<臥待月>
〜前編〜
作戦は入念に計画し、打ち合わせた。
侵入する研究所内のだいたいの見取り図も頭に入れていたし、逃走経路も何通りもシュミレーションした。
いつもの<夜の活動>以上に入念に何度も調べたし、緊張感も比べ物にならないほどだった。
だから、必ず成功する、成功させると確信していたし、そう自分に信じ込ませようとしていた。
・・・・・・もちろん、恐怖がなかったわけじゃない。
ついこの間、あたしはこの研究所に関係する奴らに撃ち殺されそうになった。
そのときの恐怖が拭えたわけじゃない。でも、これができるのはあたしだけだから。
彼を・・・・・・ソウマの苦しみを助けてあげられるのはあたしだけ。
それだけで、なぜかあたしを突き動かした。
<失われた誕生石>と呼ばれる<シリーズ>の中に組み込まれた<暗号>。
それを読み取るための装置、<レーザー>の破壊と、その設計書の奪取。
それが、あたしとソウマが危険な研究所に侵入して行うことだった。
二手に分かれて、あたしは<銀月の妖精>として騒ぎを起こしながら、<レーザー>の元へ。ソウマは、研究所内の構造を把握している利点を生かして、<レーザー>の設計書およびそのデータの奪取と、役割を分担していた。
ソウマの予想通りの部屋に<レーザー>はあり、あたしは躊躇いなくそれを破壊した。
そりゃもう、ぼこぼこに。
それを止めようとしていた研究員の人たちは、真っ青になっていたけど。
それだけの騒ぎを起こせば、もちろん強面の危ない奴らが登場してくる。乱射される銃撃をなんとか交わしながら、あたしはこの近くにあるであろう、設計書のデータの回収にも向かった。
ソウマもうまくいっていればいいけど、と願いながら。
睡眠弾を使いながら、なんとかあたしはデータがあるであろう部屋に侵入した、その時だった。
ドォォン・・・・・・。
地面が大きく揺れるような大きな音が響く。しかも、1回だけではなく、何度も何度も続けてその大きな音が続いている。
「・・・・・・まさか、爆発・・・・・・?」
研究所というからには、何かに引火して爆発、なんてこともありえる。
火災警報器がうるさいくらいに研究所内に鳴り響く。不思議なのは、その爆発音が次第にこちらに近づいているように聞こえることだ。
・・・・・・もしかして、引火とかではなく・・・・・・故意に爆発が起きている・・・・・・?
「ルナっ!!」
どう動こうか迷っていると、部屋の入口からソウマの声が飛んできた。
「ソウマ?!」
「もう逃げよう、ここはだめだ!!」
「でも、データが・・・・・・」
「そこにはデータはない。ここに、全部ある」
そう言ってソウマが見せたのは、5枚のフロッピーディスク。予想していた3枚以上のデータがあったのだ。
「全部、ソウマが回収を・・・・・・?」
「話は後だ。早くここから逃げよう。ここは全部、爆破される」
「えぇ?!」
訳がわからないまま、あたしはソウマに手を引かれながら、なんとか研究所を飛び出した。
それとほぼ同時に、今まで以上の大きな爆発が起き、あたしたちはその爆風で飛ばされたほどだ。
それからなんとか七転八倒しながらも、追っ手に追われるようなこともなく、あたしたちは研究所を後にすることになった。
もっと追っ手が来るかと警戒していたけど、どうやら突然の爆発の処理で混乱している様子だった。
「・・・・・・あの爆発、偶発的だったのかしら。それとも、誰かが仕掛けたのかしら・・・・・・」
逃走中、先を走るソウマに問うように呟いたけど、彼は厳しい表情を崩さぬまま、ただ黙って走り続けていた。
あの爆発は、研究所の奴らにとっても予想外のものだった、ということだろう。
それにしても、タイミングがよすぎる。
・・・・・・ソウマは何かを知っているのだろうか。
それに、データを全て回収していた。
盗みには自信のあるこのあたしよりも早く。
ソウマのあの表情は、何を示しているのだろう。
別行動中に、彼に何があったのだろう・・・・・・。
一言も発しないソウマの異変を感じながら、あたしたちはただただ、逃げ続けた・・・・・・。
「ん・・・・・・」
陽の光の眩しさに、目を覚ますと、すでに部屋の中は無人だった。
「えっとここは・・・・・・」
寝ぼけた頭で、あたしは必死に記憶を呼び戻す。
昨夜は、研究所への侵入だった。
そこでの奪取、逃走に苦戦を強いられることを覚悟していたあたしたちは、直接サーカス団のみんながいるところへ帰るのではなく、そこから離れたホテルへ逃げ込むことも作戦の一部としていた。あたしたちの素性をすぐに知られないためだ。
実際は、逃走に苦戦を強いられるどころか、予想外の爆発のお陰で、後をつけられることなく逃げることができたわけだけど、念のために作戦通りにホテルに逃げ込んだ。
かつてない緊張感と無事に逃げ切れた安堵感で、どっと疲れがこみあげたあたしは、ソウマの異変が気にかかりながらも、そのままいつの間にか眠りについてしまったのだった。
「ソウマ・・・・・・どこに行ったのかしら・・・・・・」
時間はもうお昼を過ぎている。ホテルの部屋にはソウマの姿はなく、荷物もなかった。
仕方なく、あたしはホテルをチェックアウトしてから、後をつけられている様子もないことを確認しながら、サーカス団のみんながいる宿へと戻った。
「ルナ!!帰ってきたんだな!!」
帰るなり早々にジョンがあたしに飛びつくようにして出迎えてくれた。他のみんなは、あたしが出歩いていたことすら知らない。
「サーカスは無事に終わった?」
「あぁ、大丈夫だ。ちゃんと無事に終えたぜ!!ルナは?ケガはないか?!」
「あ〜、うん、まぁ、ぼちぼち・・・・・・」
どうせ隠したところでばれてしまう。ジョンはすぐにあたしのごまかしを見抜いてしまうから。
「ルナ、怪我したのか?!見せてみろ!!」
「いや、たした傷じゃないよ」
「でも、銃で撃たれた傷もあるんだろ?!掠り傷だって、銃創なんだぞ?!」
真剣にあたしを心配する瞳。
今日はサーカスの公演も休みだから、みんなは休みを満喫して出歩いているのだろう。
それなのに、ジョンは遊びにも行かずに、じっとあたしの帰りを待っててくれたのだと思うと、感謝と申し訳ない気持ちになってしまう。
「・・・・・・わかった、じゃぁ手当てしてくれる?」
「おう!!」
ジョンなりに心配して、そして何かあたしをねぎらいたいのかな、とも思ったので、あたしは素直にジョンの申し出を受けることにした。
手当てをしてもらいながら、あたしはきょろきょろと辺りを見渡し、目的の人物をずっと探していた。
「なんだ?誰か探しているのか?団長ならフィレンツェの町散策に行ったけど」
「あ〜・・・・・・うん、団長じゃなくて・・・・・・」
ジョンはソウマの話題を嫌うから、なかなか言い出せない。でも、そうやって口ごもっていると勘のいい彼は、すぐに気づいたようだった。
「・・・・・・アイツならここには帰ってないぜ?」
「え、そうなの?!おかしいなぁ・・・・・・」
「ったく、やっぱりアイツを探してたのか」
きゅっと包帯を結んで最後の傷の手当てを終えたジョンは、救急箱をしまいながらふてくされた。
「もうアイツとの繋がりは切れただろ?なんで気にするんだよ?」
「・・・・・・えぇっと・・・ほら、彼も怪我、してるんじゃないかなぁ、って思って・・・・・・」
「死んでなけりゃどっかで手当てでもするだろ」
「そりゃそうだけど・・・・・・」
冷たいジョンの返答に答えながら、ふと、あたしはある不自然さに気づいた。
「ねぇ、ジョン。今日はずいぶんとみんな出かけているのね?団長まで留守にするなんて、珍しい」
たいてい公演が休みのときは、好奇心旺盛なサーカス団のみんなは出歩くものの、もう陽も落ちようとしているこの時間までみんながいないのは珍しい。
責任者であり保護者である団長まで長時間留守にするのは、とても珍しい。
・・・・・・珍しいが、今までもなかったわけじゃない。
そう、団長が長時間留守にするときは、決まって・・・・・・。
「まさか・・・・・・もうすぐ、ここを発つの・・・・・・?」
「そういうこと。フィレンツェの公演はもうすぐおしまい。クリスマスの夜が最後の公演だよ。今日が花の都、フィレンツェでの最後の休みだ」
「フィレンツェを発つ・・・・・・」
クリスマスの夜が最後の公演ということは、もうあと数日しかない。
ソウマはずっと、フィレンツェにいるのだろうか・・・・・・。
彼がここに留まるということは・・・・・・もう、彼に会えなくなってしまう・・・・・・。
そう考えると、胸が締め付けられるような息苦しさを感じた。
もう会えない・・・・・・。
月夜に会うことが、できないの・・・・・・?
あたしは一箇所に留まることはできない。
このフィレンツェにいつまでもいられない・・・・・・。
今までも、何度も出会いと別れを繰り返してきた。そのたびに、寂しさはあった。
でも、なぜかいつもと違った。
いつもの寂しさとも違った。
それ以上に苦しく、辛かった。
もう会えなくなると思うだけで、泣きたくなった。
どうして、彼にだけ・・・・・・?
まだ、出会って数ヶ月だけだというのに・・・・・・。
でも、もう離れたくないと思っていた。
あたしは、彼に惹かれている。
彼の持つ闇に、引き寄せられていた。
ぼんやりと窓の外を見れば、夕焼けの空に薄く月があがっていた。
臥待月が、ゆっくりと姿を現そうとしている。
この月夜の下で彼に会いたいと、あたしは強く念じていたのだった・・・・・・。
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気付けば、研究所は爆発という事態に!!
このシリーズはアクションに重心を置くわけではないので、そこの話は割愛でvv
大事なのは、ルナとソウマの心境の変化。
さて、戦いが終わって、ふたりの今後はどうなっていくでしょうか。
2014.3.9