったのだ。

研究さえ続けることができれば。

・・・・・・それなのに・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・もう、死ぬしかないかな・・・・・・」

寝静まった夜の街を見下ろしながら呟く。

今夜は新月・・・・・・朔夜。

月の光さえないこの夜に、いっそ、ここから身を投げてしまえば・・・・・・。

 

 

 

 

「お兄さん、若いのに自分から命を絶つつもり?」

 

 

 

 

まさかこんな場所で誰かの声が聞こえるとは思わなかったから、驚いた。

だって、ここには自分しかいないと思っていたのだ。

・・・・・・自分くらいしか、ここには立ち入れないと。

 

 

 

 

ここは、イタリア、花の街フィレンツェのシンボルである聖堂ドゥオーモの最上階。

こんな月の明かりもない深夜に、こんな場所に侵入して、わざわざ夜景を見るような馬鹿は、自分くらいだと思っていたのに。

しかも、声をした方向を見れば、なんと、さらに危ない場所に立っているではないか。

少女が。

 

 

 

 

「・・・・・・どうして・・・こんな場所に・・・・・・」

「ここが好きだから。一番いい眺めでしょ?」

少女が立っていたのは、落ちれば一瞬で肢体が潰れるであろうほどの高さのドゥオーモの最上階の柵の上。そこに危なげなく立っているのだ。

夜空に溶けてしまいそうな黒服の少女が。

 

 

 

 

「お兄さん、変わっているわね。普通はもっと驚くものじゃない?こんなところにこんなかわいらしい女の子が立っていたら」

くすくすと笑いながら、少女は柵の上から彼を見下ろす。

月の明かりもないここでは顔は見えないが、声から察するにまだ幼い少女のそれだと推測できる。

 

 

 

「お兄さん、死にたいの?何か死にたいことでもあったの?」

くすくすと笑う夜の妖精が、問いかけてくる。

腕一本分の幅もないその柵の上で、不思議なくらいの安定感を保ちながら、少女は屈んでこちらに顔を近づけてくる。

「楽しいことがないの?」

「・・・・・・楽しいことなんて・・・ない」

「それは残念。じゃぁ、死んでしまう前に、ここに来て。夢を見させてあげる。それから死ぬかどうか、考えてみたら?」

そう言って、少女は一枚のチケットを差し出してきた。

突然の展開に、彼はただおとなしくそれを受け取るしかなかった。チケットが彼の手に渡るのを確認すると、少女は再び危なげなく柵の上で立ちあがった。

 

 

 

 

 

「お兄さん、この世の中は辛いことや理不尽なことばかりだけど、がんばってみると、案外捨てたものじゃないのよ。絶対来てね」

 

 

 

そう言い残し、少女は柵から飛び降りた。

その思わぬ行動に、慌てて彼は眼下を見下ろす。しかし、少女の姿はない。少し見渡すと、器用にワイヤーを張り巡らせながら、屋根から屋根へと飛び移っていく少女の姿が見えた。

月明かりもないため、あっという間に少女の姿は闇に消えてしまう。

夢ではなかったのかと思うほどに。

けれど、この手に握られているチケットが、夢ではない証。

 

 

 

 

 

こんなものを観に行って気晴らしでもしろというのか。

こんなものを観に行っても、自分の罪が消えてなくなるわけじゃないのに。

そう、これはもう、消せない罪。

後戻りのできない、罪過。

償うには、死ぬしかない。

・・・・・・だが、本当に死ねば、その罪は消えるのか・・・・・・?!

ただ、逃げるだけじゃないのか・・・・・・?!

 

 

 

ふと、先程の不思議な少女の姿が脳裏をよぎった。

もう一度、会いたいと思った。もっと話をしたいと思った。

なぜ、あの少女がこんなところにいたのか。

妖精のように軽やかな身のこなしで、何をしていたのか。

 

 

 

 

 

・・・・・・会いたい。

もう一度、あの少女に。

彼は手の中のチケットをそっと握り締め、夢ではない夜の不思議な現実を確かめる。

このチケットの先に行けば、会えるのだろうか・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・・・・サーカス・・・か・・・・・・」

このサーカスのチケットが、彼に何を導くのか。

朔夜の出会いが何を生みだすのか。

 

 

 

 

 

 

これが数奇の運命の出会いであったとは、そのときはまだ、誰にも予想がつかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*******************************************

「初めまして」の読者様と「いつもありがとうございます」の読者様がいらっしゃるかと思いますが、お立ち寄りいただきありがとうございます!!

 

さて、いよいよこのお話に手を出してみました!!

今回のこの話は、「紫月の物置き場」5周年の記念番外編として書き始めました。

「あたしの恋人」というシリーズのスピンオフ番外編になりますが、初めて読んでいただける方にもおわかりいただけるように書いて・・・るつもりです(汗)

 

以前、「あたしの恋人」シーズン1、2010年に書いたお話でも、この話を書きたいと言っていたのですが、そのときは「全5話で書きたい」と言っていたのですが、全5話どころじゃなさそうです・・・(笑)

 

とりあえず、普通にふたりの出会いのお話を楽しんでいただければと思いますので、ぜひともよろしくお願いします〜☆彡 

 

 2013.11.13

 

BACK

 

 

 

 

inserted by FC2 system