<下弦の月>

 

〜後編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪に下弦の月が隠された夜。

あたしも雪に隠れるようにして、サーカス団を飛び出した。

団長にだけ別れを告げて、お世話になったみんなには黙って出て行く。

心苦しい思いがあったけれど、あたしは自分の新しい道のために、その手段を選んだ

みんなにお別れを言っていたら、決意が揺らいでしまうような気がしたから・・・・・・。

 

 

あたしの荷物は大きな鞄ひとつだけ。

それだけを持って、あたしはソウマを追いかけて日本に向かう。

打ち上げで賑わう宿を名残惜しく見守りながら、あたしは歩みを進めた。一歩一歩歩くたびに、みんなとの思い出が走馬灯のように思い出される。

物心ついたころからずっと一緒にいたサーカス団のみんな。あたしがここまで演技をこなせるようになったのも、みんながあたしに色々な技術を教えてくれたから。

時に厳しく、時に優しく、貧乏で苦しいときでもみんなで笑って過ごした。

ごめんね、みんな。勝手にサーカス団を出て行って・・・・・・。

思い出すたびに泣きそうになるのをなんとか堪えた。

泣いたら思い出まで流れてしまうような気がしたから。

 

 

 

唇をかみ締めて、真っ白な雪が舞う町を歩く。

すっかりみんながいる宿の明かりが見えなくなったところで、詰めていた息を吐いた。

真っ白な息がふわりと宙を舞った。

この選択でよかったのか、不安はある。

でももう、引き返せない。

それに、もうあたしには帰る場所はない。

サーカス団が、いずれ解散されてしまうから・・・・・・。

 

 

 

「ルナ」

 

 

 

聞き慣れた声に名前を呼ばれ、あたしは再び息を詰めた。

サーカス団の中でも、特にあたしと過ごす時間が長かった存在。

小さなあたしのナイト。

大切な、片割れ。

 

 

 

「・・・・・・ジョン・・・・・・」

本当は、ジョンと離れるのも辛いし悲しい。

だから、ジョンにも何も言わずに、そっと手紙だけ残してみんなの元を去ったのに・・・・・・。

泣きそうな表情で、ジョンはこの雪の舞う町の中で腕を組んであたしの視線の先にいた。

まるであたしを待ち構えていたかのように。

「・・・・・・ジョン、どうして・・・・・・」

「打ち上げの場にルナがいないから、もしかしてと思って、走って先回りした」

ということは、あたしの手紙を読んだわけではないらしい。

それでも、その少ない情報でこれだけ先回りしてしまうのだから、恐ろしい勘を持っている。

 

 

 

「行くなよ」

たった一言。

ジョンはあたしにそう言った。

その一言が、重く、あたしに飛び込んでくる。

今にも泣きそうなその表情のまま、叫ぶようにジョンはさらに言った。

 

 

 

「好きだ。だから、オレを選んでよ」

 

 

 

 

 

それは、幼い少年の戯言などではなく、<男>としての告白だった。

彼は真剣にあたしを想い、その気持ちを打ち明けてくれた。

そんな健気で勇気ある行動に、あたしの決意も固まった。

あたしも、自分の気持ちを伝えに行こう。

そのためには、この少年を遠ざけなければいけないのだけれど・・・・・・。

 

 

 

 

「なぁ。なんでおまえまで一緒に行くんだ?アイツの目的も果たせたのだから、一緒に行くことないじゃないか」

言葉に詰まるあたしに、ジョンは被せるように言う。何とかして、あたしを説得しようと試みようとするかのように。

だからあたしは、首を横に振って、正直な気持ちを彼に伝えた。

「・・・・・・そうじゃない。あたしが一緒に行きたいの。ついていきたいの、彼に。あの人は孤独に耐えられる人だわ。でも、もう、あたしは無理なの」

「さみしいなら、オレが一緒にいてやるよ」

必死になってジョンは食らいついてくる。それでも首を縦に振らないあたしに、とうとうジョンは俯いて呟いた。

「・・・なんで、アイツ、なんだ・・・。なんで、ここを出て行くんだよ・・・・・・!!」

今にも泣きそうだったジョンが、とうとうぼろぼろと涙を流す。そんな彼の頭を撫でようとして・・・・・・それは、ジョンが嫌う子供扱いだと思い、手を引っ込めた。

「ごめんね・・・。でも、忘れないから・・・・・・」

「・・・どうしても、行くんだね・・・」

「うん・・・」

 

 

 

 

もう、決めたから。

あたしは、彼の悲痛な問いかけに、残酷なまでにしっかりと頷いた。

すると、めげずに彼は顔を上げてあたしに言ってきた。

「じゃぁ、オレも連れて行ってよ」

さすがにそれにはあたしも驚いて、即座に首を横に振った。

「危険なの。あなたを連れて行けない」

日本は、必ずしも安全とは限らない。ソウマと共にいれば、もしかしたらあの研究所の仲間たちに狙われることもあるかもしれない。ジョンまでそれに巻き込むわけにはいかない。

けれどジョンは、それさえも揚げ足をとってきた。

「そんな危険なところに、行かせられない」

「・・・・・・いいの。これは、あたしが決めたことだから」

「・・・嫌だ、だったらオレも行く・・・・・・!!」

まるで駄々っ子。

ジョンはあたしにしがみついて、連れて行けとせがんできた。あたしは扱いに困って、少しだけ背の低い彼を引きはがす。

「・・・・・・お願いよ、いい子にしてて・・・・・・」

「・・・・・・っ!!子供扱いするなって言ったろ?!なんだよ、しおらしくなって!!それもアイツに言われたのか?!そんな風にしょげてるのなんて、全然おまえらしくなんかないんだからな!!」

 

 

 

 

ジョンの叫び声に、はっとあたしも我に返る。

自分らしくない。

そう言われて、ふっとあたしは苦笑してしまう。

やっぱりジョンは、誰よりもあたしの一番の理解者だ。

だから、あたしは<あたしらしく>彼と別れることにしよう。

 

 

 

 

 

「・・・・・・そんな風に我儘を言うなら、まだまだ子供ね。べつにしおらしくしているつもりはないけど、でも、そうね、ちょっとセンチメンタルになってたかもね」

「・・・なんで?」

「もう、きっと、ここには戻ってこないから」

「でも、オレはずっと一緒にいたい」

「それは無理なの。いい加減聞きわけなさい」

「・・・・・・それは、オレが子供だから?」

不服そうに問うジョンに、あたしは首を横に振った。

彼が子供だから、というのは彼のプライドを傷つける。ジョンを連れて行けないその理由は、彼が子供だからという理由だけではない。

 

 

 

「違うわ。あなたに、『力』がないからよ」

その返答に、ジョンは一瞬きょとんとしていたが、すぐに挑戦的な視線を送ってきた。そして、予想通りの問いを投げかけてきた。

「・・・・・・じゃぁ、『力』をつけたら、迎えに行っていいんだな?」

「いいわよ」

「どうしたら認めてくれる?『力』をつけたって」

そんなの、あたしにだってわかるわけない。

何を基準にするべきかなんて・・・・・・。

ジョンをどう誤魔化そうかと思案していると、ふと、思い出した。

ソウマが教えてくれた、彼の苦しみの根源を。

ジョンを巻き込むつもりはないけれど・・・・・・たぶん、彼には辿りつけないだろうから、ヒントを与えるくらいしてもいいかもしれない。

「じゃぁ・・・・・・あたしの欲しいものを集めておいてくれる?」

「欲しいもの?あぁ、なんだって集めてやる!!」

「本気?!」

「本気だ」

「・・・綺麗事じゃすまないわよ?・・・盗みだってやってもらうことになるかも」

「・・・・・・いいぜ。今更盗みにビビるわけないだろ?オレだっておまえの仕事、手伝ったことあるだろ?」

ヤケクソになっているのか、ジョンの瞳に狂気が宿る。

それには身に覚えがある。

あたしもまた、<銀月の妖精>として活動しているときには、そんな狂気が宿るときがある。だから、あたしは彼に忠告した。

 

 

 

「ジョン、これだけは守って。『決して誰も傷つけないこと』。他人も、そして、自分も」

「・・・・・・わかった」

あたしの忠告に頷くジョンの瞳は、いつもの彼のそれに落ち着いていた。

それに安堵して、あたしは詳細を彼に話した。

「いい?あたしが集めようとしているのは、あるシリーズで、全部でいくつあるかもわからないの」

「いいぜ、やってやる。ここでそれを集めたら、迎えに行っていいんだな?」

「えぇ、待ってるわ」

「・・・・・・それで?そのシリーズの名前は?」

ジョンに集めるように頼んだのは、ソウマが開発してしまった<レーザー>に関わるもの。

その<シリーズ>に組み込まれている暗号を読み取るための装置を、ソウマは開発してしまったのだ。

<シリーズ>は、あの危険な研究所の連中も狙ってる。だから本当はジョンには関わってほしくなかった。それなのにこの話をしてしまったのは・・・・・・やっぱり、ジョンには嘘を付けない、ということなのだろうか。

それでも、シリーズの名前を尋ねてきた彼に、あたしは悪あがきの嘘をつくことにした。

彼があたしとソウマが直面しようとしている問題に、関わったりしないように。

「シリーズの名前は・・・・・・<Lost Birthday>」

<失われた誕生石>。

その名前を伏せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろ髪を引かれる思いでジョンを振り切り、あたしはフィレンツェ空港に直行した。

もう、迷いも不安もない。あたしは彼についていく。ただ、それだけだ。

空港に着き、ラウンジを見渡す。いつの飛行機なのかどうかもわからないくせに、あたしは彼を探すように空港を走り回った。

真っ白な銀世界となった滑走路が窓から見えるベンチに、彼はいた。

どこを見ているのかわからない瞳で、ぼうっと窓の外を見てる。

「ソウマ!!」

あたしは思い切り彼の名前を呼び、駆け出した。名前を呼ばれた彼は、驚いた様子でこちらを振り向く。

思わず後ずさる彼の腕を、あたしはしっかりと捕まえた。

 

 

 

「あたしも一緒に日本に連れて行って」

「ルナ・・・・・・?君、なんで・・・・・・」

「あたし、あなたと一緒に日本へ行きたいの」

「そんな・・・・・・だって、君はサーカス団が・・・・・・」

「団長に追い出されたわ」

驚愕のあまりおろおろとしているソウマに笑いかけ、そして逃がさないようにぎゅっと抱きついた。

ソウマの手は、ただぶらんと力なく下ろされたまま。

 

 

 

 

「あたし、もう帰るところがないの。だから、あなたと一緒に日本へ行きたい」

「・・・・・・無理だよ。危険だ。俺は・・・・・・俺は、あの研究所に命を狙われている・・・・・・」

「そうでしょうね。それくらいは予想できていたわよ」

さらりとあたしが肯定すると、彼はさらに目を丸くしていた。

「じゃぁ、なんでそんな危険なところへ行こうなんて・・・・・・」

そういうこと尋ねるのは、相当鈍感かズルイのだと思う。

けれど、明らかに動揺している彼はわざわざあたしを試しているわけではなさそうだし、性格的にも前者の方だろうな、と思った。

そこで、あたしは逆に動揺している彼を試してみることにした。

 

 

 

 

「・・・・・・ねぇ、ソウマはクリスマスに日本へ帰るってあたしに言ったわよね?」

「あ、あぁ・・・・・・」

「じゃぁなんで、まだこのフィレンツェ空港にいたの?朝一の飛行機で日本に帰ることだってできたでしょう?」

「それ・・・・・・は・・・・・・」

ただ単にチケットが取れなかっただけかもしれない。

これはただのあたしのうぬぼれなのかもしれない。

でも、即座に理由を言わないソウマに、あたしはにやりと笑って言ってやった。

 

 

 

「ソウマ、心のどこかで、あたしを待っていてくれたんじゃないの?」

 

 

 

 

途端、顔を赤くするソウマ。

案外図星なのかもしれないと思うと、うれしさと恥ずかしさで、あたしは彼の腰にまわした腕の力をさら強くしてしまう。

そして、彼の胸に顔を押し付けて、あたしは、言った。

ジョンがあたしに言ってくれたように。

 

 

 

「好き。あたし、ソウマのことが好き。だから、あたしも日本に連れて行って。どんな危険があっても、あなたを守るから」

 

 

 

 

 

ぴくっとソウマの体が震える。

ここで拒絶されたら、あたしは本当に行き場がない。けれど彼は、力なく下ろしていた両腕であたしを包みこみ、小さく呟いた。

「・・・・・・ありがとう」

 

 

 

 

それは、雪に隠された下弦の月の夜の話。

その夜、あたしの運命は大きく動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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この回はですね、紫月はノリノリで書きました☆

というのも、ルナとジョンの別れのシーン、あれは4年前にジョン側の視点で書いていたので、やっとルナ視点でこの話を書けました♪

ジョン視点でのこの別れのシーンは、「あたしの恋人」番外編「白雪の約束」にありますので、もしもよろしかったら、そのお話だけでも読んでみてください♪

 

さて、話は急展開。ルナとソウマで日本へ渡ることになりましたが・・・まだもう少し、お話は続きます。

 2014.4.30

 

 

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