<上弦の月>

〜後編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上弦の月の夜に、あのお兄さんと会う約束をした。一方的に。

本当に会ってくれるかどうかは賭けだったが、あたしはその日の夜に、<他の用事>もあったので、ちょうどよかったのだ。

他の用事・・・・・・そう、あたしの<夜の活動>である、義賊としての活動。

 

 

 

生活に苦しむ弱き者たちを助ける。

それが、あたしの信念。

例え、その助ける手段が犯罪だとしても、結果的に彼らを助けることができるのなら、それでよかった。あたしには、自分の手を罪で染める方法でしか、彼らを助けることはできないから。

 

 

 

そんな危険を冒してまで、弱き者たちを助けたいと強く思うのは、やはり自分自身の生い立ちが由来していると思う。

あたし自身、異国の地で両親に捨てられ、何度も生死の境を彷徨った。

幼い捨て子だったあたしを拾ってくれたのが、今のサーカス団の団長。まだその頃は全然公演依頼もなく、しょぼいサーカス団だったから日々の食料を買うお金すらなくて、毎日毎日ひもじい思いをした。

でも、サーカス団のみんなは明るくて楽しかったから、辛くなかった。

けれど、悔しさはあった。

親がいない、お金がないというだけで、世間の目から蔑まれた。

お金のない者に、世間は容赦なかった。救いの手はなかった。

それでも、あたしたちサーカス団はなんとか這い上がり、今の状態にまでなった。

有名ってわけじゃないけど、みんなが食べていくには不足しない稼ぎは出るようになった。

だけど、あたしは知っている。世の中には、まだまだあたしたちのように、食べていくにも苦労している人たちがいること。

親がいなくて、寂しい思いをしている子供たちがいること。

一方で、私腹を増やし、それを弱い者たちに流すわけでもなく、自分の欲だけにそれを使い込む者たちがいること。

だからあたしは、そいつらから資産を巻き上げ、弱き者たちに救いの手を差し伸べているのだ。特に、その弱い立場の者たちから巻き上げた金を悠々と使い込んでいる資産家をターゲットにして。

 

 

 

 

 

あたしのその行為が正しいのかどうかなんて、知らない。

神が許すかどうかなんて関係ない。

神はあたしたちを救ってはくれなかった。

だから、あたしは神の意に従うつもりはない。

あたしは、あたしの意思に従う。

だからこそ、どんな危険でも受け入れる。

どんな罪でも。

その覚悟の上で始めたこの活動に、まさか弟分も一緒に参加したいと言い出すとは思いもしなかったけど。

活動を繰り返すたびに、怒り狂った資産家たちが警察を呼び寄せ、あたしを捕まえようとした。でも、あたしは持ち前の運動神経を駆使して、彼らを翻弄させた。それが余計に彼らの怒りを助長させているのはわかっていたけど、あたしの憂さ晴らしにもなったのだ。

・・・・・・そう、天罰を下す、神のような気分に。

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしの噂はたちまちヨーロッパ中に広がった。

サーカス団がヨーロッパを横断しているのだから、あたしの活動も広がっていくのは当然のことなんだけど。

そして、いつしかマスコミや警察関係者が、あたしに愛称をつけるようになった。

<銀月の妖精>と。

変装代わりに身に着けている銀髪のカツラが、そんな愛称をつける由縁になったのか、あたしにはわからないけれど。さすがにこのヨーロッパの地で、黒髪で盗みに入るのは目立つと思い、どうせ目立つならもっと目立つ色の髪にしようという発想で、銀髪のカツラを被ることにしたのだ。

 

 

 

 

あたしの中の信念はずっと崩れていない。

あたしは、自分のやっていることに後悔はしていない。

それでも、重なる罪の意識も、ある。自分のしていることが、法に触れていることはわかっている。

そして、これがばれてしまったら、サーカス団のみんなにも迷惑をかけてしまうという恐れも・・・・・・。

それでももうやめられないのは、自分の信念と、それから、あたしの救いを待っている子供たちがいるから。

だから、あたしはやめられなかった。

そんな中だった、あのお兄さんと出会ったのは。

 

 

 

同じ黒髪黒目の日本人。

あたしの祖国の人。

その人が、悲しい目をして、死を望んでいた。

助けてあげたいと思った。

彼が何を抱えているのか、知りたいと。

そして、奇跡的に再会できた。ちゃんと匿名で胸ポケットに忍ばせたあたしのメモをわかってくれていたのだ。

 

 

 

 

いつもの<夜の活動>を終えて、いつものように警察を翻弄し、そしていつものように自らの私腹を愚かなまでに増やした資産家からお宝を奪い、貧しい養護施設に寄付した。

そしてそれから、あたしはドゥオーモに向かった。

そうして再会した彼は、やっぱり寂しい目をしていた。そして、彼は言った。

「自分が死んでも、自分の罪は消えない」と。

それはまるで、あたし自身に言われているようにさえ思えた。

あたしもまた、神を気取った罪を抱えている。その罪は、それに巻き込んだ人たちを含め、あたしが消えたりしてもなくなることはない。

でも、あたしはそれも覚悟している。それでも、救いたい人たちがいるのだから。

だけど、彼のその言葉を聞いて、思わずあたしは話すつもりもないことまで話してしまった。

不思議と、彼のそばにいると落ち着いた。

彼の持つ深い闇が、不思議とあたしには心地よかった。

そこでもがく彼を救いたいと思うと同時に、一緒に堕ちていきたくもなった。

 

 

 

「あたしたち、同じね」

 

 

 

 

同じ、日本人。同じ、孤独を抱え、罪を背負っている。

正体を明かすつもりもなかったのに、あたしは自然と自分の変装を明かしていた。

彼の名と自分の名を交わした。

ソウマ。それが、彼の名前。

月の神、ソーマ神の名。

同じ。

あたしもまた、月の女神の名を持っている。

 

 

 

「あたしの名前は、ルナ。あたしたち、同じね」

もっと彼と話をしたいと思った。もっと知りたい。もっと、その闇に触れていたいと思った。

けれど、今夜もまた、タイムオーバー。

そろそろあの口うるさい弟分と約束の時間だ。惜しみながらもあたしは彼に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろあたし、行かなくちゃ」

「・・・・・・また、会えるかな」

彼の方からそう言い出してくれて、あたしは驚くと同時にうれしかった。銀髪の鬘を被りなおしながら、あたしはさらに彼に教えてあげた。

「あたしね、世間では<銀月の妖精>って呼ばれているの。あたしが現れる夜になら、またここで会えると思うわ。しばらくこの町にいる予定だから」

「・・・・・・サーカス団がこの町にいる限り、またここで君と会えるわけだね」

「そうね」

あたしに関心を示してくれている。それだけで、うれしかった。

あたしは彼に背中を向け、顔だけ彼に振り向きながら最後に言い残した。

「あたしもまた、あなたと話をしたいわ」

人と話をするのは元々好きだった。世話好きな性格だから、困ってる人を放っておくこともできない。

けれど、彼・・・・・・ソウマに対するのは、また少し違った。

 

 

 

彼の持つ闇の苦しみを知りたいし、助けてあげたいと思った。けれど一方で、その闇に染まってみたいとも思ったのだ。

彼のためではなく、自分のために。

別に自虐的な気持ちでもない。かといって、献身的な思いでもない。

ただの好奇心かもしれなかった。

同じ故郷の者と出会い、同じ闇と罪を抱え、同じ月の名を持つ者だから、興味が沸いたのだ。

けれど、それを誰かに話すつもりはなかった。いつも<夜の活動>については逐一報告をしている、この弟分に対しても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜は時間ぴったりでしょ?」

「・・・・・・確かに。うまくいったんだな?!」

待ち合わせ場所で弟分と集合すれば、彼も今夜は文句の言葉もなくあたしに確認だけしてきた。

「もちろん。ちゃんと予定通りよ」

「怪我は?」

「ないない。警察じゃぁ、あたしを捕まえるなんてできないわ」

けらけらと笑いながら、あたしは手を振った。そしてそのままその手で弟分の頭を撫でた。

「心配ありがと、ジョン」

「こ、子ども扱いするなっていつも言ってるだろ、ルナ!!」

あたしの手を振り払って、その弟分・・・・・・ジョンは、あたしを睨み付けた。

「はいはい、ごめんごめん」

「全然悪いと思ってないだろ」

「だって、ジョンってばかわいいんだもん」

「か、かわいいなんて言われて喜ぶ男なんて、いるかっ!!」

顔を赤くしながら怒るジョンに、あたしはつい、笑いをもらしてしまう。

 

 

ジョンと一緒にいることも、あたしはとても心が落ち着いた。

ジョンは、サーカス団に引き取られた時期も同じで、一緒に練習を重ねてきた、家族みたいな存在だ。

彼は、あたしにとって守らなければならない、大事な家族であり、同志だった。いつだってあたしの気持ちを理解しようとしてくれて、あたしの無茶な願いにも付き合ってくれた。

・・・・・・本当は、この<夜の活動>に付き合わせるつもりはなかったのだけど・・・・・・。

時々不安定になるあたしの気持ちもすぐに察して、いつだってフォローしてくれる。

ジョンは、幼いながらも頼りになる、大事なパートナーだった。

 

 

 

 

 

「ルナ、最近機嫌がいいんだな。気持ちが安定してる」

相変わらずの鋭いジョンの指摘に、なぜかあたしは、ソウマのことは話すべきではない気がして、笑って誤魔化した。

「このフィレンツェの町並みが素敵だからよ」

「・・・・・・へぇ、町並みが・・・・・・ね」

腕を組みながら、ジョンは疑うようでもなく、何度か頷いた。そして、どこからともなく一枚のマフラーを取り出し、あたしに差し出した。

「これは?」

「寒くなってるから、風邪をひかないように羽織ってろよ」

たしかに、夜に吹く風は冬に入り込み、冷たくなってきた。

思わぬ紳士的な彼の気遣いに、再び笑みがこみ上げてくる。

そうなのだ、ジョンはこうして、まるで姫を気遣う騎士のような配慮をしてくれるのだ。

なんとかあたしは笑いを引っ込めて、代わりにちゃんと、彼に感謝の微笑を向けた。

「ありがとう、ジョン。さ、帰ろう、あたしたちの家に」

サーカス団のみんながいるところへ。そこが、あたしたちの家。

大好きなみんなが待っているところ。

あそこが、あたしたちの家族の待つ家だから。

 

 

 

 

 

 

ジョンと手を取り、あたしは<銀月の妖精>と呼ばれる義賊から、<ルナ>というサーカス団の少女に気持ちを切り替え、上弦の月が見守る中、大家族のみんなが待つ家に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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さて、もうひとりの登場人物、ジョンの名前も出てきました!!

ルナ、ソウマ、ジョン。これだけ揃ったら、「あたしの恋人」をお読みくださっている方々にはよくわかる話になってくると思います!

でも、「あたしの恋人」に馴染みのない方でも、なんとか話がわかっていただけるように、今後の展開は注意している・・・つもりです。

「あたしの恋人」とは、使っている用語・単語も微妙に違うのですよ〜。

・・・それにしても、やっぱり幼いジョンはかわいいな〜。

 

 2013.12.11

 

 

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