<満月>

 

〜後編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌な予感がしていた。

最近ずっと上機嫌な彼女にも、一種の不安感があったし、それ以上になぜか無性に言いようのない不安が、胸の中を渦巻いていたのだ。

それは、今夜の月のせいかもしれない。

血に染まったかのように、不吉な真っ赤な満月。

 

 

 

今夜のターゲットもそう難しいものではないとわかっているのに、オレはなぜか、不安で仕方なかった。

そしてそれを増長させるかのように、約束の時間になっても、彼女は・・・・・・ルナは合流地点に現れなかった。

10分待っても、20分待っても、彼女は現れない。

こんなことは初めてだった。

ルナはいつも、<銀月の妖精>として活動した後も、ちゃんと約束の時間にオレとの合流地点に来てくれた。こんなに遅刻したことなんて、ない。

何があったのだろうかと、彼女との通信手段もないオレは、ただただじっと、待つしかない。

彼女を探しに行きたい衝動にも駆られるが、オレがじっとこの合流地点で待つのは、彼女との最初の<約束>だ。

 

 

 

 

「あたしの活動を手伝ってくれるのはいいけど、でも、ふたりで決めた合流地点で絶対に動かずにあたしを待っててね」

なんでそんな約束を告げられるのかと聞いたこともある。だけど彼女はただ笑ってごまかすだけだった。

「夜道は色々危ないのよ、ジョン」

結局、オレは彼女の言い分を守るしかなかった。悔しいけど、惚れた弱みで逆らえない。

だから、どんなに危険なターゲットだとしても、オレはただじっと、ルナを信じて待つしかなかった。

少し暗い表情で、自己嫌悪に苦しむ彼女の負担が少しでも軽くなるように、夜風に当たって冷えた体を温めるものを持って。

だけど、今夜は彼女が現れない。どうしたのだろう。

まさか、警察に捕まった?!

もしもそうならば、牢屋に駆けつけてでも、彼女を助けなければならない。

何でもいい。情報が欲しかった。

彼女が今、どうしているのか、それを知りたかった。

 

 

 

 

ただただ、時間が流れていく。遅いような早いような時間が、流れていく。

真っ赤な月が、嘲笑うようにオレを照らし続ける。

無力な自分。

好きな人のために、何かできることはないかと、危険に身を投じる彼女のそばにいた。

でもそれは、ただのオレの自己満足で、彼女の役に何も立っていない。

・・・・・・わかってた。オレが彼女のそばにいたところで、彼女が心の内に抱えている闇を払拭してあげられるわけじゃないことは。

それでも、孤独でいるよりはいいと思って、帰る場所はここにあるのだといつも心に留めてほしくて、彼女に付きまとった。

それなのに、こうして彼女の身に危険があるかもしれないその時に、何もすることができない無力な自分がいる。

オレだって、男なのに。

好きな女を守るだけの力が、欲しい・・・・・・っ!!

 

 

 

 

 

「・・・・・・君が、ジョンかい?」

突然かけられた声に驚き、オレは咄嗟に懐に持っていた護身用のナイフを取り出した。

「大丈夫、警戒しないでくれ。彼女を・・・・・・ルナを連れてきたんだ」

暗がりの中から、男の声はそう言って、姿を現した。月明かりに照らされて見てみると、男の腕の中には、ぐったりと横たわるルナの姿があった。

「ルナ・・・・・・っ!!お前、ルナに何をしたんだ!!」

思わず男に飛び掛かったオレに、男は無抵抗に顔を俯けた。

「・・・・・・ごめん」

「お前がルナをこんなにしたのか?!こんなに・・・・・・ケガして・・・・・・!!」

一応応急処置用に、いくつか救急用具は持ってきている。今まで見たことないほど傷だらけのルナに泣きそうになりながら、オレは慌ててその救急用具を取り出す。

そしてその男は、そっとルナをオレの横に横たえた。

 

 

「ルナ・・・・・・」

「・・・・・・ジョン、ごめん・・・・・・」

「ルナ、気づいてたのか!!」

てっきり気を失っていると思っていたルナの声が聞こえて、ほんの少しオレの気持ちが浮上する。見知らぬ男は、じっとオレたちを見守るように見下ろしている。

「・・・・・・アンタ、もう帰っていいよ。ルナはオレが治療する」

「・・・・・・でも君は、彼女を抱えてあのサーカス団へ帰れるのかい?」

「・・・お前・・・・・・なんで、ルナがサーカス団って・・・・・・」

 

 

 

何度もルナの名前を連呼してしまった今更だけど、彼女の姿は今、<銀月の妖精>のまま。

銀髪のカツラに黒装束の衣装。一部のマスコミや警察を賑わせている義賊だ。

そのルナが、サーカス団に所属しているのを知っているというのは・・・・・・<銀月の妖精>の正体が知られているということ。

そもそも、なぜこの男はオレとルナしか知らないはずの合流地点である、ここがわかったんだ・・・・・・?!

コイツ、一体何者なんだ・・・・・・?!

 

 

 

「・・・・・・ジョン、あたしが全部、彼に話したの・・・・・・」

耳を疑うようなルナの発言に、オレは呆然としてしまう。

「なんで・・・・・・そんなこと・・・・・・?」

けれどそれにルナは答えない。目を伏せて黙り込んでいる。

「ルナ・・・・・・!!」

「気持ちはわかるが、今は彼女を安全なところに移したい。案内してもらえるか?」

話に割り込んできた見知らぬ男を、オレはじろりとにらみつけた。

「なんでアンタまで案内しなきゃいけない?オレがルナを連れ帰る」

「動くこともままならない彼女を?」

「・・・・・・っ!!」

 

 

 

こういうときだ。

こういうとき、自分の無力さを実感させられる。

たしかに、オレよりも背の高いルナを抱き運ぶのは、難しい。

・・・・・・でも、いくら年下だって、男のプライドがあったんだ・・・・・・。

唇をかみ締めるオレに、男は優しく頭を軽く叩いた。

 

 

 

 

「自分の弱さを認めることも男の強さだ。・・・・・・俺も、自分の非力さを認めざるをえない」

「え・・・・・・?」

悲しそうにそういった男に問いかける間もなく、そいつは傷だらけのルナを再び抱き上げた。

「さぁ、行こう。ここもいつまでも安全とは限らない」

「・・・・・・わかった」

不服ながらも、オレはルナを抱きかかえたその男を、サーカス団のみんながくつろぐ仮住まいの宿へと案内したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そんなわけで、今回は初のジョン視点!!

ルナが負傷中なので、あえての彼の視点を持ってきました!!

「あたしの恋人」で、散々ジョン視点は書いてますが、こうして「ふたつの月」の中でジョンを中心に世界をまわすと、また違ったものに感じますね。

ジョンの一途で意地らしい想いは、応援したくなるのですよ、紫月としては!!

そして、からかいたくもなるのです(笑)

 2014.1.10

 

 

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