<十六夜>

 

〜前編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると、天井が見えた。

しばらくその天井を見つめながら、自分が今どこにいるのか、考えた。

そして思い出した。

この天井の柄は、サーカス団のみんなが仮住まいしている宿のものだ。

いつの間にか、あたしは宿で眠ってしまっていたのだっけ・・・・・・?

なんだかぼぉっとする頭でそんなことを考えているうちに、次第に意識がはっきりしてきた。

 

 

 

・・・・・・そうだ、あたしは昨日、いつもの夜の活動中によくわからない連中に銃撃されたんだ。

顔はよく見えなかったけど、あたしはそいつらと対面した。

威嚇だけに拳銃を鳴らす警察とは違って、そいつらはあたしに確実に銃口を向けてきた。

・・・・・・あたしを、殺すために。

<銀月の妖精>が邪魔なのではなくて、あたしが持っていた宝石を手に入れたいために。

そのときの情景を思い出し、あたしはぶるりと体を震わせた。

その途端、体中の傷がズキズキと痛んだ。

「いたっ・・・・・・!!」

「ルナ!!目を覚ましたんだな!!」

「ジョン・・・・・・」

傍らにジョンが立っていた。あたしが声を上げると、心配そうに顔を覗き込んできた。

「どこか痛むか、ルナ?何か欲しいものは?」

「・・・・・・大丈夫よ、ジョン。ありがとう」

心配そうに声をかけてくるその姿は、なんだかんだ言っても少年のその姿だった。おろおろとしている様子は、なんだか弟分としてかわいらしいな、なんて思ってしまう。

・・・・・・本人にそんなことを言ったら怒られるけど。

 

 

心配かけないように笑って答えたのに、なぜかジョンは不服そうにあたしを見下ろしてきた。

「なんで、そこで無理して笑うんだよ?ルナ、1日ずっと目を覚まさなかったんだぞ?!傷のせいで発熱して、うなされてたんだからな」

「え〜っと・・・・・・ごめん・・・・・・。サーカスの公演も、影響しちゃったよね・・・・・・」

「まぁな。でも、うまく誤魔化せたと思う」

「え、そうなの?!」

ジョンがそんな機転の利いた嘘をつけたのだろうか。

ジョンを疑うわけじゃないが、何事も顔に出てしまう正直な弟分の言い分に、思わずあたしは問い返してしまう。すると、さらに彼の機嫌は急降下した様子で、あたしに答えた。

「アイツが団長に言い訳してくれたんだよ。なんかよくわからないけど、団長はすっかりアイツのこと気に入ってるし」

「アイツ?」

「ルナを連れてきた男だよ」

「まさか・・・・・・ソウマさん?!」

「へぇ、そーゆー名前なんだ」

びっくりするあたしとは対照的に、ジョンはジト目であたしを見つめてくる。

なんだかおぼろげな記憶の中で、そういえば、ジョンとの合流地点をソウマさんに告げて、連れて行ってもらった気が・・・・・・する・・・・・・。

ジョンをあの危ない夜にいつまでもひとりにさせたくなかったから・・・・・・。

考えてみれば、すっかり彼を巻き込んでしまったことになる。

 

 

 

 

 

「悪いことしちゃったなぁ・・・・・・」

「それってアイツに対してつぶやいているなら、まだアイツ、ここにいるぜ?」

ふてくされたように告げたジョンの言葉に、あたしはさらに驚かされた。

「え、まだいるの?!だってあたし、ずっと眠ってたんでしょ?!」

「そうだよ。だからさっさと帰れって言ったのに、『どうしても直接謝りたいから』って帰らないんだよ。宿もないみたいだし」

「そう・・・・・・なんだ・・・・・・」

思いもかけないジョンからの情報に、あたしもぼんやりとした頭の中で混乱してしまう。

だけどはっきりとわかっているのは、今もまだ、彼はここにいるということ。

あたしをここまで運んでくれた。助けてくれた。

そんな彼が、あたしに謝りたいこととは、なんだろう・・・・・・。

 

「・・・・・・パンツの色でも見られちゃったかしら・・・・・・」

「もしもそうだったらアイツを殺してやる・・・・・・」

冗談交じりにぽつりと呟けば、それを聞きつけたジョンがすかさず剣呑な雰囲気を漂わせて返してきた。

そんなジョンにあたしはくすくすと笑った。

ソウマの話をあたしは真剣に考えてもいなかったから、そんな風に呑気に構えていたのだ。

しばらくはサーカスに出ることができないのは、サーカス団のみんなには申し訳ないと思ったけれど・・・・・・。

だけど、部屋に呼ばれてやってきたソウマの表情を見て、あたしは笑みを引っ込めた。あまりにも思いつめた青い顔色をしていたから。

 

 

 

 

 

 

「ソウマ・・・・・・さん?」

「・・・・・・ルナ・・・・・・ごめん・・・・・・」

開口一番出てきた言葉は、謝罪。

そういえば、彼は何度も何度もあたしに謝っていた気がする。

・・・・・・なぜ・・・・・・?

あの連中のことを、彼は何か知っている・・・・・・?

 

「・・・・・・何か、知っているの?あの連中のことを」

すぅっと自分の中で、<銀月の妖精>として意識が自然と切り替わっていくのがわかった。

陽気な<ルナ>ではなく、昨夜宝石を盗み、それゆえに命を狙われた義賊のそれに。

「・・・・・・確かではないけど・・・・・・でも、おそらく・・・・・・」

「あいつら、あたしに言ったわ。『それは<シリーズ>だからよこせ』って。・・・・・・あの宝石は何か、重要な秘密が隠されているの?あたしの命が狙われるようなものが」

厳しくあたしが問い詰めていくと、ソウマは顔を青くしながらもそれに答えようとしてくれる。

もう、隠し事はしないつもりなのが、よくわかった。傍らにいるジョンもまた、空気を読んでおとなしくやりとりを見守っている。

 

 

 

「あなたは、あの連中の仲間なの?」

一気にあたしは核心をつくことにした。

人の命を拳銃で平気で狙ってくるような連中の仲間なら、あたしはもう、彼とは関われない。

・・・・・・それはとても、残念なことだけれども・・・・・・。

だから、すぐに否定して欲しかった。

「あんなやつらとは仲間なんかじゃない」って怒鳴られたって構わなかった。

この人は、人の命に関わるようなことができるような人ではないって、あたしは信じていたから。

それなのに、彼は青い顔で俯いたまま、何も答えてくれなかった。あたしはじっと、彼の反応を待った。

彼と真剣に話をしたくて、ゆっくりと身を起こす間も、彼はあたしを見ようともしなかった。

何か自分の中で葛藤しているかのように、唇を噛み締めたまま、立っていた。

 

 

 

「・・・・・・どうなんだよ?ルナの質問に答えろよ。・・・・・・自分の弱さを、認めるんだろ?」

あたしが身を起こすのを手伝ってくれたジョンが、静かに彼にそう言った。

その真剣な表情と声色は、少年のそれではなく、まるでソウマと対等であるかのように大人びて見えた。

そんなジョンの一言を受けて、ソウマは肩を一瞬震わせた。

そして意を決したかのように顔を上げて、あたしに何かを差し出してきた。白いハンカチで包まれた、掌よりも少し小さい、何か・・・・・・。

「これ、まさか・・・・・・」

「そう、君が昨夜死守してくれたものだ。・・・・・・ありがとう、これを奴らに渡さないでいてくれて・・・・・・」

受け取ってハンカチを取り除いてみれば、あたしが昨夜盗んだ宝石が姿を現した。

一見すれば、今まで盗んできた宝石と何も変わらない気がする。

この宝石が、何か特別な秘密を持っているというのか・・・・・・。

これを死守してこれたのは、ただただ、命を狙われていることに動転して逃げ回ったからだけなんだけど。もう少し冷静だったら、さして執着しているわけでもないこの宝石を、あの物騒な連中に渡していたかもしれない。

でも、ソウマが思い詰めた様子で「ありがとう」とあたしに言ってきたところからして、満身創痍になりながらもなんとかこれを守り通してよかったな、と今は思う。

 

 

 

 

「・・・・・・その宝石は、<シリーズ>と呼ばれる特別な宝石なんだ。ある暗号がその中に隠されている」

「宝石の中に、暗号が?」

そんなドラマや小説みたいな話、現実にあるのだろうか。

驚き問い返すあたしに、さらに彼は驚くべき事実をあたしに打ち明けた。

「・・・・・・俺は、その暗号を読み解く研究をする、研究員だったんだ」

「・・・・・・え・・・?」

「・・・・・・だから、ルナを狙った連中の仲間かどうか、と聞かれたら・・・・・・そう・・・なのかもしれない・・・・・・」

そう言って、彼は顔を両手で埋めてしまう。表情もわからず、ただくぐもった声が聞こえるだけ。

「知らなかったんだ・・・・・・。あの研究が、まさか、こんな最悪の事態を招くなんて・・・・・・。暗号を読み取った先に、あんな恐ろしいものがあるなんて・・・・・・!!」

「無知は愚かなり、ってとこだな」

ぽつりと呟くジョンの一言が、ひどく冷たくその場に響く。

 

 

「ジョン!!」

「だってそうだろ?『知らなかった』とはいえ、そういう連中の加担をしてたんだ。どんな恐ろしい研究だかなんだかしらないけど、ルナの命を危険に晒したっていうのは、許せないな」

「・・・・・・でも、この宝石をあたしが粉々にしてしまえば、もうその暗号っていうのがなくなるんでしょう?」

「・・・・・・その宝石の暗号は・・・ね」

「この宝石はって・・・・・・それって・・・・・・」

「言ったろう?これは<シリーズ>だと。・・・・・・同じ暗号を持つ宝石たちが、まだまだ散らばっている・・・」

「そんなに・・・・・・?」

「・・・・・・これは、俺の罪だ・・・・・・っ!!研究が成功しなければ、やつらは動き出すことすらできなかったのに・・・・・・!!」

とうとう膝を折り、その場に跪くようにして、彼は呻く。

背負い切れないほどの罪悪感に押し潰されそうになりながら。

詳しいことはわからない。

だけど、彼の抱える闇に、触れた気がした。

最初に出会ったときの暗い目。

死を渇望していた彼の気持ちが、わかった気がした。

詳しいことがわからなくても、あぁいう危ない奴らが狙うようなものがどんな結末を招くのかくらいは、あたしにだってわかる。

本当は、そんな難しい研究を成功させるほどの優秀な頭脳を持っているのに、それが仇になるなんて・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・かわいそうに・・・・・・」

思わず、そんな言葉が口を出た。

かわいそうな孤独な人。

誰もその闇にも、罪にも触れることができなかった。

ひとりで抱え込んで、苦しんで、そして、彼が恐れていた最悪の事態が展開されようとしている。

かわいそうな人。

ずっと孤独だと怯え、苦しんできた。

放っておけばいいのに、なぜかあたしは彼が放っておけなかった。

だから、気付けばあたしは彼に言っていた。

「あたしが、その<シリーズ>に関することで力になるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ジョンとルナのやりとりは楽しいですね〜!!息がピッタリで!!(笑)

さてそんな中で、話は核心に近づいていきます。

苦しむソウマの隣で、ジョンが辛辣に放つ言葉たちが、彼の火のついたライバル心を見るようでおもしろいですけどね〜(笑)

 

 2014.1.19

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