<臥待月>

 

〜後編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“へぇ、逃げたと思ったら、戻ってきたのか”」

研究所に潜入し、今まで俺が研究を続けていた研究室に行くとすぐに、懐かしい声に話しかけられた。しかも、母国語である日本語で。

「・・・・・・<MARS>・・・・・・」

そこにいたのは、俺と同じ日本人学生である、<MARS>だった。

 

本名はお互いに知らない。けれど、同じ日本人学生ということで意気投合するのも早かった。

この研究所で脱走する気も起きずに研究を続けることができたのも、<MARS>という同志がいてくれたのも大きかったかもしれない。

だが、俺が<レーザー>を開発してから、彼とは一度も話をしていなかった。

 

 

 

 

「“<MARS>・・・・・・よかった、無事だったんだな”」

逃亡した俺と仲がよかった彼が研究員たちに問い詰められていなければいいがと心配はしていた。不敵に笑う彼は、以前と何も変わりはなかった。

「“無事さ。俺は逃げたりなんかしないからな、<MOON>。わざわざここへ戻ってきたのはなぜだ?研究が恋しくなったか?”」

そう問いかけてくる<MARS>の言い方には、まるで嫌味のような棘があった。俺がここへ戻ってきたことが彼にとって歓迎されているものではないのが、充分に伝わってくる。

「“・・・・・・この研究所は異常だ。俺たちが一体どんな研究をしているか、お前は知っていたか?!・・・・・・俺は、<レーザー>を開発してから、それを知った・・・・・・。だから、<レーザー>とその設計書を取り返しに来たんだ”」

「“この研究所が異常?それは今更だろ、<MOON>。それを承知でここにいたんじゃないのか?”」

俺は同胞でもある<MARS>を諭すつもりで全てを打ち明けたが、予想に反して彼は俺を嘲るような笑みを浮かべて返答してきた。

 

 

 

「“俺たちの研究が何を意味するのか。そんなの、戦争よりもタチの悪いものに決まっているんだろう?この研究所は、どう贔屓目に見てもアンダーグラウンドに関わりがあるようにしか見えないしな。まさか、そんなことすら知らずにずっとここで研究をしていたのか、<MOON>?”」

「“・・・・・・それは・・・・・・”」

・・・・・・実際、俺は知らなかった。いや、知ろうともしなかった。

研究が面白くて、やりがいがあって、そこにばかり夢中になって、自分が関わっているこの研究の先に何があるのか、考えたこともなかった。

誰に、何に、利害があるのか、なんて・・・・・・。

 

 

 

 

「“・・・・・・お前はこの研究所の目的を知っていて、それでも今もなお研究を続けているのか、<MARS>?一体、何のために?!なぜ、逃げ出さないんだ?!”」

「“逃げる必要性なんてないさ。俺は俺の研究を続ける。そうすれば、命は繋がっていられる。俺自身が評価される。それだけでいい。俺は、認められればいいんだ”」

くくく、と暗い笑みを浮かべながら、<MARS>は言った。

 

 

俺とは、違う思考回路で。

違う目的で。

彼は、ここにいる。

自分を認めて欲しくて。

研究成果によって、自分を評価されたくて。

だけど・・・・・・。

 

 

 

 

 

「“それなら、もっと違う研究もあるだろう?もっと光ある、輝かしい研究だってある。人の役に立つ研究の方が、ずっと尊いだろう?なぜ、そこから抜け出そうとしない?一緒に行こう、<MARS>。共にここから逃げよう”」

せっかく再会できた同胞だ。どうせなら、一緒に闇から抜け出したかった。

この光のない闇から、後悔から、彼も救い出したかった。そして、共に母国へと帰りたいと・・・・・・。

 

 

 

「“・・・・・・ふざけるなよ”」

 

 

 

ふと、急に<MARS>の雰囲気が変わる。

こちらを嘲笑するような刺々しいものから、より一層険悪なものへ。

 

 

 

 

「“どこまでおめでたいヤツなんだよ、<MOON>。もっと光ある研究だって?人の役に立つ研究をしろって?それが出来るんだったら、とっくにやってるに決まってるだろっ!!”」

がんっと<MARS>は壁を叩き、怒りを露わにする。

「“もう俺たちは後戻りなんてできないんだよ!!だったら、ここで認められるしかないんだ!!だから、研究に研究を重ねて、誰よりも高い成果をあげようとしていたというのに・・・・・・貴様が・・・・・・!!”」

何かがいきなり足下に投げ付けられた。後ずさって投げられた物体を見る。

それは、フロッピーディスクだった。

 

 

「“これは・・・・・・”」

「“たいした覚悟もないくせに、俺よりも先に成果を上げるなんてな!!なんで俺がいつも貴様と一緒にいたと思う?!お前の研究内容を盗み取ろうと思っていたからだよ!!それなのに、さっさと<レーザー>を完成させやがって・・・・・・!!こんな設計書のデータなんか、なくなってしまえばいいのに・・・・・・!!”」

「“やっぱりこれは、設計書のデータなのか?!データは、これだけか?!”」

<MARS>の告白も衝撃的だったが、彼が設計書のデータを所持していたことのほうが重要性が増し、俺は彼に尋ねる。

憎悪を込めた瞳でこちらを睨みつける<MARS>は、さらに何枚も何枚もディスクを投げ付けてきた。そのうちのひとつが額を掠め、傷を作ったが、俺は必死にそれらをかき集めた。

全部で5枚。せいぜい3枚くらいしかデータはないだろうと思っていたのに、それ以上だった。

「“それが全部だよ。設計書原本は俺が焼いた。あんなもの、なくなればいい。俺があれ以上のものを開発して、俺は上にのし上がるんだ!!貴様なんかよりも、もっと偉大になってやる!!”」

「“<MARS>・・・・・・”」

 

 

 

 

 

彼は狂っている。

狂ってしまったのか、それとも元々だったのか、もはやわからない。

だけど、その思考は狂っている。

自分が何をしているのか、何を生み出そうとしているのか、わかっていてやろうとするなんて・・・・・・。

 

 

 

 

 

「“・・・・・・なんだよ、その目は、<MOON>”」

「“<MARS>・・・・・・本当に、もうその道しかないのか・・・・・・。まだ、やり直すことだって・・・・・・”」

「“はっ!!これだから成功者はオメデタイもんだな”」

「“成功者?”」

「“貴様がここを逃亡してから1ヶ月以上。なぜ、野放しになっていたと思う?お前の功績を称えて、あえて野放しにされてたんだよ。遅かれ早かれ、そのうち貴様は殺される運命だったってことだ。逃げ切れるわけないんだ、ここから”」

ぞくりとするような冷たい目と声で、恐ろしい事実を突きつけられる。

 

 

 

見逃されていた・・・・・・わざと。

うまく研究所から逃げ切れたと思っていたが、ただ泳がされていただけだったのか・・・・・・。

<レーザー>を作った褒美として・・・・・・。

 

 

 

 

「“・・・・・・そんなの、ふざけてる・・・・・・”」

人の命をなんだと思っているんだ。思わずこぶしを握り締め震えてしまう。

そんな俺に対し、<MARS>は無表情で見返してきた。

「“俺は貴様を認めない、<MOON>。俺は貴様よりももっと性能のいい<レーザー>を作ってやる。そのためには、<レーザー>もろとも、すべてを破壊してやり直す必要がある”」

「“何を言って・・・・・・?”」

「“この研究所内に爆弾を仕掛けてある。そろそろ研究所ごと壊してやろうかと密かに準備を進めていた矢先だったんだよ”」

「“爆弾・・・・・・?!ま、まさか、そんなのできるわけない・・・・・・!!だって、この研究所のセキュリティは・・・・・・”」

「“もちろん、恐ろしく万全だ。だが、それを開発し、改良しているのは誰だ?俺たち研究員だ。それをかいくぐることなど、容易い”」

暗い笑い。

爆弾を仕掛けたと俺に言い、その手元にはリモコンのようなものが握られている。

「“逃げれるものなら逃げてみろ、<MOON>。貴様はどこへ逃げようとも殺される。・・・・・・そうだ、この爆発も貴様の仕業にしておこう”」

「“<MARS>・・・・・・”」

 

 

 

 

いつから、こんな関係になってしまったのか。

研究所に入ったばかりのころは、まだ共に笑いあい、学び競っていたのに。

いつから、こんな憎しみに囚われてしまったのだろう・・・・・・。

 

 

 

 

「“お前は逃げるのか、<MARS>?”」

「“まさか。俺は逃げない。また新たな場所で、研究を進める。<失われた誕生石>なんてものには興味はないが、それを読み取る<レーザー>を開発することが、こんなにも褒め称えられることなら、その栄誉は、今度こそ俺がいただく”」

<レーザー>を完成させた後、その真実を知り、俺は逃げてしまった。だから、その後の功績についてどういう評価をされていたのか、俺は知らない。興味もない。

俺はもう一度手の中にあるフロッピーディスクを確かめ、目の前の同胞だった男に言った。

「“じゃぁ、これでお別れだ、<MARS>。俺は俺の道を行く。二度と、お前たちには関わらない。俺は、研究所の連中に殺されたりもしない。爆破するならしてくれていい。俺にとっても、未練もなにもない研究所だからな”」

もう価値観も合わないと悟り、俺は突き放すようにそう言って、研究室から出るために体の向きを変えた。

最後に<MARS>に一瞥をくれると、彼は憎しみに満ちた表情で唇をかみ締めていた。

 

 

 

「“・・・・・・あぁ・・・・・・爆発してやるよ・・・・・・!!なくなってしまえ、お前の功績も、研究も、人生さえも!!”」

俺が研究室を出る瞬間、彼が爆破のリモコンのボタンを押す音がかすかに聞こえた気がした。

途端、遠くで爆発音が響く。次々とそれが連鎖されているのがわかり、<MARS>の狂気を改めて思い知った。

俺はまだこの研究所内にルナが残っているのを思い出し、彼女を連れて爆炎に包まれる研究所を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は昨夜のその一連の出来事をもう一度思い出しながら、夜の公園のベンチでぼんやりと月を眺めていた。

ルナに会いたいと思った。でも、会ってはいけない気がした。

あいつらは、もう俺の動向を知っている。

ルナに関われば、彼女を・・・・・・彼女たちを巻き込んでしまう。

もう、これ以上はあの子を危険に晒したくはない。

彼女には、俺の罪につき合わせてしまった。

もう・・・・・・彼女には会えない・・・・・・。

 

 

 

 

月を見上げれば、今夜は臥待月。

満月の余韻を残し、まだふっくらとした月が、どこかほっとする。

・・・・・・そう、俺は安堵していた。

<レーザー>はルナが破壊してくれた。設計書はなくなった。

データはすべて、手に入れた。研究所も燃えてしまった。

 

 

 

もう、ないんだ。

俺が犯した罪の痕跡は・・・・・・。

もしかしたら、いつか<MARS>が同じことをするかもしれない。だけど、それはもう、俺には関係ない・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・関係ない・・・・・・か・・・・・・。本当に・・・・・・?」

ぼんやりと月に呟く。その答えは、ない。

きっと、俺には関係ない。

だってきっと、俺は近いうちに殺される。

研究所のやつ等に。

<MARS>にはあぁ言ったが、逃げ切れるとは思っていない。

それなら、もう・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・悔いはない・・・・・・かな」

薄明かりの月に、ある少女を重ねる。

殺されるのなら、最期は彼女の元で死ねればいいのにと、心のどこかでそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ルナサイドでは割愛した、研究所が爆発するまでの経緯でした。

ど〜してもソウマと<MARS>をからめるシーンだけは書きたくて・・・!!

<MARS>は、研究に没頭するあまり、ちょっとネジが飛んじゃってます。そして、こうして研究所を爆発させた罰に、彼は片足を失い、義足となります。その後、ソウマが生きていることを知り、彼を追いかけながら、研究を続けていくのですが・・・・彼の顛末は、「あたしの恋人」の方で語られているので、ここまでにしておきましょう。

それで、いまさらですが、今回の「”〜”」も日本語です。

 

さて、研究所の思惑も知り、ソウマは今後、どう動くのでしょうか。

 

 2014.3.23

 

 

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