<十六夜>

 

〜後編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしが力になる」

 

 

 

満身創痍の彼女がそう告げたとき、俺は耳を疑った。

彼女は、かつてないほど恐い思いをしたばかりだ。

そのせいで傷だらけにもなった。

その原因が、<シリーズ>にあると俺は伝えたばかりなのに、次に出てきた言葉は「協力する」というものだった。

力強い瞳でそう言い切った彼女を俺はただ凝視するしかできなくて、その金縛りを解いたのは、傍らにいたジョンという少年だった。

 

 

 

 

「何言ってるんだ、ルナ!!コイツに関わっていいわけないだろ?!オレたちの目的はそうじゃないだろ?!」

「ジョン。あたしがどうするかは、あたしが決めるわ。気に入らなかったらジョンは関わらなくていい」

「なっ・・・・・・!!」

顔を真っ赤にして怒りを露わにする少年がかわいそうでならない。

彼は真剣に彼女を心配しているのだ。そしてそれは、じつに賢明なものだと思った。

「その子の言う通りだよ、ルナ。・・・・・・俺にも、<シリーズ>にも、関わるべきじゃない」

「だから、それはあたしが決めるの。誰にも指図されないわ。<銀月の妖精>は何にも縛られないもの」

「ルナ!!」

けらけら笑いながら答えるルナに対し、諌めるようにジョンが声を荒げる。けれど彼女は、そんな少年に冷ややかな一瞥を与えた。

「この部屋を出なさい、ジョン。話し合いに邪魔だわ」

「ルナ・・・・・・?何を言って・・・・・・。オレは、いつだってルナの手助けをして・・・・・・」

「今回に限っては、ジョンの助けはいらないわ。これはあたしが決めたことだし、自分の身も自分で満足に守れそうにない子供のあなたがいては、足手纏いだわ」

いっそ辛辣なくらいの言葉の数々に、俺は何もできずにはらはらと成り行きを見守るだけ。

それを直に告げられた彼は、今にも泣きそうな傷ついた表情で彼女を見返していた。

「何か反論はあるかしら、ジョン?」

冷ややかにルナは彼に問いかける。少年は、拳を強く握り締め、必死に泣かないようにしているようにも見えた。

「・・・・・・ない」

「じゃぁ、出て行きなさい」

最後の一言を聞き終えるかどうかで、少年ジョンは部屋を飛び出した。

残されたのはルナと俺だけ。

それまでの彼女の冷ややかな態度に動揺してしまった俺は、気まずい空気が流れるその場に、為す術がない。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ごめん。不愉快な思いをさせたわね」

ふぅっとため息と共にルナはそう言って苦笑した。俺はただ小さく首を横に振った。

「あなたの話は危険な気がしたの。でも、詳しい話を聞けば、ジョンもきっと関わろうとするわ。あの子を危険に巻き込みたくはなかったから」

「だから・・・・・・あんなに厳しく?」

「あぁでもしないと、ジョンは部屋から出て行かなかったわよ。さ、ソウマさん、詳しい話を聞かせて」

「ま、待ってくれ。俺は君を巻き込むつもりはないし、危険に晒すつもりもない。その程度のケガでは済まないかもしれないんだぞ?!」

「覚悟の上だわ」

きっぱりと言い切る彼女の意志は、すでに固く決まっているようだった。

だけど、わからない。

なぜ、ついこの間知り合ったばかりの俺のために、そこまで危険を冒そうとしてくれているのか。

まるで自殺願望者のように、危険に自ら飛び込もうとするなんて。

 

 

 

「・・・・・・とても、危険なんだよ・・・・・・」

「でも、あなたもまた、その危険の中に投じようとしているのでしょう?」

ルナに指摘され、図星ゆえに俺は瞠目して彼女を見返す。そんな俺に、彼女はくすくすと笑った。

「ソウマさん、わかりやすすぎ。とても悪人には見えないわね」

「ルナ・・・・・・」

「あたしはね、あなたの力になりたいの。あたしと同じ国の血が流れた、あなたのために。あたしと同じ、孤独な目をした、あなたのために」

柔らかく優しく、包み込むようにルナはそう言った。

「なんで、そこまで・・・・・・」

「さぁ、あたしにもよくわからないわ。でもね、あたしは自分の直感を信じることにしてるの。だから、あたしにも協力させて。ソウマさんが知っていることを教えて」

何度話し合っても、もう彼女の意志は変わらない気がした。

とうとう俺は、彼女を説得することを諦めた。軽くため息をつきながら、俺は彼女に言った。

「ソウマ、でいいよ」

危険をともにするのに、他人行儀でいても仕方ないと思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺は、まずは自分が日本人であること、大学の留学中であったことを話し、在学中にスカウトされて研究所に入ったことを話した。

当初は研究内容もよくわからず、異様な空気が辺りに漂っていることは感じられたものの、熱心に研究しているからなんだな、なんてたいして考えもせずにそう思い込んでた。

「俺に与えられた研究は、<シリーズ>に組み込まれた暗号を読み解くための装置の開発だった。現物を与えられ、その中に暗号があるはずだからなんとしてでも読み取れ、と言われた。元々研究するのが好きだったこともあって、俺は夢中になって研究した」

「いかにもな理系タイプだもんね、ソウマは」

失礼極まりない茶々を入れてくるルナを無視し、俺は話し続ける。

「意外にもその研究は困難を極めていた。<シリーズ>に関するあらゆる研究はすでに何年も前からプロジェクト化されていて続いていた。いつまでも研究成果が上がらないと、いらいらした研究室の責任者たちに暴行を受けることもあった」

「・・・・・・そんなおかしなところに、よくもずっといられたわね?脱走者も何人もいたんじゃ・・・・・・」

「実際脱走者は何人もいた。・・・・・・だけど、生きて脱走に成功する者はほとんどいなかった。情報が外に漏れることを、やつらはひどく怯えていたからね」

「いかにも怪しい研究所ってとこね。それで、ソウマも研究に嫌気がさして脱走に成功したのかしら?」

「・・・・・・いや、俺は・・・・・・そうじゃない」

核心に近づくにつれて、俺の声が震える。

今は彼女が休んでいるベッドのすぐそばに簡易椅子を用意し、そこで話している。なるべく人に聞かれないように、ひそひそと話してもルナに聞こえるように。

 

 

 

「・・・・・・俺は、脱走しようと思うことはあまりなかった。研究は難しかったけどそれなりにやりがいを感じていたし・・・・・・同じ日本人の仲間もいたんだ。一緒に切磋琢磨して研究するのも悪くなかった・・・・・・。・・・・・・そして・・・できてしまったんだ・・・・・・」

「できたって・・・・・・まさか、その暗号を読む装置っていうのが?!」

「・・・・・・そう。俺はその装置を完成させることだけに夢中になっていて、その装置で読み取った暗号が何なのか、それが何に導かれていくのか、興味を持つこともなかった」

「うわぁ、無責任な理系男子」

からかうように言うルナの言葉に、俺は自嘲するように笑って頷いた。

「本当だよ。無責任だったと思う」

「・・・・・・ごめん」

「なぜ、謝るんだい?」

「あなたが傷ついたように笑うから・・・・・・。ごめん、ふざけただけだから・・・・・・」

事実を告げられたのは俺なのに、人の心を大切にする彼女は、そんな俺の心情さえも守ろうとしてくれる。

・・・・・・こんな俺なんて、守る価値すらないのに・・・・・・。

 

 

 

 

「難しい話は大体わかったわ。それで、結論として、その暗号は何を見つけるためのものなわけ?まぁ、拳銃を平気な顔して振り回している連中が躍起になって探しているものなんて、大体の想像はつくけど」

「・・・・・・おそらく、ご想像の通りだ。何十年も前に開発された、核兵器なんかよりももっと恐ろしいものだ」

「予想通り過ぎて驚かないわね」

「だけど、その予想すら俺は気づくことのないまま研究成果をあげてしまって・・・・・・それから、調べて知ったんだ。自分の研究が、作り上げた装置が、何に使われ、それによってどうなるかを」

「あら、でも、ソウマは何も悪くないじゃない」

「・・・・・・え・・・・・・?」

あっけらかんと言われたルナの言葉の意味がわからず、俺は間抜けにもぽかんとして聞き返す。にっこりと笑いながら、彼女は再度言った。

「あなたは何も悪くないわ。だって、あなたは何も知らないまま難しい研究を続けて、それを成功させたんだもん。むしろすごいことだわ。そうでしょ?」

「何を言って・・・・・・。だって、俺が研究を成功させなければ、装置が完成しなければ、奴らは動き出すこともできなかったのに・・・・・・!!」

「それはたまたま研究対象が悪かっただけね。ソウマが悪いわけじゃない。あなたは何も知らなかった。あなたひとりが抱える罪ではないわ」

 

 

 

はっきりと言い切る彼女の背景に、金色に輝く月が見えた気がした。

<銀月の妖精>と呼ばれる彼女の不思議な妖艶な空気に、のまれているような気がする。

俺に罪はない。

そんなこと、考えたこともなかった。

そんなこと、望んでもいなかった。

ただただ望んでいたのは、罪から逃れたいという逃避願望。

 

 

 

 

「・・・・・・無知は、罪だと思ったのだけど・・・・・・」

「そうね。無知は罪かもしれない。でも、事実を知って、そこから逃げようとすることの方が罪だわ」

「・・・・・・っ!!」

俺の心の内を読み取ったかのように彼女はぴしゃりと言い切る。

逃げるのが罪。

確かに、そうかもしれない。

それは現実逃避とも何も変わらない。

ここで俺が死んでも、回り始めた最悪の運命の輪は止まらない。

それを止めるには・・・・・・。

 

 

 

 

 

「・・・・・・やっぱり、装置と、その設計書がなくならなければ止められない・・・・・・」

「うん、結論からすれば、そうね」

搾り出すようにそう呟けば、あっさりとルナが同意してくる。

ことの重大さがわかっているのかと疑いたくなるほどに。

疑うように彼女を見ると、彼女はにっこりと明るく笑った。

「ちゃんとわかってるじゃない。そうよ、あなたがやるべきは、自分で開発した装置とその設計書を研究所からなくすこと。そうすれば、しばらくはあなたみたいな優秀な研究員が現れない限りは、あいつらも困るわけでしょ?」

「そう・・・・・・だけど、でも、口で言うほど簡単なことじゃ・・・・・・」

「そりゃそうよ。拳銃を普通に持ってて、街中でためらいなく撃てる連中だもの。そいつらのテリトリーに入れば、爆弾さえも出てくるかもしれないわね」

「それなのに、なんでそんなあっさりと・・・・・・」

あっけらかんと明るく話す彼女の態度がわからずに、俺は混乱してしまう。一方で、彼女はなんてこともないかのように、ひょいと肩を竦めた。

「だって、やることはそれひとつだけじゃない。やりましょう、装置と設計書の奪取を」

「え、え・・・・・・?!」

「そうねぇ、情報も集めたいことだし、1ヶ月は時間が欲しいわね。次の満月にでも決行しようかしら」

「何を・・・・・・?」

どんどん話を進めていく彼女の話についていけず、俺はおろおろと彼女を見つめるばかり。

それなのに、それにお構いなしに、彼女はさらに俺に尋ねた。

 

 

 

 

 

「それで?その<シリーズ>とやらの正式の名前は知っているの?」

彼女の話の流れに完全に圧されて、とうとう俺は、知っている最後で最大の情報まで彼女に伝えてしまった。

「・・・・・・<失われた誕生石>・・・・・・。それが、<シリーズ>の正式名だ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ジョンはすっかり除け者にされちゃいました・・・・。

そんな中、ルナはやはり母のような母性あふれる落ち着きで、落ち込むソウマを慰めます。

<シリーズ>の名前も明かされ、話も佳境に入ってきます。

とはいえ、このお話の中で、アクションっぽいシーンとかはないんですけどね〜(笑)

<シリーズ>の話や装置の話が、ちゃんと初めての方にもなんとな〜くでもご理解いただいているといいなぁ、と思ってます(汗)ついつい、既存シリーズで説明済みの話なので、うっかりな情報が抜け落ちちゃいそうで(汗)

 2014.1.25

 

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