<小望月>

〜前編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<銀月の妖精>。

それは見事に言い得た表現だと思った。

彼女は、<天使>という形容では異なった。

月の光の加護の元、ひらひらと夜空を舞う蝶のような存在。

そう、だからこそ、<妖精>という形容はぴったりだった。

銀髪を月光に輝かせるその姿を見て、<銀月の妖精>と命名した者を評価しよう。

 

 

そして、彼女は自分の名前すら名乗った。

ルナと。

加えて、銀髪だと思った彼女のその髪はカツラで、その下からは絹のような黒髪が潜んでいたのだ。

俺と同じ、日本人の血を引いた少女。

なぜ、<銀月の妖精>と呼ばれながら、夜の街を駆けているのだろう。

 

 

 

 

 

 

俺は早速次の日、近くの大学に忍び込み、図書室で最近の記事を読み漁った。

<銀月の妖精>の記事があるのではないかと思ったのだ。けれどその期待は裏切られ、<銀月の妖精>に関する記述はあまり見つけられなかった。

新聞でこれなのだから、おそらく報道も似たようなものだろう。新聞の切れ切れに載る情報でわかったことは少しだけだった。

 

 

彼女が、資産家と呼ばれる金持ちたちから財宝を奪い、それを貧しい養護施設などに寄付しているらしいということ。

<銀月の妖精>は、各地を転々としながら現れること。

そして、いまやその存在は、警察を翻弄するものであること。

金持ちの敵ではあるものの、それ以外の庶民たちにとっては、彼女の存在は義賊と呼ばれるにふさわしい、好意的な存在であるということだった。

けれどその活躍が新聞の片隅に思い出したようにしか記載されていないのは、警察が新聞社に圧力をかけているのかもしれないが。

 

 

 

その<銀月の妖精>が・・・・・・あんなまだ幼い少女だったなんて・・・・・・。

あの少女は、孤児だと言っていた。

その孤独感が、こんな風な形で、世間に訴えるような行動となってしまったのだろうか・・・・・・。

あの子はなぜ、義賊などしているのだろう・・・・・・。

 

 

 

 

 

気になってしまった。

自分以外の誰かにこんなにも興味を示したことなんて、今までなかったのに。

何かが狂い始めていた。

自分の中で、今までにない何かが生まれようとし、同時に、崩れようとしているような・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・ルナ・・・か・・・・・・」

同じ、月の神の名前。

俺は、あの研究所で生活しているうちに、自分の名前すら忘れていた。ずっとコードネームで呼ばれていたからだ。

その研究所を抜け出し、自分の名前に月が絡んでいることすら疎んでいたのに・・・・・・。

 

 

 

「また・・・会えるだろうか・・・・・・」

昼間でもぼんやりと薄く見える月を見上げ、ぽつりと呟く。

また、月夜にあのドゥオーモで会えたら・・・・・・。

それを楽しみにしている自分にまた気づき、思わず苦笑してしまう。

 

 

 

 

だが、<銀月の妖精>である彼女に出会うのは、彼女がその本来の活動をしている夜のみ。

もしも彼女の姿を見たいと思うのならば・・・・・・。

「・・・・・・サーカスを見に行く・・・のか?」

それも、少し違う。

俺は別に、彼女がサーカスで活躍している姿を見たいわけじゃない。

彼女と話をしたいのだ。幼いのに大人びた独特の雰囲気を持つ彼女に。

 

 

 

それはまるで恋心のようだが、実際は違う。

さすがにこの歳で中学生ほどの年頃の子供に手を出すほど欲求不満なわけでもない。

けれど、あの子を子供だと認識している一方で、あの独特の雰囲気にのまれ、救われる自分の心の心地よさに縋っているのもまた、事実だった。

ある意味、恋心よりもやっかいなのかもしれない。

そんな自分の心の変化に、自分自身で呆れながらも大学の図書室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

近くの公園のベンチに腰掛け、黄色に色づいた銀杏並木をぼんやりと見つめる。

考えることは、ひとつしかない。

<銀月の妖精>・・・・・・彼女が現れれば、また会える。再びの再会に期待してしまう。

彼女と再会し、心を慰めてもらったところで、俺自身が犯した罪が消えるわけでもないのに。

 

 

 

「・・・・・・設計書を取り戻さなければ・・・・・・」

 

 

 

 

この世に生み出すべきではないものを生み出してしまった。

けれど、逆に言えば、それを生み出したのは自分だけ。あの研究所に残してきてしまった設計書をなくしてしまえば、量産することはできない。

あの設計書さえこの世からなくなれば・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・誰かが、盗み出してくれればいいのに・・・・・・」

 

 

 

こんなときですら、他力本願。

そんな自分に気づき、嫌気が増す。

そうやって、周りに流され、自分の見たいものだけ見てきた結果が、これだというのに。

その後始末さえも、誰かに頼ろうとしている。

 

 

 

「・・・・・・盗み出すことができるだろうか・・・俺一人で・・・・・・」

「あたしも手伝いましょうか?」

視線を落とし、足元を見つめながら呟くと、なぜか頭上から少女の声が聞こえた。

ゆっくりと顔を上げれば、そこには、どこか覚えのあるような少女が立っていた。

黒髪の中学生くらいの東洋人。

こんなところで東洋人に出会うのも珍しい。どこかで・・・・・・この少女のことを見たような・・・・・・。

 

 

「どうしたの、お兄さん?あたしの顔に何かついてる?」

にっこりと太陽のように明るく微笑みながら、少女は俺に尋ねてくる。その笑顔に、見覚えはない。

ないのだけど・・・・・・けれど、どこかで見覚えがあるような・・・・・・。

「何か困ってるの?」

「・・・・・・いや・・・・・・」

「そう?何か困ってることがあったら、いつでもあたしが力になるよ」

人懐っこい笑顔を向けながら、初対面であるはずの少女がにこにこと話しかけてくる。俺はそんな彼女の態度に戸惑い、どう反応していいのかわからなかった。

なにかが、頭の片隅で引っかかっているようにも見えたのだが・・・・・・。

すると、目の前の少女が突然、弾けるように笑い始めた。心底楽しそうに笑う彼女の突然の変化に、俺はますますどうしていいかわからない。

 

 

「いやだ、お兄さんってば!!本当にあたしのこと、わかってないの?!」

「・・・・・・え・・・・・・?」

目に涙を浮かべながら笑い転げる彼女に、俺は眉根を寄せる。

わからないってなにが・・・・・・。

「あたしよ、あたし。ルナよ」

黒髪を風になびかせ、けらけらと楽しそうに笑いながら、彼女は名乗った。

ルナと。

 

 

 

 

「ルナ・・・・・・ルナって・・・・・・、ま、まさか、君は、<銀月の・・・・・・」

「あぁ、待って!!こんな公共の場でそんなこと口にしないで!!」

慌てて少女ルナが俺の口を塞いでくる。

屈託のない笑顔、明るい声、どれも違う。

どれも、あのドゥオーモの上で会った、<彼女>とは・・・・・・違う。

「・・・・・・随分と雰囲気が変わるね・・・。声も、違うみたいだ」

「驚いた?一応ね、あの格好をしているときは、声色もつくってるの。バレたらサーカス団のみんなに迷惑かかっちゃうからね」

ウィンクひとつしながら俺に笑いかけてくるその笑顔・・・・・・やっぱり、俺が今まで会ってきた<彼女>とは・・・・・・違う。

 

 

 

「すごい化け方だね・・・・・・」

「・・・・・・だいぶ失礼な物言いね、お兄さん」

思わず思ったことを口にしたら、何やら少女は憤慨したように腰に手を当て抗議してきた。

そして一瞬だけ瞑目した後、すっと目を開いたその表情は、俺の知る<彼女>のものだった。

「こうすれば、ご満足なのかしら、ソーマさん?」

黒髪だとしても、鮮やかな色合いの年相応な服装だとしても、そう、この雰囲気は、<彼女>だ。

月明かりに銀髪を光らせ、夜の闇に溶け込むような黒装束を身に纏った、月夜の妖精。

寂しそうな冷たい笑み。落とした声色。

一瞬で、すべてが俺の知る<ルナ>に変貌した。

 

 

「・・・・・・すごい化け方だね・・・・・・」

「好意的に受け取っておくわ」

思わず再度同じことを呟いた俺に、彼女は笑ってそう返した。

そしてすっと目を細め、声色を変えて彼女は言った。

 

 

 

「何か盗んでほしいものがあるなら教えて。あたしで力になれることなら、きっと力を貸すから」

それは、<銀月の妖精>からの言葉。

心強い申し出。

思わず心が動き頼りたくなってしまったが、すぐにはっと気付いた。

彼女の<今>の姿・・・・・・黒髪の幼い少女。

そうだ、彼女がどんなに頼もしいことを言おうとも、神々しいまでの空気を纏っていても、まだ子供なのだ。俺よりもずっと年下の。

「あたしじゃぁ、力になれない・・・・・・かな?」

 

 

 

 

少し悲しそうに、ルナが尋ねてくる。

なぜ、そこまで俺を助けようとしてくれるのだろう。

俺の心の弱さが、彼女にばれているのだろうか?

それとも、彼女は困っている人を放っておけないタイプなのだろうか。

寂しそうな表情をこちらに向けてくる彼女に、俺はゆるゆると首を振った。

 

 

 

「いや、そういうことじゃなくて・・・・・・」

「じゃぁ、どういうこと?」

「それは・・・・・・」

逃げようとする俺を捕らえるかのように、ルナの黒い瞳が俺の目を引き付ける。

俺はそこから目を逸らし、小さな声で答えた。

「・・・・・・危険・・・なんだ。・・・・・・俺のしたことは、とても危険なことで・・・だから、それが広がってしまう前に・・・その装置の設計図を破棄することができれば・・・・・・」

彼女のまっすぐな瞳を見つめて、答えることなんできなかった。

 

 

 

 

俺は、罪を犯した。

知らなかったこととはいえ、それは恐ろしいものを開発してしまったのだという、己の罪悪感を自覚させるには十分な代物だった。

これを誰かに使われることなく・・・・・・量産されることなく、未然にこの世からなくさなければ・・・・・・。

 

 

 

 

「ん〜・・・・・・」

言い淀んだ俺に対し、彼女は少し考えるように上を向く。そして俺の肩をぽんっと軽く叩いた。

「危険は元々承知よ?もう慣れたもの」

「いや、だけど・・・・・・」

「あ、ごめんなさい、そろそろあたし行かなきゃ。ジョンが心配してこっちに向かってきてる。今度、詳しい話を聞くわ。・・・・・・また、あの場所で」

話の途中で彼女は申し訳なさそうに前方を見つめながら俺にそう言った。彼女の視線の先には、こちらに走ってくる少年の姿がある。

「いや、でも君を巻き込むことは・・・・・・」

なおも彼女の申し出を断ろうとする俺に、彼女は・・・・・・ルナは少し寂しそうに笑った。

 

 

 

「あたしもまた、罪人よ。危険も承知しているし、罪を上乗りすることも厭わない。困っている人を助けたいの。それが、あたしの罪の滅ぼし方だから。またね、ソーマさん」

最後に彼女は、まるで母が子供をあやすように、俺の額にキスを残して去ってしまった。

こちらが何かを言うよりも先に、風のように過ぎ去ってしまった。

 

 

 

 

 

ひとり残された俺は、複雑な気分で空を見上げた。

憎らしいほどの晴天の空にうっすらとうつる、満月には欠ける中途半端に満たされた、まるで俺の心の中のような、小望月を見つめ続けた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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夜だけではなく、昼にも出会うふたり。

ソウマの方がルナよりもずっと年上なのに、全然ルナに押されてます(笑)

ルナが年齢よりも落ち着いているのか(笑)

さて、次回はそのルナ側からのお話です

 

 2013.12.17

 

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