<更待月>
〜前編〜
クリスマスの公演を最後に、このフィレンツェを発つ。
ジョンにそう聞いてから、あたしはソウマに会いたくて、彼とのいつもの待合場所であるドゥオーモに向かった。
だけど、どれだけ待っても彼は現れなかった。
研究居への侵入をした夜から、彼はあたしの前から消えたまま。
一体どうしたというのだろう。
彼に、何があったのだろう。
彼は今、どこにいるのだろう・・・・・・。
「こんなとこにいたっ!!」
更待月を見上げて彼を待っていると、彼ではない声があたしを怒鳴りつけた。
「ジョン・・・・・・」
「こんな寒いとこに、そんな格好でっ!!ほら、これを着ろよ!!」
ばさりと投げつけられたのは、あたしの上着とマフラー。白い息を吐きながら、なんだか怖い剣幕でジョンはあたしを見ている。
「・・・・・・ありがと」
「こんな寒空に、一体何時間いるつもりなんだ?!」
「ジョンこそ、よくここがわかったわね?」
「ルナが元気ないときは、決まって眺めのいい場所に行くからな。・・・・・・<夜の活動>の後、とか」
「よく知ってるわね」
思わず苦笑交じりに返答してしまう。
<夜の活動>をした後は、どうしても自分の犯した罪と、自分がやっていること、信念との板ばさみに苦しくなってしまう。
それを緩和させるかのように、夜の街を見下ろす。
誰も見たことがないような、一番高いところで。
あの夜も、あたしはドゥオーモの屋根に上り、そこから夜の街を眺めていた。そうしたら、彼の声が聞こえたのだ。
「もう、死ぬしかないかな・・・・・・」なんて、暗い声で。
そこから、あたしと彼は、何度もここで会った。話した。
そして、ふたりで手を取り合って、危険を乗り越えられたと思ったのに・・・・・・なぜ、彼はあたしの前から姿を消してしまったのだろう・・・・・・。
「・・・・・・アイツを探してるのか?」
勘のいい弟分が、不服そうにあたしに尋ねてくる。あたしは夜の街を見下ろしながら、小さく頷いた。
「ここで・・・・・・彼と会ったの・・・・・・」
「・・・・・・へぇ」
珍しくふてくされるわけでもなく、ジョンはあたしの呟きに短く返してきた。そしてさらに、落ち着いた声で、あたしに問いかけてきた。
「・・・・・・それでも、クリスマスにはここを発つんだぞ?そしたら、どうせアイツには会えなくなるんだぞ?」
「わかってる。・・・・・・わかってる・・・・・・よ」
だから、会いたいと思ったのに。それなのに、会えない。
話をすることも、できない。
「あー、もう、しょうがないな!!」
俯くあたしに、ジョンがわざとらしいほど大きなため息と共に、そう言った。あたしは彼の意図が掴めず、じっと見返す。
「ジョン?」
「どうせクリスマスまでの話だし・・・・・・。気に入らないけど、この町を出れば、もうアイツと関わることもないし」
「ジョン?何一人でブツブツ言ってるの?」
思い悩む少年に問いかければ、彼は挑戦的な視線をあたしに向けて、やけくそのように言い切った。
「ここで待ってろ。アイツを探して連れてきてやるよ」
「・・・・・・え・・・・・・?」
「ただし!!オレがアイツに関わるのはこれで最後だからな!!」
捨て台詞のように顔を赤くしながらそう言い捨てて、ジョンは駆け出していった。
寒空の中、残されたあたしは何がなんだかわからずに、呆然と立ち尽くしていた。
「・・・・・・連れて・・・くる・・・・・・?」
ジョンが?ソウマを?
あんなにソウマと関わることを嫌っていたのに。
しかも、今から夜の街を探しに行くというのか。
待ってろとあの子は言った。きっと、ジョンは本当にソウマを連れてくるだろう。
「・・・・・・ジョンったら」
ここを去っていくときのジョンの態度と表情を思い出し、思わず笑いがこみ上げてくる。
素直じゃないけど、いつだってあたしのことを考えて動いてくれる。
まるで、姫を守る騎士のように。
ひとしきり笑って、ふと、あたしは気づいた。
いつの間にか、ソウマに会えない不安が、ジョンのおかげでふっとんでしまった。
落ち込んでいた気分が、今は浮上している。
すっきりとした気分と頭で、あたしは月を見上げながら考えた。
クリスマスを過ぎたら、きっとあたしと彼はバラバラになる。
サーカス団に所属するあたしは、このフィレンツェの町を出る。
ソウマも、あの研究所を爆破したからには、ここにはいられないだろう。
もしかしたら、母国に帰るのかも。彼と・・・・・・そして、あたしにとっても母国の日本へ・・・・・・。
「日本へ・・・・・・」
ソウマと別れなければならないと思うと、胸がぎゅっと締め付けられるような気分になった。
なんで、こんな気持ちになるのか・・・・・・それは、本当は、あたしにも分かってた。
でも、もしもソウマと共に行くことを望めば、家族同然として過ごしてきたサーカス団のみんなと別れることになる。大切な弟分である、ジョンとも・・・・・・。
それもまた、あたしを息苦しい思いにさせた。
どちらも選べない。
どちらも、あたしにとっては大切な人たち。
どうしよう・・・・・・。
クリスマスまでに、決めなければ・・・・・・。
ソウマと別れるのか、それとも・・・・・・。
どれだけの時間、ぐるぐると同じことを悩み続けたのかわからない。
わからないが・・・・・・更待月が照らすドゥオーモの上で待ち続けていると、ジョンの声が飛んできた。
「連れてきたぞ、ルナ!!」
心臓が、かつてないほど高鳴っていた。
まだ、何も答えは自分の中で出ていない。
あたしは、ゆっくりと振り返った。
そこには、得意満面の笑みを浮かべたジョンと・・・・・・困ったような表情を浮かべたソウマがいた・・・・・・。
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悶々モヤモヤ。
ルナらしからず、悩み続けてますね。
サーカス団がクリスマスには町を去ることを知り、焦りと戸惑いがある中で、ジョンがすかさず行動にうつしてくれます♪
さすがジョン!!
ルナが心中で言っている、「姫を守る騎士」というのが、まさに怪盗カヴァリエーレの元です。(※「あたしの恋人」ネタです(笑))カヴァリエーレとは、イタリア語で「騎士」のことですから。
そんな騎士がソウマを連れてきて、さて、話は動くでしょうか。
2014.3.30