<居待月>

 

〜後編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦力外であることを痛烈に告げられて、オレは意地になった。

ふたりがこそこそと何かを調べたり打ち合わせしたりしていても、オレは知らぬふりを続けた。

 

 

オレには関係ない。力がない。

足手まといだと、ルナにはっきりといわれ、男のプライドが傷ついたからだ。

だけど、そこで素直に受け止めることもできなかったのは、やはりオレも幼かったのだ。

・・・・・・だから、ふたりの話し合いに無理やりにでも参加しなかったことに、後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「具合が悪いって・・・・・・大丈夫かい、ルナ?」

居待月の夜。

いつものサーカスの公演の直前になって、ルナが団長と話しているのが聞こえた。そこで、団長が少し驚いたようにそう言ったのがオレの耳に入ってきた。

ちょうどルナとの空中ブランコの用意もしていたオレは、そんな事態となって、さすがにそちらの会話を集中して聞こうと聞き耳をたてる。

「えぇ、たいしたことじゃないんだけど、ちょっとフラフラするから、今夜の公演に出るのはやめておこうかと思って」

「そうか・・・・・・。もしも介抱が必要だったら・・・・・・」

「ううん、大丈夫。ごめんなさい、団長。やっと怪我が治って、公演を再開しはじめたばかりだったのに・・・・・・」

「気にするな、ルナ。最近、ジョンもひとりで色々できるようになってきたしね。明日は公演も休みだから、ゆっくり休みなさい」

「ありがとう」

にっこり笑いながらルナはそう返してその場を去っていく。

時折、今の会話を聞いていた団員が心配そうにルナに声をかけているのが見えた。その様子は、とても具合が悪そうには見えない。

 

 

 

 

長年ルナとずっと一緒にいたからこそ、オレにはわかる。

ルナは仮病で公演を休んだんだ。

・・・・・・だけど、なぜ?

ルナは何よりもサーカスの公演に出るのが好きで、それこそ怪我や病気で出れないときは、押さえつけるのが大変なほど悔しがったりするほどだ。それなのに、自分から仮病で公演を休むなんて・・・・・・。

 

 

「明日は公演も休みだから・・・・・・」

 

 

 

ふと、先ほど団長がルナに言っていた言葉を思い出す。

そうだ。明日はサーカスの公演も休み。今日仮病で休んだら、ルナは2日間自由を得ることになる。

・・・・・・何のために?

 

浮上してくる疑念に、不安が増す。常ならないルナの行動に、彼女を問い詰めたくなる。

だけど、ここ1ヶ月ほど、サーカスの公演の打ち合わせ以外でまともに会話をしていない。

彼女はきっと、オレが拗ねていると思っているのだろうし、オレもまた、例の一件でプライドを傷つけられた意地があるから、なかなか自分からいつものように話しかけることができないでいた。

・・・・・・だけど、そうも言っていられない。

オレは腹を決めて彼女の後を追った。

こんな不安だらけの気持ちのままサーカスなんてできない。

駆け足で彼女に追いつき、オレは大きな声で叫んだ。

 

 

 

 

 

「ルナっ!!」

「ジョン?!どうしたの、大きな声で」

「どうしたもこうしたもない!!仮病でサーカスの公演さぼるなんて・・・・・・」

「しーっ!!ジョン、声が大きい!!」

慌てて彼女がオレの口を塞いでくる。否定してこないのは、図星ってことだ。

「・・・・・・さすがに、ジョンはごまかせないわね」

「団長も気づいてるかもしれないぜ。ただ、団長は優しいから・・・・・・」

「・・・・・・うん、そうだね」

「で?なんでさぼることにしたんだよ?どんな心境の変化なんだよ?」

「やだ〜、ジョンってば。オンナノコのは、色々と事情があるのよ」

ふざけた口調でオレの頭を撫でてくるルナの腕を、オレはきつく掴んだ。

「ふざけるな」

「いった・・・・・・。痛いよ、ジョン」

「オレだって、男なんだ。ちゃんと、力だってあるんだからな」

 

 

 

 

ルナはオレを足手纏いだと言った。

実際、そうなのかもしれない。

だけど、オレだって男だ。ルナの腕を掴んで放さないだけの力は、ある。

それを示すように、オレはぎゅっと彼女の細い腕を握り締める。

あまりの力の強さに苦痛の表情を浮かべていた彼女だったが、瞬間、気配も表情も変わった。

すっと冷たい風が通り抜けたかと思った次の瞬間、オレは掴んでいたはずの彼女の腕にからめとられていたのだ。

 

 

 

「いって・・・・・・」

「力づくで人を押さえつけることはできないわ。大事なのは、体の中に組み込まれているポイントを押さえ込むこと」

「は、放せよ!!」

「悔しかったら自分で解いてご覧なさい?あたしよりも力があるのでしょう?」

 

 

 

 

冷ややかなルナの声が、オレを焦らせる。

どんどん置いていかれるような焦燥感。

もがいてもあがいても、ルナはどんどんオレを置いて先に行こうとしてしまう。

いつもそばにいたつもりだったのに、それはいつもルナがそばに付き添ってくれただけなんだと、改めて痛感する。

無力。

どうしようもない、自分の無力さを認めざるをえない。

どうすれば、追いつける。

置いていかれたくない。

守りたい・・・・・・大切な人を・・・・・・。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ジョン?泣いてるの?」

「な、泣いてなんか、ないっ!!」

羽交い絞めのようにされているので、オレの顔をルナに直接見られることはないにせよ、自然と流れてきた涙を拭きたくても両手をからめとられてしまっているため、それもできない。みっともないくらいに虚勢を張ることしかできない。

やがて、ルナが小さなため息と共に、オレを拘束していた力を緩めた。すかさずそこから逃れ、慌てて顔を拭いて、改めて彼女と対面する。

今度は押さえつけられないように、少し距離をとって。

見れば、ルナは小さく笑っていた。寂しそうに。

 

 

 

「・・・・・・ルナ?」

「そう、その距離を保ちなさい。自分の間合いをちゃんと見極めて。そうすれば、簡単につかまることはないから」

「・・・・・・なんで今、そんな話をするんだ?」

まるで、もう二度と会えなくなるみたいに。自分の持っている知識を技量を、引き継ごうとするかのように。

「さぁ、なんでだろうね。なんだか、がんばるジョンを見てたら、教えてあげたくなっただけ」

「・・・・・・っ!!何のために、オレががんばってるのか、わかってるのかよ!!オレは、ルナの足手纏いには、なりたくないから・・・・・・っ!!」

悔しくて、涙がまた出そうになる。

でもなんとかそれを堪えようとして、言葉がつっかえつっかえになってしまう。

そんなオレに、ルナは寂しそうに微笑んでくれた。まるで、聖母マリアのように。

「うん、わかってるよ。ありがとう」

「・・・・・・今夜、どこかに行くのか?・・・・・・まさか、この前言ってた、アイツの研究所に行くのか?!」

 

 

 

 

 

突然オレたちの元に転がり込んできた男。

あのずうずうしい男は、いつまでもルナのそばでぬくぬくと張り付いている。

オレとルナがこんな気まずい関係になったのだって、元を正せばアイツのせいだ。

アイツさえ現れなければ、今だって<銀月の妖精>として、ふたりで活動していたかもしれないのに。

そのアイツが、ルナに自分の秘密を打ち明けた。どこぞとも知れない、怪しい研究所の人間だと。

まるで悲劇のヒーローのように、自身の研究を悔やんだりしてルナの同情を誘ったのだ。

そして、ルナは言ったのだ。

「あなたの力になる」と。

 

 

アイツの研究がどういう研究なのかも、ろくにちゃんと聞いていなかった。

アイツの話はあまりまともに聞いていなかったから、ルナがこの1ヶ月何をしていたのかもよくわからない。

だから具体的なものは何も覚えていないが、それでも、ルナがアイツに「力を貸す」と言ったのはよく覚えてる。

それはつまり、その研究所に研究成果を残してきてしまったことを悔いるアイツのために、研究所にそれを取り返しに行くことなんじゃないかと思ったのだ。

<銀月の妖精>として、獲物を盗みに行くように。

それがルナにとって不可能だとは思わないけれど・・・・・・だけど、心配だった。

オレが何も事情を知らされていないこともそうだけど、ルナが大怪我をして帰ってきた夜のことを思い出したからだ。

 

 

あの時、ルナを狙った奴らと、アイツの研究所の奴らは無関係ではないような口ぶりだった。

もしもルナがその研究所へ行くというのなら・・・・・・その危険がまた、彼女に襲い掛かることになる。

そんなこと、許せなかった。なんでアイツのために、ルナがそんな危険な目に遭わなければならないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ジョン、なにふてくされた顔してるの?」

こっちの気持ちを知ってか知らずか、ルナがくすくすと笑いながらそんなことを言ってくる。そんなことを言われて、こちらの機嫌はますます降下するばかりだ。

「行くのかよ、アイツと、危険な研究所へ」

「・・・・・・まぁね」

あっさりと認められて、しかも笑顔で返されて、オレはすぐに反応できずに言葉に詰まる。

「・・・・・・危険・・・・・・なんだろ?なんで、ルナが行く必要が、あるんだよ?」

「さぁ、なんでだろ?自分でもわかんないや」

「ルナっ!!」

くすくすと笑いながら軽く答えるルナに、オレは非難するように彼女の名前を呼んだ。

そんな必死なオレの思いが通じたか、やっと彼女は笑みを引っ込めてオレをじっと見つめ返してきた。

 

 

「・・・・・・あの人が苦しんでいる。だから、助けたいと思ったの。危険だとわかっていても」

「・・・・・・お人よしすぎないか?」

「そうかもね」

「・・・・・・今夜、行くんだろ?オレが手伝えることは、ないのか?」

「あるわよ、もちろん」

散々足手纏い、邪魔者扱いされていたために、恐る恐る問いかけたオレに、ルナがあっさりと頷く。

 

 

オレにも手伝えることがある。

オレにも、ルナのそばにいていい権利が戻ってきた。

うれしくてルナを見上げれば、彼女はいじわるく笑いながらオレに言った。

 

 

 

「今夜のサーカスの公演を成功させること。それが今夜のあなたの大事な任務よ、ジョン」

それはつまり、オレはルナたちがやろうとしていることに関わることは許されないということ。

もしかして、サーカスの公演がある今夜を決行日に選んだのも、わざとじゃないかとすら思う。

オレを強引にここに留まらせるために。

 

 

 

「・・・・・・ずるい」

「オトナはみんなずるいのよ」

「オレは子供じゃない!!」

「わかってるわ。でも、オトナでもないわ」

「・・・・・・っ!!」

すっかり言い負かされてしまい、オレはこれ以上ルナに何を言っても無駄なんだと諦めざるをえなかった。悔しくてオレは彼女に背を向けて、大声で怒鳴った。

 

 

 

「絶対に無事に帰ってこなかったら許さないからなっ!!」

 

 

 

 

それに対してルナがどんな表情するのかとか、どういう返事をするのかとか、見たくも聞きたくもなかった。

きっとまた、小さな子供をあやすみたいな表情で口調で、微笑んでくるに違いないから。

 

 

 

そのままオレはサーカス団のみんなが待つテントに向かった。

満月から欠けた居待月が、まるでルナのそばで手伝えると期待したオレの気持ちが失われた今の失望感にも似て見えて、オレの絶望と不安にさらに拍車をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今回はジョン視点でした!!

いじけるジョンって書いてて楽しいんですよね〜☆彡

そして、ケンカに強いルナ・・・いいなぁ・・・(笑)

 

 2014.3.2

 

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