<三十日月>

 

〜前編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追え、逃がすなっ!!」

「絶対捕まえろ!!」

「こら、待て、怪盗月読〜!!」

バタバタと派手な足音を鳴らして、何人もの警察官があたしを追いかけてくる。

「待てと言われて待つ人なんているわけないじゃない」

くすりとあたしはひとり笑いながらそう呟き、警察官たちが追いかけてきた屋上の柵の上で、一礼した。

サーカスのピエロが、演目の終わりを告げるように。

「今宵もお集まりいただき、ありがとうございました。それではみなさま、ごきげんよう」

「あ、こら、怪盗月読!!その宝石は置いていけ〜!!」

一際元気な若者があたしに向かってそう叫ぶのが後ろから聞こえた。あたしはそれを無視して、夜の街へとダイブし、屋根から屋根へと飛び移って逃げていった。

 

 

 

 

 

怪盗月読。

それが日本でのあたしのもうひとつの名前となった。

ソウマと一緒に<失われた誕生石>を集めることを決意した、その時に。

ソウマは、あたしが関わることを拒絶していたけれど、心の奥では孤独に怯えていた。たったひとりで、抱えきれないほどの闇と罪を、彼は背負ってしまった。

「それはソウマのせいじゃないよ」なんて、軽々しくは言えない。すべては、ソウマがあの研究所に入ってしまったことから、始まってしまったのだから。

だから、その研究所にいる奴らに報復するために、彼らが集めている<失われた誕生石>を先に回収し、<暗号>を読み取り無効化してしまう。命を投げ捨ててでもそうすることを決意した彼のそばで、あたしは彼を助けたいと思った。

彼がすでに捨ててしまった命を、あたしは守りたいと思った。

だから、あたしはあたしのやり方で彼に協力することを申し出た。

幸いと、彼はどうやって<失われた誕生石>を回収していくのかは考えていなかったようだし、あたしは<銀月の妖精>としての実績がある。盗みを働いてばかりだった<夜の活動>に葛藤を抱いたこともあったけど、あのときほどあの活動をしていてよかったと思った瞬間はなかった。

そしてあたしは、日本でも<盗み>の活動を行うことにしたのだ。

 

 

 

 

 

「日本でも<銀月の妖精>で通したらまずいかしら?そもそも、あたしが名乗った名前じゃないけど」

「それはまずいだろうね。容姿も少し変えたほうがいい。できれば手口も。ヨーロッパを巡っていた義賊が日本に現れたとなれば、同時期にイタリアから日本へとやってきたルナのことを特定されてしまう可能性もある」

「それは避けたいリスクね・・・・・・」

容姿は容易に変更することはできそうだった。元々カツラだったわけだし、あれはヨーロッパで黒髪の東洋人だとばれないようにするためのカモフラージュだったのだ。こうして黒髪の日本人だらけのこの国ならば、カツラも必要ないかもしれない。

「服装は、もっと重装備の方がいいかもしれない。・・・・・・もしかしたら、またの研究所の連中が・・・・・・」

言葉尻が消えそうなほど小さな声で、ソウマが唇を噛みしめながら呟く。

もしかしたら、また研究所の連中が、銃を振り回してあたしを追いかけてくるかもしれない。銃弾があたしに当たることもあるかもしれない。そのときのために、怪我を軽くするためにも装備はある程度必要だ。

「そうね、ソウマの話には一理あるわ。重量を軽くしながら、強度を強くした装備が必要かも」

「わかった。そういった研究は俺の分野だ」

「任せたわ。あたしは、<失われた誕生石>の回収ルーツを探ってみる」

あたしとソウマはすぐに役割分担してとりかかった。そして、ソウマがあたしの衣装を<開発>し終えたのとほぼ同時に、あたしもまた、<失われた誕生石>をどうやって回収していけばいいのか、これらはどういった経緯でこう呼ばれているのか等もわかるようになっていた。

 

 

 

 

「さて、名前はどうしましょうか?」

日本で初めて活動する日の前日、あたしはにやりと笑いながらソウマに尋ねた。彼は、電話機のそばに置いてあったメモを取って、何かを書いてあたしに見せた。

「怪盗・・・・・・月・・・何?」

「怪盗月読。月読とは、日本神話の月の神様のことだ。俺もルナも月の名前を持っているからね」

「なるほど、これはいいわね。それで、怪盗っていうのは?随分シュールね」

「君の危険度を上げてしまうかもしれないけれど、確実に<失われた誕生石>を研究所の連中に渡さないために、<予告状>を警察に送りたいと思ってる」

「予告状?なるほど、だから怪盗、ね。いいんじゃない?名前も公にできるし。あたしが盗みに行くまでは、堂々と警察が獲物を守ってくれているんでしょう?」

「そういうことだ」

ソウマは何度も頷き、かすかに笑みを見せた。

「やり返してやろう、あいつらを」

「えぇ、もちろん」

そうして、あたしの<怪盗月読>としての活動が始まった。何度か予告状を出しながら活動しているうちに、警察に<怪盗月読>の名前は広がっていったようだった。

マスコミにはシャットアウトしているのか、世間に知られることは少なかったけれど。

 

 

 

 

 

 

そしてあたしは今夜、もう何度目かの<失われた誕生石>の回収に成功し、警察から逃げているところだった。

日本の警察は過激な作戦を好まないので、あたしにとっては至って相手にしやすく、逃げやすくもあった。だから今夜も獲物をさっさといただいて、ほんの少しだけ警察にご挨拶だけしてから、あたしは自分の決めた逃走経路を使って逃げていた。

この逃走経路は警察にばれないためだけではなく、研究所の連中にもあたしの逃走を見つからないようにするために計画している経路だ。

そうしてあたしは、逃走に相当の時間をかけてから逃げ切り、変装を解いてから帰路についた。

 

 

「たっだいま〜!!」

「ルナ!!今夜は何もなかったか?!」

玄関で大声をあげて帰りを告げれば、ソウマがすっ飛んでくる。あたしに怪我がなかったか、しつこいくらいに尋ねてくるのだ。

「大丈夫よ。今夜は連中と遭遇しなかったから。だからほら、ちゃんと獲物もGET!!」

あたしは懐から今夜の獲物だったエメラルドの指輪を取り出す。ソウマが神妙な顔でそれを受け取り、そのまま奥の部屋へと消えてしまった。

<レーザー>であの宝石から暗号を読み解くために。

ひとり取り残されたあたしは、ふと、玄関に来訪客の靴が置いてあることに気づいた。

この家に暮らし始めてから知り合った、仲のいい近所のお友達だ。あたしにとっては、いろいろな意味で貴重な存在だったりする。

 

 

「来てたのね、チトセちゃん!!」

「来てたのね、じゃないわよ。こっちはハラハラしながらいつもあなたの活躍を見守っているのだから」

呆れ口調でそう返してきた近所の友人、チトセ。

彼女は優秀な看護師であり、あたしの理解者でもある。

どういう理解者かというと・・・・・・

 

 

「それで、今夜は無傷で帰ってこれたのかしら、<怪盗月読>さん?」

「えぇ、大丈夫よ、ありがとう。待ってて、お茶でも淹れるわ」

「ううん、あなたが無事ならもう帰るわ。主人もそろそろ診療所を閉めてくると思うし」

ゆるりと首を振り、彼女はソファーから立ち上がった。

そう、彼女はあたしの一番の理解者。

<怪盗月読>の正体があたしであることを知っている。

 

 

近所で知り合って仲良くなったとき、彼女が外科の看護師であると知ったとき、すぐさまあたしは秘密を打ち明けた。

万一、研究所の危ない連中とやりあって怪我を負ったとき、あたしは病院には行けない。銃創なんてものを抱えて病院に行ったら、それこそ警察沙汰だ。だから、怪我を負ったときの処置をしてもらえるように、あたしは彼女にすべてを打ち明けて頼み込んだ。

聡明な彼女は、始めこそ驚いていたものの、事情をすべて話すと理解を示してくれた。

そうして、あたしたちはチトセちゃんに世話になりながら、こうして怪盗を続けていたりする。

 

 

 

 

「旦那さんにもよろしくね、チトセちゃん」

「えぇ、ありがとう」

あたしは彼女を玄関まで見送り、手を振った。彼女はそれに対して小さく笑いを返し、扉を閉めた。

さて夜食でも作ろうか、と気を取り直してキッチンに向かう途中で、ソウマが書斎から出てきた。

「暗号読み取れた?」

「あぁ、今夜もアタリだった。ありがとう」

「どういたしまして。夜食作るけど、食べる?」

「・・・・・・ん・・・・・・」

なぜか神妙な表情を崩さぬまま、ソウマはYESともNOともとれない返答をしてくる。

いつもなら、暗号を読み取った後は怪盗業の話は終えて、空気を切り替えていくのが暗黙の了解なのに。

なぜか今夜のソウマは、どこか緊張しているような、思いつめた強張った表情をしていた。

 

「ソウマ?何か気になることでもあった?解読がうまくいかなかった?」

暗号を解読したときに、何かいつもと違う現象でも起こったのだろうか。あたしはいつまでも無表情のままのソウマを心配して、そう声をかけた。

けれど彼は短く首を横に振った。

「・・・・・・いや、大丈夫だ。いつも通りに解読はできた」

「じゃぁ、お茶飲んで気分転換しよう!!先にソファーで座って待ってて」

「・・・・・・ルナ」

あたしが明るく彼に声をかけるが、それでも彼は緊張感の解けない雰囲気であたしの名前を呼んだ。

 

 

 

「なに?」

「その・・・・・・あの、さ・・・・・・」

言いにくそうにごにょごにょとソウマは視線を泳がせる。

何か悩みでも打ち明けたいのかもしれない。

そう思ったあたしは、とりあえずこんなキッチンの入り口ではなく、落ち着いて話を聞こうかと思って、彼の手をとった。

「ルナ?」

「何か大事な話をしたいんでしょ?話を聞くから、ソファーにかけましょう」

「や、えっと、そうだけど、えっと・・・・・・」

何か慌てた様子で、あたしに握られていない方の手を動かし、彼は懐から何か小さな箱を取り出した。

 

 

「ルナ、これを受け取ってほしいんだ」

静かな声色で、けれど少し強引に、彼はあたしにその小さな箱を押し付けた。あたしは何を渡されたのかもわからないままその箱を受け取り、確認した。

箱だと思っていたそれは、小さなリングケースだった。それを開けると、小さなダイヤの指輪があった。

「・・・・・・これは・・・・・・」

「・・・・・・小さいけど、その・・・・・・」

「・・・・・・わかったわ」

「え?」

「これを警察に戻しに行くのよね?いつもみたいに」

あたしが毎回盗んでは解読している<失われた誕生石>は、ある程度ほとぼりの冷めた時期になったら、それを警察に戻すようにしている。

暗号の解読さえ終われば、もうその宝石には用はない。だから、あたしは盗んだ宝石をそのまま返しているのだ。

だからこそ、あまり<怪盗月読>が表ざたにならないのかもしれないけれど。

 

 

 

 

「あたし、こんな小さな石の指輪盗んだっけ?最近多かったから記憶があいまいになってるのかもなぁ・・・・・・」

「・・・・・・小さい石で悪かったな」

「ん?」

まじまじとダイヤの指輪を見つめながらあたしが記憶を思い起こすように呟くと、なぜかソウマが苦笑しながらあたしにそう言った。

なぜ、ソウマがそんな風に言うのだろう?

首を傾げるあたしに、ソウマは先ほどよりも緊張が抜けたように、苦笑いを続けながら言った。

 

 

 

「それは警察に返す分じゃないよ。俺からルナへのプレゼントだ」

「・・・・・・え・・・?えぇっ?!プレゼント?!なんで?!」

 

 

 

 

あまりにも突然のことで、あたしは再度ダイヤの指輪を見つめてから大きな声をあげてしまう。

だって、今までソウマからプレゼントなんてもらったことなかったから。

まじまじとダイヤの指輪を見つめるあたしに、ソウマが困ったようにあたしに問いかけた。

「それで・・・・・・意味はわかるかな、ルナ?」

「意味?意味って?」

「・・・・・・そう・・・だよね・・・・・・」

正直、ソウマが何の話をしているのかさっぱりわからなかったあたしは、ただただ首を傾げるしかない。そんなあたしの反応に、ソウマはがっくりと肩を落としてから、1度大きく深呼吸した。

そして、まっすぐにあたしを見つめて、はっきりと言った。

 

 

 

「ルナ、俺と結婚してほしい」

 

 

 

 

それは、いつも心のどこかで期待しながら、あえて奥深くに封印していた希望。

ソウマと家族になりたい、ずっと一緒にいていい保証がほしい。いつもそう思ってた。

だけど、それをソウマに無理強いするのも怖かった。

あたしがソウマのそばにいられるのは、彼が求める<失われた誕生石>を集めることができるから。

ソウマの気持ちは、わからなかった。

あたしのことをどう思っているのか。それを尋ねることも怖くてできなかったから・・・・・・。

こうして一緒の家で生活し、家族のように暮らせるだけで満足しようと思ってた。

帰る場所があって、ソウマがそばにいてくれて、それだけで、あたしは日本に来てよかったと思っているから。

だから、ソウマのその一言を聞いて、あたしは耳を疑った。

ソウマが、そんなことを考えていてくれているなんて、思ってもいなかった。

驚くやらうれしいやら戸惑うやらで、あたしは言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

「・・・・・・ルナ?返事を・・・・・・もらえるかな?」

小さな声で、ソウマがそう催促する。

あたしはというと、頭の中が真っ白で、何か言葉を発しようにも、何か態度に示そうにも、何も考えられなかった。

そっとソウマがあたしの手をとり、リングケースから指輪を取り出すと、あたしの左手の薬指にはめてくれた。

その瞬間、あたしの魔法のような瞬間が、さぁっと晴れていった。

 

 

「・・・・・・ありがとう、ソウマ・・・・・・!!」

 

 

 

あたしは、ありったけの想いを込めて、ソウマに抱きついた。彼もまた、そんなあたしを抱き返してくれる。

「ソウマ、あたし、ずっとソウマと一緒にいたい。死ぬまでずっと」

「・・・・・・あぁ、ずっと一緒だよ」

なぜか、涙が溢れて止まらなかった。

頭の中で、団長の顔やジョンの顔、サーカス団のみんなの顔が浮かんだ。

心の中で、あたしはみんなに報告した。

あたしは、ソウマと家族になる。

絶対に幸せになるからね。

 

 

 

 

夜空に月が見えない三十日月の夜。

あたしとソウマは、新たな一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ルナのぼけっぷりはいいですよね(笑)まぁ、ソウマからまさかプロポーズされるとは思ってなかったのでしょうね。

「あたしの恋人」をご存じの方は、いよいよよく知った話になってきてると思います(笑)

最終話は「怪盗月読」の話をからめていこうと思ってましたので。

そして、本当の最終話、次回はソウマ視点で、もっと未来の時系列になっていきます。

 2014.5.18

 

 

 

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