〜前編〜
ルナに全てを打ち明けてから1ヶ月。
その間、彼女の要望もあって、俺はサーカス団が暮らしている宿に一緒に泊まっていた。
傷の癒えた彼女は、すぐさま活動的に動き始めていた。
サーカス団員としての公演があるというのに、合間をぬって、俺の話を参考にして情報を集めていた。
その間、<銀月の妖精>としての活動はさすがになくなり、その補佐をしていたジョンは不機嫌な態度をそのまま俺にぶつけてきていた。
それでも、このサーカス団のみんなは温かかった。得体の知れない俺を快く受け入れ、まるで昔からの知り合いであるかのように接してくれた。
温かな家庭。
まるでそんな感じだった。
研究所にいたときには全くなかったもの。
日本の家族を思い出してしまう。急に日本が懐かしくなってしまう。
「ソウマ?どうかしたの?」
ルナに話しかけられて、はっと俺は我に返る。そして、手元に広がる略図に目を落とした。
俺が所属していた研究所内の略図を。
「ちょっと〜!!真剣にやってよね!!大事な打ち合わせなんだから!!」
「ごめん・・・・・・」
そう、今は大切な打ち合わせをしているところだ。
最終打ち合わせを。
俺が覚えている限りの研究所内の見取り図を教え、彼女がそれを作成しているのだ。
ここ1ヶ月、俺も彼女もそれなりに情報を集めた。
彼女が自らの足で掴んできた情報は、どれもあの研究所がいかに違法で危険な存在であるかを知らしめるものであった。
しかも、ここイタリアだけではなく、フランスにも日本にすらも同じ研究所があるというのだから・・・・・・その規模は計り知れない。
とにかく、コトは早いほうがいいと判断した俺たちは、いよいよ<失われた誕生石>の暗号を読み取る<レーザー>の奪取に動くことになった。
「これで研究所内の見取り図は大体できているかしらね」
「そおらく・・・・・・。ただ、俺も立ち入ることができなかった場所もあるから・・・・・・」
「そんなとこには行かないから大丈夫よ。あたしがやることは、<レーザー>に関するものの奪取だけ。いつものように、盗むだけよ」
わざと明るくルナはそう返し、不安そうに呟く俺を励ました。
「しっかりしてよね、ソウマ。あなたにだってがんばってもらわないといけないんだから」
「・・・・・・わかってる」
もちろんだ。元々は俺一人の問題だったにも関わらず、ルナが力を貸してくれて、ここまでやっと辿り着いたのだ。
自分ひとりだったら、<レーザー>の奪取の作戦を練るなんてこと、できなかった。そのための情報収集など、何からやっていいのかもわからない。
改めて、彼女は義賊として活躍していた<銀月の妖精>なのだと、認識してしまう。
ただ、目的のためには容赦のない研究所からの奪取には、ただならぬ緊張感と問題があった。
まず、<レーザー>の奪取の問題だ。<レーザー>の機器はとても大きく、ふたりで持ち運べるようなものではない。それだけ精密なものなのだ。
そこで、俺たちは<レーザー>の奪取は諦め、破壊という行動に変更することになった。
とりあえず、あの<レーザー>が研究所の奴らに使われなければそれでいいのだ。
暗号を読み取る装置さえなくなれば、いくら<失われた誕生石>と呼ばれる宝石たちと集めたところで意味がない。最悪の事態も避けられるのだ。
そして次に、その装置の設計書の奪取だ。これに関しては確実に奪い返したい。
さらに言えば、すでにその設計書もデータ化されている可能性がある。
「もしも設計書がデータ化されているとしたら、いくつかのフロッピーディスクにコピーされているはず。その保存場所としてありえるのは、こことこことここだ」
俺はルナの作った見取り図を指差しながら、そう伝える。それに応じて、ルナも真剣な表情で頷いた。
「それなら、<レーザー>の保管場所に近いこの部屋にあるであろうデータはあたしが奪うわ。残り2箇所くらいはソウマが行ける?」
「って・・・・・・まさか、君が<レーザー>の破壊に行くつもりなのか?!」
「もちろんよ?」
けろっと答えるルナの態度に、俺は慌てて首を横に振る。
「だめだ、一番危険なのが<レーザー>の破壊なんだ。あの装置のそばには、絶対只者じゃないSPたちがいるに違いない。君があそこに行くのは危険だ」
「あら、でも、ソウマができるのかしら?」
鋭く問い返され、ぐっと俺は詰る。
情けないが・・・・・・そういう荒事にはとんと縁がない・・・・・・。
「ね?だったら、今までも修羅場をくぐってきたあたしのほうが最適よ。ま、任せなさい、この<銀月の妖精>に」
そう言われてしまうと、何も言い返せない。確かに、どちらが要領よくやれるかと言ったら、考えるまでもない結論なのだ。
だが・・・・・・。
「・・・・・・だけど、心配だ・・・・・・。危険だとわかっているのに・・・・・・」
「この件を引き受けたときから、危険は承知よ。それでも、あたしは必ずやるわ」
「ルナ・・・・・・」
「・・・・・・やってみせるわ」
そう呟く彼女の手が震えていることに俺は気付いていた。俺はそっとその震える彼女の手を包み込んだ。
「・・・・・・無茶はしなくていい。無理だとわかったら、引き返してくれ」
「でも・・・・・・」
「お願いだ。・・・・・・君が傷つくのはもう、見たくない・・・・・・」
抱きしめれば俺よりも小さな身体。
それなのに、しなやかに身軽に、彼女は夜空を駆け巡るのだ。夜の闇すら味方にして。
「ソ、ソウマ?!」
慌てる彼女の声で、はっと俺も我に返り、自分が何をしているのかに気付いた。抱きしめられたルナの方も思わぬ俺の行動に顔を赤くしている。
「ご、ごめん・・・・・・」
「別に・・・・・・いいけど。・・・・・・わかった、命の危険があるような無茶はしないって約束するわ。それでいいでしょ?」
「あぁ・・・・・・」
力なく頷きながら、俺はルナの作成した見取り図に再び視線を落とす。
近頃何度も何度も打ち合わせしながら作成した見取り図。
その侵入経路。
ルナはそれに向けて様々な用意をしてきたようだ。
・・・・・・そして今夜、いよいよ侵入を開始する。
俺の脱走はとっくに知られているはずだ。
だから、俺も研究所の連中に知られたら、相当やばいことになる。それでも、自分の犯した罪に対して、自分なりにけじめをつけたかった。
ルナを巻き込むことになったのは申し訳なかったが・・・・・・だけど、本当に心強かった。
<銀月の妖精>として活躍する彼女の知識と経験は、感心できるものではないが、今回限りは本当に助かった。
そして、いつだって自信満々で作戦を練る彼女の姿勢にも勇気づけられた。
俺もまた、しっかりとしなければ。
「・・・・・・今夜、成功させよう」
意を決してそう口に出せば、彼女は不敵に笑って見せた。
「当たり前よ。あたしがついているんだからね」
彼女のその言葉は、表情は、存在は、本当に今の俺にとって勝利の女神そのもののようにさえ感じられたのだ。
そして、情報を集めること1ヶ月経った今夜、居待月が見守る中で俺たちの戦いが始まろうとしていた。
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話が進んだのかといえば、あんまり進んでないというか(笑)
いよいよ決戦に向かうぜ〜、な割に、ちょっと呑気な脱線思考になっているソウマ。
本人の自覚はないだろうけど、サーカス団の中にいて、ルナに話を聞いてもらって、自責の念が和らぎ、余裕が出てきた証拠だったりします。
さて、いかにも決戦直前のお話の次は、誰の視点でしょう〜!!
2014.2.22