<暁月>

 

〜後編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家も家族も失った俺は、切り替えも早く行動にうつした。

両親の残した遺産を使って、すぐに家を建てた。慣れ親しんだ田舎の町ではなく、都心に近い町に。

・・・・・・あの研究所が近い場所に。

 

 

 

全てを失った俺がすぐさま行動的に動き始めたことに、ルナはいつも心配そうにしていた。

もっと心を閉ざし、意思喪失してもおかしくない状態だ。

なにもかも自暴自棄になって、自殺すら考えることも。

・・・・・・家族は俺のせいで殺されたのだ。俺が家族を殺したようなものだ。

ぬけぬけと生きているのも愚かしい。

それなのに、俺は生きるために新しい家を建てた。その行動力が、ルナには信じられないようだった。

 

 

 

 

 

「ソウマ?そんなに一気に動いて、無理してない?なんだか最近、全然寝てないみたいだし・・・・・・」

「大丈夫、眠くならないだけだ。体も元気だし、心配いらないよ」

何度も俺の体を、心を、心配してくれるルナに、俺は微笑んだ。すると、そのたびに彼女はさらに傷ついたような表情を浮かべた。

「・・・・・・ソウマ、場所を変えて家を建てて良かったの?あの場所に家を建て直すことだってできたのに・・・・・・」

「いや、これでいいんだよ。あの場所はすでに研究所の連中に知れているから、今度は近所に被害がかからないとも限らない。あんな田舎町じゃぁ、すぐに色々な噂がたつだろうしね」

「・・・・・・そう、なんだ・・・・・・」

家を持ったことがないというルナを、俺はまだ新しく建てた家に案内していなかった。

というよりも、まだ俺も住んでいなかった。どうしても新しい家には、細工をしておきたかったから。

何かから逃れるかのように、寝食を忘れて、俺はその作業に没頭した。

ルナはただ黙って、それを見守ってくれていた。けれど、何をしているのか、時々夜遅くまでホテルに戻ってこないときもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望を与えられた暁月の夜からちょうど1ヶ月ほど経った、同じ月の夜。

俺は彼女とともに新しい家に向かった。

「入って・・・・・・いいの?」

「あぁ、ルナが最初のお客様だ」

何度も何度も細工をこなし、実験を繰り返した、特殊なその家に、俺はルナを招いた。

なにがどう特殊なのかは、きっと五感の鋭い彼女ならわかるはずだ。彼女はぐるりと家の外観を見渡してから、ゆっくりと玄関の扉を開けてくぐった。

「・・・・・・っ!!」

途端、彼女の体がぐらりとふらつく。俺は確かな確信を得ながら、彼女を支えた。

「大丈夫かい、ルナ?」

「これ・・・・・・は・・・・・・?」

「平衡感覚が鈍る感じ?」

「え、えぇ・・・・・・」

彼女の肩を支えながら、俺はにやりと笑った。

「じゃぁ、成功だ」

「何か、細工でも?」

「そういうこと。盗聴器の類が仕掛けられても無効化できるように、磁場を狂わせているんだ。それがきっと、ルナのように五感の鋭い人には平衡感覚も狂わせるものになるのかもしれない」

「そんな装置を・・・・・・」

「あらゆる装置の開発・研究は俺の得意分野だからね。これからもメンテナンスは続けないといけないだろうけど」

「・・・・・・この家で暮らすための、セキュリティ?」

「まぁ、そんなとこだな。どの道こちらのことは知られてしまうだろうけど、せめて情報が漏れないように。・・・・・・それと、こちらもそれなりの反撃ができるように」

「反撃?」

首を傾げるルナに軽く笑って、俺はさらに家の奥へと案内した。

1階の最奥の部屋に。

 

 

 

 

 

 

「書斎?なんていうか、さすが研究者ね。よくわかんない本がいっぱい」

ルナが半ば呆れたような口調で本棚を見渡している。俺はそんな彼女の肩越しに、小さな声で告げた。

「ここに、隠し部屋があるんだよ」

「隠し部屋?!そんなおもしろいものがあるの?!」

急に目をキラキラさせて反応してきた彼女は、年相応のやんちゃな少女に見えた。

・・・・・・まぁ、隠し部屋なんてものを増設しているあたり、俺もガキだとは思うけど。

俺はわくわくと期待しながら待っている彼女の前で、隠し部屋へと続く隠し階段を示した。

「地下に続いているの?」

「そう。隠し部屋といっても地下室なんだ」

少々狭い階段を下りていくと、そこにあったのは、倉庫のように窓もない、薄暗い部屋。

「まだここは、荷物を置いてないのね」

「ここは研究室だから、ね」

「研究室?一体何の?」

そう問うルナは、おそらく答えを予想できているのだろう。それでも俺の口からその答えを聞くことを、彼女は望んでいるようだった。

だから俺は、懐からフロッピーを取り出して静かに告げた。

 

 

 

 

 

「<レーザー>の開発・研究だよ」

「・・・・・・なんで、そんなことを・・・・・・!!あれは、もうイタリアの研究所で壊したはず。あれのせいであなたは苦しみ、そして、こんなことに・・・・・・!!」

「だからだよ」

泣きそうな顔で訴えてくる彼女に、俺はあえて静かに、なるべく激動しそうな感情を抑えて言った。

「<レーザー>にかかわったせいで、俺は全てを失った。家も、家族も、何もかも。もう、失うものもない。それなら、<レーザー>をあいつらよりも早く開発して、邪魔をしてやろうと思う」

「邪魔って・・・・・・研究所の連中の?それって、まさか・・・・・・」

「そうだよ。<失われた誕生石>を俺も集めて、そして、この<レーザー>で読み取って暗号を無効化してやる」

「暗号の無効化・・・・・・?」

「<失われた誕生石>の中に組み込まれている暗号は、一度読み取られてしまうと消えてしまう。だから、研究所の連中は必死になって集めているんだ。誰かにあの暗号を読み取られてしまう前に」

「・・・・・・そう」

 

 

 

 

 

 

もう、何も失うものはない。

だから、何も怖くはない。

どうせ生きていても仕方のない残りの人生ならば、せめて復讐として、連中の邪魔くらいしたい。

少しでも報復することができれば、殺された家族への罪滅ぼしにでもなるんじゃないかと、俺はそう思っていた。

<失われた誕生石>をどう集めるのか、どう盗んでいくのか、そもそも情報をどうやって集めていくのか、何もわからないままだけど。

殺されるなら、それならそれでも構わなかった。

・・・・・・そう、これだけ用意周到に家を建てたけれど、俺はずっと、命は投げ出したままだった。

何かに没頭しなければ狂いそうな精神を、研究所への復讐への執念だけで繋ぎとめていた。

だから、<レーザー>をもう一度開発し、ひとつでも多く、奴らの邪魔さえできればそれでいい。

どこでのたれ死ぬことになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、ルナは俺の手の中にあったフロッピーをそっと手に取った。

「・・・・・・ルナ?」

「ソウマの決意はよくわかったわ。そうね、あいつらに復讐したいという思いがあるのは仕方のないことだと思う」

じっとフロッピーを見つめ、まるで自分に言い聞かせるように彼女は言った。そんな彼女を見つめていて、ふと、俺は気付いた。

彼女もまた、俺と一緒にいたら、あいつらに狙われてしまうのではないだろうか。

家族のように、残酷に殺されてしまうのでは・・・・・・。

急にそれに気付いた俺は、その事実が恐ろしくなり、彼女にここから離れるように言おうとした。だがそれよりも先に、彼女はおどろくべきことを口にした。

 

 

 

「あたしもその復讐に手伝うわ。<失われた誕生石>を集めるのは、あたしがやる」

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 

 

 

 

聞き返すのに、たっぷり3拍くらいはあったと思う。

あまりにもルナの発言が予想外すぎて。

よく言葉を飲み込めていない俺に、彼女は再度言った。

「ソウマは<レーザー>の研究をがんばって。あたしは<失われた誕生石>を集めてみるから。ふたりで日本にある研究所に復讐してやりましょう!!」

「ちょっ・・・・・・ちょっと待って、ルナ!!」

意気込む彼女に、思わず俺はストップをかける。彼女を正面から見つめ、慌てて問いただした。

「自分が何を言っているのかわかってるのか、ルナ?あいつらは、俺の家族を・・・・・・家を・・・・・・根こそぎ奪った奴らなんだぞ?!冷酷で残酷な組織だ。そいつらを相手にしようっていうのに、ルナを巻き込むなんてできるわけない。ルナまで、俺の家族みたいになったら・・・・・・!!」

「でも、あなたは死のうとしているもの」

きっぱりと断定的に、ルナは言った。そのはっきりとした物言いに、思わず俺が言葉を失う。

 

 

 

 

「あなたは死のうとしているわ、ソウマ。あいつらへ復讐すると言いながら、殺されても構わないと思っているでしょう?・・・・・・でも、あたしはあなたを失いたくない」

 

 

 

 

 

呆然としている俺に、ルナが抱きついてくる。しっかりと腰に腕を回されて、まるで離すまいとするかのように。

「・・・・・・あたしは、あなたを失いたくないわ、ソウマ。だから、ここまで一緒に来たの。お願い、あたしにも手伝わせて。あなたが生きるための理由をあたしに頂戴」

「・・・・・・俺が、生きるための理由・・・・・・?いや、でも・・・・・・」

「あたしを巻き込みたくないっていうソウマの優しさもわかってる。だけど、あたしは絶対に死んだりしない。ソウマ、あなたよりも先に死んだりしないって誓ってもいいわ。だから、あなたはあたしが守る」

俺の腰に抱きついたまま、ルナはなんだか滅茶苦茶な言い分を俺に訴えてくる。

滅茶苦茶なのに・・・・・・それなのに、俺の心には強く響いた。

ぽっかりと空いたままの心の穴に、温かく染み込んでいくような・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・・・・ルナ・・・・・・俺は、俺は・・・・・・」

その先の言葉に、俺は詰まってしまう。

何を言ったらいいのか、もうわからなかった。

ルナが俺のそばにいてくれることに感謝すべきなのか、反対すべきなのかも。

気付けば、涙が次から次へと流れて、止められなくなっていた。

情けなく泣き続ける俺の頭を、ルナは背伸びして優しく撫でてくれる。

 

 

 

 

「あたしがずっと、ソウマのそばにいるわ。だから、安心して」

ルナを失いたくない。そう思った。

彼女を巻き込みたくない。今もそう、思っている。

両極に分かれる自分の気持ちに挟まれて、俺は何も言えなかった。

どちらも、俺の本心だったから。

 

 

 

子供のように涙を流す俺の頭を撫でながら、彼女はくすりと笑って明るく告げた。

「それにね、ソウマ。あなたは<失われた誕生石>をどう盗むつもりなのかしら?盗むには、それなりの経験と手順が必要なんだから。この<銀月の妖精>に任せなさい」

とんとん、と背中を叩かれる。まるで母親がぐずる子供をあやすように。

 

 

 

 

 

ルナを巻き込みたくない。危険に晒したくない。

そう、思うのに・・・・・・。

離れたくない・・・・・・失いたくないと、思ってしまう。

この温もりを、もう失いたくないと・・・・・・。

 

 

 

 

 

「日本では、<銀月の妖精>と名乗ってはだめだよ。・・・・・・他の名前を用意しよう」

それは、とても残酷な返答だったと思う。

俺がそう言った瞬間、彼女は俺の問題に巻き込まれたのだから。

せっかくイタリアで足を洗ったはずの盗みという犯罪に、また染めさせることになってしまったのだから。

怖い思いをして泣いていたのに、さらなる危険に、彼女を連れ込んだのだから。

それなのに、彼女は笑っていた。とてもうれしそうに。

「じゃぁ、一緒に考えようね」

明るく、そう言って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の夜空のように真っ暗な絶望の中にいた俺は、今夜の暁月のわずかな光を求めるように、彼女の明るさを求めてしまったのだった・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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喪失感・絶望感から逃れるように、ソウマが精力的に動き出します。

それも、「死」に向かって、復讐心だけで。

そんな彼の心境を察知したルナが、彼を絶望の淵から引き上げます。

「孤独」を知っているルナだからこそ、ソウマの心境にも察知できたのだと思います。

 

さて、このシリーズも、残り1話。

お月さまは、またスタート地点に戻ります。

 

 2014.5.13

 

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