<小望月>

 

〜後編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が何かに苦しんでいるのは気づいていた。

強い自責の念にかられていることも。

 

 

 

「巻き込めない」

苦しそうにそう言った彼は、自分がどんな顔をしているのか、わかっていたのだろか。

今にも助けを求めるような顔で、それでも、あたしの手を拒んだ。

優しい人。

だけど、不器用な人。

 

 

 

あたしは、彼を助けたいと思った。

苦しみを取り除いてあげたい、と。

元々困った人を放っておけないお節介な性格だから、余計にそう思うのかもしれない。

でも、なんだかいつものお節介な気持ちとも、どこか違うような気もしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

公演のないたまの休みの日は、たいてい次の<夜の活動>の下見に行くことが多かった。

けれど、その日は本当に何もやることがなくて、ただぶらぶらと街中を歩いていた。

観光客の少ない道を選び、ぼんやりと歩きながら考えるのは、夜の姿で会う、彼のこと。

彼の抱える苦しみ、孤独を取り除いてあげたいと思った。

それはただのお節介な親切心だけ・・・・・・とは言えない。

たぶん、どちらかといえば彼の中に自分を投影しているのかもしれなかった。

あたしもまた、罪深く、満たされない孤独をいつも感じていたから。

けれど、自分のしていることに悔いはない。罪を何度上塗りすることになっても、あたしはあたしの信念を変えるつもりはない。

苦しむ人を、虐げられている人たちを救うことで、あたしもまた、あたしの孤独から救われている気がするから。

ではなぜ、いつもいつもこんなに気持つが黒くなってしまうのか。

深い深い闇の中に閉じ込められてしまったかのような息苦しさを感じるのだろう。

なぜ、この苦しみを、<彼>なら理解してくれると思うのだろう・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・うそ・・・・・・あれって・・・・・・」

ふと、目に留まった光景。公園の片隅のベンチに腰掛ける男性の姿。白昼夢かと思うほど、信じられない偶然。

「ソウマ・・・・・・」

同じ、孤独に苦しむ同志。

なぜか、とても気になる青年。

 

 

 

 

ゆっくりと近づいてみるものの、彼はあたしに気付いている様子はない。

むしろ、ひとりの世界に入り込んでしまっているようだった。頭を抱え込み、俯いている。

そして、小さな声で呟くのがあたしの耳に届いた。

「誰かが、盗み出してくれれば・・・・・・」

 

 

盗む?何を?

彼は、何か盗み出したいものがあるというのだろうか。

それが、彼を苦しめる根源なのだろうか。

 

 

 

「あたしが盗んであげようか?」

そう声をかけてみると、彼は昼間のあたしの姿にびっくりしたようだった。

それはそうだ。

昼間の<ルナ>としてのあたしと、夜の<銀月の妖精>と呼ばれているあたしでは、雰囲気も違うし、銀髪のカツラを被っているから姿も違う。だから、黒髪のあたしが、ヨーロッパの街中を賑わしている銀髪の<銀月の妖精>であるなど、想像もできないに違いないのだ。

とはいえ、あまりにも気づかな過ぎなので、とうとうあたしは笑いながら名乗りをあげた。

 

 

「すごい化け方だね・・・・・・」

その鈍感男の返答には、少々気にかかるものもあったけれど。

「何を盗んでほしいの?あたしでできることなら、やるよ?」

同胞として、出来ることがあるのならば手伝ってあげたいと思った。あたしにできるのは、盗むことだけ。それでも・・・・・・。

 

 

 

 

 

「危険だから、巻き込めない」

彼は辛そうにそう言った。痛みと苦しみを堪え、こちらには渡そうとしない。

そんな痛々しい姿を、見ていたくはなかった。

せっかく見つけた同胞なのに。

一方で、そうまで自分の中で彼に拘っているのも不思議だった。

同じ東洋人で、同じ闇を抱えるから、だとはいっても、こうも彼のことが気にかかるのはなぜなのか。

ただの同情・・・・・・?

ふとよぎった自らの疑問を吹き飛ばすように軽く頭を振ってから、あたしは彼に言った。

「今度会うときに、話を聞かせて。きっと力になるから」

 

 

 

 

 

 

前方の視界に見えたのは、口うるさい弟分であるジョン。

彼の存在を、なぜかジョンには知られたくなかった。だからあたしは、ジョンの姿を視界にとらえると、早々に彼に別れを告げてその場を離れた。

もっと話していたい。

そんな思いもあったが、それは月夜に預けることにして。

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだよ、ルナ?誰かと話してなかったか?」

「ただの通りすがりのお兄さんよ。道を聞かれただけ」

「ふぅん?」

合流するや否や予想通りに食いついてきたジョンに、あたしは苦笑を返す。

「それよりもジョン、せっかくの非番なんだし、この町の探索でもしましょうよ」

「何のんきなこと言ってるんだよ、ルナ。次の<活動>の下見だろ」

誤魔化すように陽気にジョンに話しかければ、幼い弟分に呆れた声で返され、なんだか自分の立場がむなしくなる。

だけど、その<夜の活動>の後には、また彼に会えるのだ。

彼の闇に触れて、その助けをしたい。それを聞くことができれば・・・・・・。

 

 

 

 

「ほら、いくぞ、ルナ」

「はいはい」

えらそうに先を歩き始めたジョンに苦笑しながら、あたしは少しうきうきしながら足を進めた。

あたしたちが次に狙いを定めていたのは、成金屋敷に転がり込んだとされる宝石。屋敷の主が闇取引で手に入れた、汚い財産だ。それならば、それをお金に困った人々に分け与えたっていいはずだ。

・・・・・・まぁ、盗むことに変わりはないから、バチはこちらにも当たるかもしれないけれど。

こんな慈善行為だって、本当は自分自身の自己満足と、満たされなかった幼いころの様々な感情が渦巻いてのことなのだ。

罪も罰も、受け入れるつもりで、この危険な橋を渡り続けている。

 

 

 

 

 

「次も楽勝にこなしてみせるわよ」

「その油断がだめなんだからな、ルナ。最近警察もマジになってきてるし」

「その警察の間抜けっぷりがおもしろいのよ!!今回の屋敷の主だって、どうせたいしたヤツじゃなさそうだしね。今回の獲物も、あっさりと手に入れることができそうね」

「・・・・・・最近妙に上機嫌だよなぁ、ルナ・・・・・・」

「そ、そんなことないわよ」

ジト目でこちらを訝る少年の鋭さに、ぎくりとルナは声を震わせる。

「・・・・・・まぁ、いいけど。あんまり無茶するなよ」

「それはあなたも一緒よ、ジョン。あたしのサポートしてくれるのはありがたいけど、あなただって危険なことに変わりはないんだから気をつけてね」

「大丈夫さ!!」

あたしの身を案じるジョンに、返すように心配すれば、彼は年頃の少年らしく明るくブイサインをした。

 

 

 

 

 

そう、何も心配はいらない。

きっといつも通りに盗み、手筈を整え進めていくことができる。

月が見守ってくれている限り。

闇に紛れて夜の街を飛び交うことにも慣れてしまったのだから。

そんな風に気軽にあたしは考えていた。

これから起こる顛末を知ることもなく。

 

 

 

 

 

昼の空にぼんやりと浮かぶ、満月に近づく小望月に見守られながら、あたしは足軽に次のターゲットの調査に向かうのだった。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

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ルナサイドのお話でした。

ルナサイドには、紫月お気に入りのジョンも出てくるので、楽しい&懐かしい(笑)

ここまでやっと話を進めることができて、話としては全体的な半分折り返しになるのが次回です!!

 

いや〜、思ったより長くなりそうだな〜(笑)いつものことだけど(笑)

 

 

 2013.12.17

 

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